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 次の100メートル走は、準備に時間がかかった。厚さ1メートルの高跳び用のマットを載せたAI台車が体育館から出てきて、ゴールの25メートル先に設置するのを待っていたからである。ゴール後に停止するまで30メートルを費やしたのは心地よかったからでホントはもっと早く止まれるよ、あのマットは必要ないんじゃないかな、との俺の主張は容赦なく却下され、設置作業が進んでゆく。マットの左右に大きな杭を打ちゴム紐で両者を結び、マット自体が後方へ下がるようにして、二段構えで衝撃を吸収する仕組みになっているみたいだ。「そこまでする必要があるのかな、輝力圧縮時は世界がスローモーションになるから時速130キロでも怖くなさそうだけどなあ」 という胸中の呟きに出てきた時速130キロは、単純計算による16倍圧縮時の100メートル走の最高速度。学校のグラウンド以上に硬いこの訓練場の地面を、陸上のスパイクシューズ並の戦闘シューズで走るのだから、時速130キロでも足が滑ることは無いと思う。1時間前のゴブリンとの4倍速戦闘でも、急な方向転換を安全かつ確実にこなせていた。したがって大丈夫なはずだが、かといって安全対策をまったく施さないのも間違いなのだろう。俺は諦めて、マットの準備が整うのを静かに待った。

 そして遂に、待望の瞬間がやって来た。地球における最速の陸上生物として名高いチーターより速く走れるかもしれない瞬間が、やって来たのである。短距離走に青春を捧げた前世の記憶を持つ俺にとって、チーターの時速100キロを超える130キロは、想像しただけで顔がにやけてしまう速度と言える。俺はせく気持ちを苦労して抑え、ゴールラインを凝視していた。その目が、マットの青色を背景に浮かび上がった3Dの白線を捉えた瞬間、


 ダンッッ


 俺は4倍速でスタートを切った。短距離走者だった前世の俺が、今回は前回より巧くスタートを切れたとガッツポーズしている。そんな前世の自分に「この程度で浮かれてたら腰を抜かすぞ!」と活を入れた俺は無尽蔵に湧いてくる輝力にものを言わせて、チーターを凌駕する加速力に歓喜しつつ、100メートルを突っ走って行った。

 ・・・・というのは、真っ赤な嘘。具体的には歓喜の箇所が、実情とは真逆の嘘。俺自身の時間速度は4倍になったのに、走る速度は4倍に10キロ届かない120キロだったため、「なんだよ遅いじゃん」と気落ちしたのが実情だったのである。ただその代わり、貴重な学びを複数得られた。その筆頭は、俺が触れた空気や地面も時間が速くなっていた、で間違いないだろう。これは、ゴブリンとの戦いでは気づかなかった事。戦闘中はどうしても、戦闘のみに意識を集中してしまうからな。

 輝力圧縮が体に触れる空気や地面にも影響を及ぼすことに気づけたのは、視力20の目のお陰だ。たとえば俺に、自分の周囲の時間速度を操作する超能力があったとする。半径10メートルの球体内の時間速度を4倍速にすることで、その中にいる亮介君たち9人も4倍速で動けるみたいな感じだな。その超能力を使い、半径1メートル長さ100メートルのトンネル状の空間を4倍速にして、その中を4倍速で走ったら、空気抵抗や地面の感触はまったく変わらないはず。何から何まで等しく4倍速だから、違いも生じないんだね。

 しかし、俺にそんな超能力は無い。時速100キロで走ったら、前方の空気も時速100キロで俺にぶつかってくる。よって仮に4倍速が俺の体のみに作用したら、激増する空気抵抗に苦労したと思う。けど実際は、激増にはほど遠かった。空気抵抗は、微増しただけだったのである。

 その仕組みを解明すべく、走行中に視力20の目で前方を凝視した。すると、空気が体にぶつかった際の視界の揺らぎを捉えることが出来た。ぶつかることで空気の密度が増すと、光の屈折率も増す。それが、目に映る景色を歪ませていたのだ。そして歪みが最も大きかったのは、鼻の先3センチの場所だった。言うなればそこに、空気の渋滞が発生していた。これは、高速道路を思い浮かべると理解しやすいだろう。時速100キロで走っていた車が時速25キロに減速せねばならない区域に入ったら、渋滞が発生して当然だからね。

 といった具合に体表の3センチ先で空気が渋滞し、その渋滞した空気が、つまり密度の4倍になった空気が、時速25キロで俺に当たっていた。時速25キロの空気抵抗には体が慣れていても、そこに密度4倍が加わると、そうも言っていられなくなる。普段より強い空気抵抗にさらされた俺はスピードがのらず、10キロ遅い120キロになったのである。輝力ではなく筋肉で走っていたら、もっと遅くなっていただろうな。

 ただこの、体表から3センチまで4倍速になるという性質は、地面へは有効に作用した。戦闘シューズに設けられたスパイクの先端は、足の裏から3センチ以内に収まっている。したがってスパイクが突き刺さる地面も先端から根元まで4倍速になっているため、120キロ走行時も確かなグリップを得ることが出来たのである。

