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34

 翼さんはその後、吐くように泣き続けた。その姿に、青海さんとの対話をここで行う意思を俺は固め始めていた。組織に所属する青海さんなら、理由をきちんと説明すれば納得してくれると思ったのである。が、


「ごめんなさい、今夜は青海さんと交渉するんですよね」


 翼さんはそう詫びるなりスクッと立ち上がった。次いで左手首のメディカルバンドを口元に寄せ、今すぐ俺がここを発った場合の学校到着時刻を尋ねる。おそらく冴子ちゃんが率先して関わったのだろう、プライバシーに抵触するはずの「午後6時51分」という返答が即座に返ってきた。冴子ちゃんは俺に関する限り、個人情報をバラしても罪に問われない超法規的AIにホントなるんだなあ。などと感心する間もなく、


「翔さん、30秒ください!」


 俺に正対した翼さんが、前転する勢いで上体を前に折った。「30分でも良いよ」 立ち上がり本気でそう答えた俺に、上体を起こした翼さんも「この女の敵!」と本気で返す。そして輝力圧縮400倍を一瞬だけ発動して俺の胸倉を両手で掴み、圧縮を解除して叫んだ。


「私の我がままだけど、自己中だって解ってるけど!!」


 しかし叫べたのはそこまででそれ以上をどうしても頼めない翼さんに、俺は諦めて女の敵になることにした。


「最初はこの夏休みを、この星の映像作品を観まくる10日間にするつもりだったんだ。けどスポーツセンターに一週間通うことになって、映像作品に費やせるのは3日だけになった。その3日の初日を使って今日ここに来たから、残っているのは2日だけだね。明日と明後日で少なくとも映画を4本見たいけど、付き合える?」

「付き合える!」

「翼さんにとっては二度目や三度目の映画でも、いい?」

「いい!」

「なら明日と明後日も、一緒にすごそうか」

「ふ、ふっ、ふえ~~ん」


 俺の胸倉を掴んでいることを除けばなぜこの子は、母さんと瓜二つの泣き方をするのだろう?

 真の女の敵なら、ここで力強く抱きしめるに違いない。だがヘタレの極みたる俺は胸倉を両手で掴んだまま泣く翼さんの肩を、おそるおそるポンポン叩くのが精一杯だった。


 ヘタレの俺とは真逆の、強い子の翼さんは1分かからず泣き止んだ。それでも顔を見られたくないのか俯いたまま俺をクルンと方向転換させ、続いて背中に左右の掌を当てて、飛行車の方角へ俺をグイグイ押し始めた。「翔さんの飛行車はどれ?」「矢印に従って進んで」との会話が背中越しに聞こえてくるから、また冴子ちゃんが絡んでいるのだろう。冴子ちゃんに今度会ったらお礼を言うべきなのか? それとも、仏頂面をするべきなのか? 「たまには仏頂面をして、冴子ちゃんをオロオロさせてみようかな」 俺は微笑み、心の中でそう呟いた。

 幸い、なのかは微妙だがたぶん幸い、小鳥姉さんに借りた飛行車は歩いて3分ほどの場所にあった。その3分で俺の背中を押す手を左手一本にし、右手でハンカチを使ったのだと思う。飛行車に着き振り返ったところ、翼さんの頬に涙の痕はなかった。然るに安堵し回れ右をしようとしたのだけど、


「ダメです! 恥ずかしいので見ないでください」


 と頼まれたら従うしかない。とはいえ何となく心残りがして話しかけようとするも、


「ダメです! 懸命に耐えているのですから早く乗ってください」


 俺は再度、従うしかなくなってしまったのである。

 だがどうも俺は、こんなふうに尻に敷かれる間柄を好むらしい。けど、その感慨にゆっくり浸ることはできなかった。鈴姉さんの孤児院を去るときも舞ちゃんに同じ感覚を抱いたな、という胸に痛みの走る回想をほんの一瞬で済ませたにもかかわらず、「翔さん、他の女性のことを考えていますか?」とすかさず問われたからだ。


「いや、考えてないよ」「はあ、翔さんってつくづくワケワカンナイですよね」「むむ、どうしてかな?」「女の敵としか思えない時もあれば、こんなふうにバレバレの嘘をつく時もあるからです」「ご、ゴメンナサイ~~!!」


 はいはい分かりましたからさっさと乗ってください、と飛行車に容赦なく押し込まれ、性懲りもなく尻に敷かれる云々が頭をかすめた丁度そのとき、ドアに気密ロックの掛かる音がした。飛行車のドアに亜宇宙航行をこなす高気密性があるのは前々から知っていたし、音も何度も聞いてきた。でもなぜだろう、なぜ今の気密ロックの音だけが胸を締め付けるのだろう? なぜ俺は、胸を両手で押さえて痛みに耐えているのだろう? その答のある方角へ本能的に顔を向けたが、目に映ったのは遠ざかってゆく翼さんの後ろ姿だけだった。追い打ちをかけるように、後ろ姿が下方へゆっくり移動していく。反射的に顔を窓に寄せ下を覗き込むも、目に映ったのはみるみる小さくなる駐車場だけだった。高度がグングン上がり、沈んだはずの夕日がほんの一粒、地平線に姿を現す。飛行車がかつてない速度で飛んでいるのは、俺の食事時間を確保すべく1秒でも早く学校に着こうとしているからなのか? それとも前世の翼さんの右頬に火傷の痕があったことと、今生の翼さんの右頬が夕日色に染まっていたことと、その夕日の方角から風が吹いたことの関連性を、俺に考察させまいとしているのか? 俺は天頂へ顔を向け、問うた。


「翼さんの火傷とこの星への転生、及び風と夕日は、大聖者の手にも余ります。手はずを整えたのは、あなたですよね?」


 創造主は、答えてくれなかった。

 母さんに訊いても、困らせてしまうだけだろう。

 左手を胸から離し、残った右手を握りこぶしに変えて、俺は誓った。

 いつか必ず自分自身で真相に辿り着いてみせるぞ、と。

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