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 すると思いがけず、翼さんは瞳を爛々と輝かせた。冴子ちゃんの爆笑を心の耳が捉えた気がしたけどそれは脇に置き、俺は集中力を全開にした。よそ行きの自分を脱ぎ捨て、あっちこっちに話が飛びまくる自分を翼さんが前面に出すと、直感したのである。再度聞こえてきた冴子ちゃんの「翔ありがとう」に心の中で親指をグイッと立て、俺は集中の鬼と化した。それによると翼さんの話は、だいたいこんな内容だった。


『天風五家にとって、輝力圧縮300倍や400倍の超高圧縮を継続発動するのは、当たり前のことでしかない。その先の瞬時発動の習得にこそ、注力すべきである。という事までは天風五家に連なる者たち全員に教えられるが、瞬時発動を戦闘にどう活かすかは、各自で工夫し磨いていかねばならない。私は瞬時発動を、白薙操作に用いる工夫を今している。静止した白薙を振り始める瞬間に400圧を発動し、動作の起こりの遅滞を消去する。また振った白薙を止める瞬間に400圧を発動し、遠心力による遅滞を消去する。これを私は工夫し、磨いているのだ。その遅滞消去を「慣性無視の無重量」と表現し、真空剣と名付けてくれたことが嬉しくてならなかった。まことに、ありがとうございます』


 繰り返すが翼さんはこれを、あっちこっちに飛びまくって話した。それはジグソーパズルのピースを一個ずつ放ってよこすことに似ていて、話の全体像を把握するには、ジグソーパズルを完成させ一枚の絵にする必要があった。それを面倒と感じる人の方が多いのは、仕方ないと思う。したがって翼さんが、そんな自分を矯正しようと努めることも正しいのだろう。しかし、一朝一夕に変われないのが人という生き物。また定期的に息抜きしないと爆発してしまうのが、人なのである。それを理解し、変われないことを受け入れガス抜きに付き合ってあげられる人が翼さんのそばにいれば良いのだけど、今この瞬間その人になれるのは俺しかない。ならば俺が、その人になろう。そう決意し集中力の鬼と化した俺は、完成したジグソーパズルを翼さんに見せた。その甲斐あって翼さんは委縮せず、引き続きピースを一個ずつ放ってよこしている。己を恥じて口ごもるより断然良いと心底思い、集中力の鬼を俺は継続した。それによって完成した二枚目の絵は、こんな感じだった。


『天風五家の真の祖が亮介様と冴子様なことは、直系なら全員知っている。亮介様は柔らかな印象なのに戦闘は鋭く、冴子様は鋭い印象なのに戦闘は柔らかかったことを、直系子孫は物心つく頃から教えられて育つ。それもあり二人に憧れる直系男子は鋭い戦闘を好み、直系女子は柔らかな戦闘を好むようになる。翼に風を受け、重力が無いかのようにフワリと移動するのは、冴子様に憧れる私が長年工夫してきたこと。それをきちんと見て取ってくれたことが、やはり堪らなく嬉しい。願わくば〇〇真空剣の〇〇の箇所を、ぜひ思い付いて欲しい。あっちこっちに飛びまくって話す私にとって新語を作ることは、宇宙の彼方の出来事に等しいから』


 あっちこっちに飛びまくる話をまさしく今していることに気づき、翼さんは再び俯いてしまった。その頭を無意識にポンポンするという非常に大胆なことをしたのも拘わらず、なぜ俺はこうも落ち着いているのかな? と首を捻ったら、翼さんをまた誤解させてしまうかもしれない。かと言って頭ポンポンを巧く誤魔化す方法を何一つ思い付かなかった俺は、高品質とは到底言えない〇〇の候補を無意識に口走ってしまった。


「宙に浮きフワフワ漂う塵は指で摘まもうとしても、指をスルリとすり抜けていく。黒龍の爪を避ける翼さんの体裁きに俺がイメージしたのは、それでね。だから手始めに『宙』と『』と『ひょう』と『じん』の四文字を抜き出して『宙塵』『浮塵』『漂塵』の三つを作ったんだけど、音の響きがどれもイマイチでさ。ふと思い付き、塵の代わりにあくたを使ってみたんだよ。すると漂芥ひょうかいがギリギリセーフっぽかったけど、漂芥真空剣じゃ嫌だよね?」


 これが日本だったら漂芥と同じ発音の氷解を充てて、表向きは「モンスター禍を氷解させる剣術」のように偽装し、免許皆伝で初めて真意を明かすことが出来たのだけど、この星では無理なんですよね。という若林さんと小松さん用に考えていた言い訳は、いらなかったらしい。


「漂芥真空剣、イメージにピッタリです。ありがとうございます!」


 翼さんに、とても気に入ってもらえたみたいだからだ。キラキラ輝く瞳も戻っているし、演技ではないと思う。といっても俺に年頃娘の演技を見破ることなど、できっこないんだけどさ。

 その後、小松さんが連盟の責任者として正式に謝意を述べた。「教える者が達人であればあるほど、教えられる者のやる気は増すもの。翼さんに教えてもらえる隊員達は、幸せです」 それを受け翼さんも、淑やかに腰を折り返した。「誠心誠意務めることを、誓います」 

 この光景をもって本日の会合は、終了したのだった。


 若林さんと小松さんは所用があるらしく、部室に戻ってそれを片付けるという。小松さんが俺に意味深な眼差しをチラチラ向けているので、きっといろいろ誤解しているのだろう。若林さんの、達観なのか諦めなのか判断つきかねる眼差しが気になるところだけど、母さんの組織の仲間なので心配ないと思う。そ、そうですよね若林さん!

 などと内心の動揺を隠すヘタレ男に俺がなっていたのに反し、翼さんは立派だった。こんなに楽しい時間をこの星ですごしたのは初めてでしたと、明かしたのである。「そのお礼を、精一杯していきます。これからも、よろしくお願いします」 翼さんのこの言葉が無かったら、小松さんは涙を止められなかったに違いない。真っ赤な目を盛んにしばたたかせて翼さんと再会の約束をする小松さんに、俺はこう思わずにいられなかった。情の厚さと責任感の強さは双子のようなものなのかもしれないな、と。

 両手を大きく振る若林さんと小松さんに見送られ、俺達はグラウンドを後にした。黒龍をあっさり倒したこともあり、翼さんは戦闘服のまま俺の左隣を歩いている。翼さんには劣れど俺もまあまあ容易に黒龍を倒したので、俺が着ているのも戦闘服。ただ俺の方は国から支給された青色なのに対し、翼さんの戦闘服は初めて見る白。それを話題にするつもりだったが、セピア色に染まり始めた世界がそれを押しとどめた。日の入りまで1時間を切ったどこか寂しげなキャンパスを、俺と翼さんは黙って歩いて行った。

 若林さんと小松さんが通うこの学校は、翠玉市の郊外に建てられている。生徒数7万の学校ゆえ敷地は広大の一言に尽き、俺達の足をもってしても最寄りの校門まで徒歩20分を覚悟せねばならない。ま、二人とも健脚だから平気なんだけどね。

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