 体表から3センチという距離は、圧縮倍率を変えても変わらなかった。でも何となく、輝力の量と質は、距離を変化させる気がするんだよな・・・・

 4倍速の100メートル走が気づかせてくれた大切なことは、他にもある。それは、戦士を目指す今生も100メートル走は重要という事。地球のスポーツ界では、100メートル走に特化した訓練をしなければ100メートル走は速くならない、というのが通説だった。これは今の俺にも、言い換えると地球人の先祖であるアトランティス人にも当てはまると本能が囁いていた。戦場では仲間の救援のために数百メートル駆ける場面もあれば、強敵から全力で逃げる場面もあるはず。その訓練に100メートルの全力疾走が最適だと、気づかせてくれたのである。

 ちなみに地球の北大西洋にかつて存在したアトランティスには、頭蓋骨が残っている長頭人や伝説が残っている青肌人の他に地球人の直接の先祖になる人類も暮らしていたが、その人達の平均身長は3メートルだったらしい。この星に入植したのは地球人の直接の先祖にあたる、身長3メートルの人達。しかし時が経つにつれ身長は少しずつ縮んでいき、今は190センチになっているそうだ。この縮んだ原因こそが居住大陸の裏にあるネガティブ穴だったことも、穴を塞ぐ世論を後押ししたと美雪は語っていた。

 話が逸れたので元に戻そう。

 100メートル走が気づかせてくれた最後は、輝力の量を表す単位を美雪が話題にしない理由への、新たな推測だった。

 輝力量の単位を、俺は知らない。よって身長のように、「この1年間で身長が6センチ伸びた」系の表現が俺にはできない。知らないのは美雪がそれを話題にしないからで、以前はそれを、落ちこぼれの俺への配慮と考えていた。輝力量の単位を仮に輝とするなら、「亮介君は100輝なのに俺は20輝しかない」なんて具合に、俺を落ち込ませないための配慮と考えていたのだ。闇人との1900年に渡る戦争も、配慮説を後押しした。この国は戦士の育成にとても力をいれているから、1900年の間に、子供の特性に沿った育成法を確立しているはず。それに照らし合わせた結果、落ちこぼれの俺には教えない方が良いと美雪は判断した。といった背景があるのではないかと、俺は推測していたのである。

 この推測は大筋において正しいと、今も考えている。ただ今回の100メートル走が、新たな推測を俺に気づかせたのも事実だった。それは、輝力量の単位は複数あるのではないか、もしくは未だ確立していないのではないか、というものだった。前者は輝力が9つの力の総称なことを根拠とし、後者は俺の論文に類似する論文がないことを根拠としていた。この二つの根拠を考察しているうち、こんな背景を新たに思い付いたのである。


『子供の可能性は往々にして、戦士育成法を軽々超えてゆく。したがって3歳から始まる戦闘訓練では輝力の詳細を教えず、自由に伸び伸び育てて、育成法を超えるよう促そう』


 繰り返しになるが、この背景は単なる推測に過ぎない。しかも、推測に推測を幾つも重ね掛けした、極めて曖昧なものでしかない。ただ、これを後押しする出来事がないでも無かった。それこそが美雪を俯かせた「3月下旬にならないと話せないの」と、期限を初めて設けられた「3月末日までの訓練方法」だ。今年の3月末日の翌日は、7歳の4月1日。その日は3歳の4月1日がそうだったように、人生の節目の日なのではないか? 3歳の4月1日のスキル審査とは異なる、別の重要な審査をするのが、7歳の4月1日なのではないか? その審査の妨げになるから、輝力の詳細を子供に教えないのではないか? といったことを、就寝前のベッドの中で俺は考えていた。

 そう今は就寝前の、布団に包まれている時間だった。俺がこの時間を利用して様々なことを考えているのを、美雪は知っている。けどそれを注意されたことは、一度もない。寝不足になり翌日の訓練に支障をきたしたら叱られただろうが、神話級の健康スキルのお陰で俺はいつも元気はつらつだからな! ヒャッハー!!

 ・・・・訓練時間外のヒャッハーが赤面級に恥ずかしかったので、話を大きく巻き戻すとしよう。

 4倍速の100メートルを走り切った俺は、安全のために設置したマットに激突した。走行中の様々な気づきに気を取られ、ゴール直後に4倍速を誤って解除し、そのせいで足を滑らせてしまったのである。幸い4倍速の再発動が間に合い、マットの12メートル手前で急ブレーキを掛け、かつ受け身も取れたので怪我はなかったが、美雪を大層心配させてしまったのは事実。いやはやホント、後悔してもしきれないな。

 激突後は、美雪に絶対安静を命じられた。その命令に従っている最中、俺の世話を小声で歌を歌いつつしている美雪が、命令違反をしていることが発覚した。上司の許可なく、家事ロボットの中に入っていたのである。それは美雪の、甚だしく過保護なお世話に羞恥した俺が、ささやかな抵抗を示したことによって発覚した。


「姉ちゃんあのさ、お世話されすぎると恥ずかしいんだけど」

「私を心配させた罰よ、命令に従いなさい」

「はい、従います。それはそうと、家事ロボットの中に入れたんだね」

「それはそうよ。大切な弟が怪我をした時は、許可が無くても私の独断でロボットの中に入って、治療を施す権利があるんだから」

「・・・姉ちゃん僕、怪我してないんだけど、それでも権利を行使できるの?」

「・・・うわっ、またやっちゃった~~!!」

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