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構想している教導班は、四つある。呼吸法を教える、呼吸法教導班。二つの管の清掃方法を教える、秘匿訓練教導班。戦闘技術を教える、戦闘教導班。宇宙法則を教える、宇宙法則教導班。これら四つの教導班を束ねる統括班長を、小松さんにぜひお願いしたい。
との構想を、三人に話してみたのである。若林さんと小松さんは、瞳を輝かせて賛成してくれた。だが二人をもってしても、翼さんには敵わなかった。戦闘教導班の説明中に爆発的な輝きを放っていたので察していると思うけど、その班長は翼さんにお願いするからヨロシクね~~!
かくして俺ら四人は会議室に戻り、教導班の構想を具体的に詰めていった。教導班という語彙をギリギリまで伏せておきたかったので若林さんを呼吸法の責任者に任命したが、改めて呼吸法教導班班長に就任してもらった。「拝命します、全身全霊で務めます!」 ビシッと敬礼した若林さんと、敬礼を交わす。「習った敬礼が役に立った」 嬉しげにしみじみそう呟く若林さんに、戦士養成学校へ進学しなかったら敬礼を使う機会はまず無いのだと、今更ながら知った。
秘匿訓練教導班の班長は俺が勤めるけど、伝手があるので連絡してみると告げた。伝手などあるはず無いと承知しつつも、小松さんは何も訊かず「よろしくお願いします」と頭を下げてくれた。ホントこの人は、ママ先生と同じ道をゆく人なのだろうな。
さて次はお待ちかねの、戦闘教導班。というタイミングで翼さんへ視線を向けたところ、思わぬ苦戦を強いられることになった。日頃の俺と瓜二つの尻尾をブンブン振る子犬が、そこにいたからである。苦労の末に失笑を封じた俺は翼さんとの対話の推移という、予測の難しい未来へ足を踏み入れた。
「俺が三大有用スキルを一つも持たず生まれてきたのを、翼さんに以前話しましたよね」「はい、伺っています」「俺は前世を思い出したお陰でスキルを習得できました。しかしそれが、叶わなかったと仮定します。記憶は蘇らず、スキルも習得できていないとしましょう。その12歳の俺が戦闘教導班に所属する翼さんに、『どうしたらスキルを習得できるのかな』と尋ねたとします。銀騎士隊の隊員として、来世用の訓練を始めたいと願ったんですね。さあではその同年齢の俺に、翼さんはどう答えますか?」
翼さんは目を剥き、次いで俯きそうになった。おそらく翼さんは、理解したのだ。今の自分では銀騎士隊の隊員を、まるで助けられないのだと。
が、そこからは早かった。まったく助けられないという現実を受け止めた上で、「ならどうすれば良いのか?」という建設的な考察を、翼さんは始めたのである。そして繰り返しになるが、翼さんはそこからが早かった。俺が胸の中に抱いていた正解に、3秒かからず到達したのだ。
「戦闘教導班に所属する私には有用な助言ができないことを、まず正直に話します。続いて、秘匿訓練教導班か宇宙法則教導班へ一緒に行こうと促します。その質問を担当するのは、この二つの班だと思うからです」「うん、第一関門突破。では、第二関門。秘匿訓練教導班へも宇宙法則教導班へも行きたくないと、俺がゴネたとしよう。さあどうする?」「行きたくない理由をできれば教えて、と優しく訊きます」「うん、第二関門突破。では最後。行きたくない理由を聞き出し、翼さんはそれを解決できた。憑き物が落ちたような顔をして、俺は二つの班を訪ねようとしている。今後の予定がないなら、翼さんはどうする?」「予定があったとしても可能な限り調整して一緒に着いていき、二つの教導班が翔さんをどう教育するかを学びます。そして自分にもそれが出来るよう、自分を鍛えます」
合格、さすがだね。との言葉を掛けた俺は、あやうく先輩失格になるところだった。尻尾をプロペラ化した翼さんが空へ飛び立たんとする様子に、もう駄目だ我慢できないと音を上げる寸前になってしまったのだ。いやマジ、限界スレスレだったなあ。
それはさて置き、「今から俺の秘密の一つを話します」と唐突に告げて俺は姿勢を正した。すると唐突だったにも拘わらず、すぐさま三人とも聴く姿勢になってくれたのだから、この四人はもう仲間なのだろうな。その想いを胸に、俺は明かした。
「この星に転生する直前、気づくと俺は白一色の空間に・・・」
三大有用スキルをあえて取らず神話級の健康スキルを選んだ下りで、三人の喉が一斉にゴクンと動いた。そりゃそうだよね、神話級なんて未知の等級を知ったら驚くよね、みんなゴメンなさい。
「・・・でも7歳の試験のスキル表を見たら、健康スキルは英雄級でした。神話級を得るには、それに相応しい日々を生きねばならなかったんですね。そう気づいた俺は、孤児院の仲間達の健康増進に努めました。その試みは正しく、13歳の試験では勇者級になっていました。それを介し学んだのです。『他者の成長を助ける者は、自分の成長を助けてもらえる』ということを」
尻尾ブンブンが止まっていたお陰で厳格顔を作りやすかったことを感謝しつつ、俺は翼さんに体ごと向けた。
「天才は往々にして、教えることが苦手なもの。翼さんは、戦闘技術を他者に教えることが得意ですか?」
「大の苦手です。でも苦手なままでは、私の戦闘スキルは勇者級止まりなのだと確信しました。『他者の成長を助ける者は、自分の成長を助けてもらえる』 この言葉を生涯忘れず、私は自分を鍛えていきます」
翼さんにくっきり頷き、今度は小松さんに体ごと向ける。
「今の翼さんに、戦闘教導班の班員に足る能力はないと俺は判断します。ですが、今と未来は異なります。自分を変える努力を続けられる人なら尚更でしょう。戦闘教導班の班長代理を俺が勤めますから、翼さんを班員見習いにすることを、許可してもらえませんか?」
「連盟の最高責任者として、翼さんが班員見習いになることに同意します。翼さん、頑張ってください」
翼さんは目を真っ赤にしつつもどうにか耐え、小松さんと俺に腰を折った。けどそこで力尽き、上体を起こせぬまま顔を両手で覆い、翼さんは泣いたのだった。
翼さんが泣き止むまで野郎三人が黙って待ち続けるというのは、間違いなく悪手だ。かと言って騒いで待つのはなお悪く、また三人全員がトイレに行って翼さんを一人にするのも、負けぬほど悪手と言えよう。ではどうすれば良いのかと、野郎三人で腕を組みウンウン唸って考えているうち、翼さんが泣き止み顔を上げた。自分達のバカさ加減を慌てて詫びる野郎三人に、翼さんがコロコロと花の笑みを浮かべる。その笑みが目に映ったとたん自分達のバカさ加減を綺麗さっぱり忘れてしまうのだから、男ってホント単純だよなあ。




