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教導班で班長が決まっていないのは、宇宙法則を教える宇宙法則教導班のみ。よって早く終わるだろうと予想していたのに、見事外れた。班長を頼もうとしていた小松さんが「班員見習いでないと嫌だ」と、駄々をこねたのだ。しかも、
「小松さん、私も見習いなんです。仲間ですね!」「うん、仲間だね!」「「イエ~イ!!」」
てな具合に翼さんが小松さんの味方になってワイワイやり出し、それに若林さんが「いいなあ、俺も見習いが良かったなあ」とノリノリで乗っかったため、小松さんの要求を呑むしかなくなってしまったのである。俺の思いどおりにしようなんて最初から考えてないけど、組織って難しいなあ。
かくして、宇宙法則教導班の班長も俺が代理をすることになった。代理を複数受け持っていることをもう一方の組織の朝倉さんに隠さねば大変なことになると胸中冷や汗を掻きつつ、班長の人事権と義務へ話を進めた。
「新班員選考の決定権を持つのは、班長とします。また班長は新班員の人柄と能力と加入理由を、24時間以内に小松さんと俺に文書で報告する義務があるとします。そしてこの文書の作成は、創設メンバーに限っては見習い業務の一つとします」
最後の部分で「横暴だ~」系の反論が噴出したらどうしようと身構えていたけど、それは大外れだった。小松さんと翼さんは「「全力で務めます!」」と、敬礼してくれたんだね。俺ってとことん未熟だよなあ、という落胆を心の内側に留め、威厳をもって二人に返礼した。
班長の人事権と義務を定めたことをもって、仲間内の秘密を説明し終えたことを発表した。「仲間内の秘密って何だっけ?」とのボケが入ることを期待していたけど、それは叶わなかった。勇や達也さん系統の人が創設メンバーにいないことを少々危惧しつつ、皆へ問うた。
「脳内に管を二本作り白銀の光で内部を掃除して通りを良くすることや、頂眼址の由来等々は仲間内の秘密ですから、隊員以外に漏らしても仲間としての信頼を失うだけです。しかしこれから話すことは国家機密なため、漏洩すると犯罪者として処罰されます。それを理解した上で、一人ずつ答えてください。小松さん、若林さん、翼さん、国家機密を聴きますか?」
三人とも迷いなく、聴きますと答えた。俺は2Dキーボードを操作し、三人の手元に2D契約書を映す。母さんが美雪に送ってくれていたアトランティス星政府の正式な契約書を、目を皿にして読み終えた三人は、右手の人差し指で署名した。それを美雪に送った数秒後、『受理されたよ』との返信が届く。それを三人へ伝え、背筋を伸ばす。俺と一緒に三人も、背筋を伸ばしてくれた。
「国家機密を明かします。管の掃除の進捗は、機械によって測定可能です。進捗を五段階で表示し、五段目でテストを受けて合格すれば、機密度のより高い訓練方法が開示されます。ここまでが、国家機密です。これ以降は、俺の個人的意見と認識してください」
個人的意見を聴く場面で背筋をいっそう伸ばしてくれた三人へ胸中手を合わせ、それを話した。
「アトランティス星では心の成長が定義され、かつ心の成長は最も尊ばれているものの一つと言えます。心の成長は、定義と日々の行動の差異を基に、ざっくり五段階で表されるとされています。しかしこの『定義と日々の行動の差異を基にざっくり五段階』が、実情とは異なるのでしょう。政府は国民一人一人の厳密な成長度を機械によって客観的に測定し、様々なことに役立てている。俺は個人的に、こう考えています」
小松さんは頭を抱え、翼さんは眉間に皺を寄せ瞑目していた。それに対し変化が微塵も見られない若林さんへ、俺は心の中で語り掛けた。「行動どころか頭の中にこっそり芽生えた意思すらアカシックレコードに全て記録されているのだから、厳密な成長度が判明していても不思議に思わないし、ショックも受けない。そういう事ですよね、若林さん」
との心の声が届いたのかは判らないが、若林さんはサッと挙手した。
「翔さん、少しいいですか?」
「もちろんです、何なりとどうぞ」
「地球の技術でも、国民の優良度を計測するのは簡単ですよね。収入額、社会的地位、学歴、犯罪歴、公共料金やローン等の支払い実績、そして商品の購入歴とネットの閲覧歴。これらはコンピューター社会なら容易に判明しますから、評価基準になるはずです。また地球レベルのAIでもSNS等の書き込みから、危険思想を持っているか否かくらいは判断可能でしょう。よって国民の優良さを数値化して把握している国が地球には既にあるのではないかと、俺は考えています」
若林さんは亡くなった時期的に、中国共産党がまさしくそれをしていたことをギリギリ知らないみたいだ。しかし話の腰を折らぬよう、俺は若林さんの考えを肯定するのみに留めた。若林さんは満足し、先を続ける。
「ですが地球人は、心の成長をまだ定義できていません。よって成長度の低い者を優良国民にしたり、優良国民の情報を悪用したりという、無数のネガティブを地球人はしでかすでしょう。けれどもここは、アトランティス星です。政府の所持する国民一人一人の成長度は正確であり、かつ悪用もされないはず。なのになぜ政府は、国民一人一人の正確な成長度を把握していることを、公開していないのでしょうか?」
若林さんは非公開の理由を知った上で、話を進める助力をしてくれているのか? それとも理由を知らず、純粋に質問しているのか? 俺には判断つかなかったが、この質問のお陰で話を進められるのは間違いない。俺は若林さんの主張する「政府の所持する国民一人一人の成長度は正確であり、かつ悪用もされないはず」に同意してから、こう続けた。「悪用するのは、きっと国民の方なのでしょう」と。
「差別はネガティブであり、そして『地球人が最後に克服する差別は心の成長度』だと俺は考えています。対してアトランティス人に、差別の心配はありません。大雑把な五段階表示とはいえ本人が望めば自分の成長度を知ることが出来ますし、AIにバレることなく他者の成長度を知ることも不可能だからです。よって問題ないはずなのに、国家はなぜ公開していないのか? その答になると思われる教えを、俺はかつて授けられました。それは『親や上役の顔色を窺っているうちは、半人前を卒業できない』ですね」
地球の技術でも、心の成長度を大雑把に計測できます。しかし「地球の価値観に基づく優秀な人達」に共通した計測結果が出ないため、心の成長度を計測できることに人類はまだ気づいていませんね。




