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休憩を入れず、次戦を始めた。今回はこちらから見てゴブリンの左側に、つまり右利きのゴブリンの利き腕側に跳び込むようフェイントをかけた。身長が50センチ以上低い子供の俺が足元に跳び込む振りをすると、ゴブリン達は面白いように引っかかってくれる。もちろん俺の演技がこの2年で格段に上達したというのも、あるんだけどさ。
それはさて置きフェイントは成功した。ならば利き腕側の今回は特別にと、圧縮9倍を発動する。いかに利き腕側だろうと突進速度がいきなり3倍になったら、ゴブリンは反応できないのではないか? との予想は見事当たり、異変に気付いたゴブリンが目を剥いたのは、二歩目を着地させた時だった。よって圧縮倍率を変えずそのまま駆け抜け、
ヒュンッッ
白薙を横に一閃。胴の8割を断たれたゴブリンが、地に崩れる。残りの1体も危なげなく倒し、2連続の白星となった。美雪が目で、休憩の有無を問うている。「次の戦闘を終えたら休憩するね」 俺は声に出し、そう答えた。
3戦目も利き腕側を駆けたが、今回は倍率を変えてみた。一歩目を圧縮9倍、二歩目を圧縮16倍にしたのだ。圧縮率の精密調整が、俺はなぜか巧かったのである。とはいえ、油断は禁物。気を引き締めて挑んだ3戦目、3倍速から4倍速への倍率変化を成功させた俺は、1体目のゴブリンを瞬殺。4倍速をそのまま維持して迫る俺を、残りの1体は恐怖したのだろう。棍棒を放り投げ、ゴブリンは一目散に逃げ出してしまった。逃げた方角は、北西。戦友達がいるのは西なため接触の危険は少ないが、北西ではなく北へゴブリンの足が向くよう、誘導すべきだったな。そう反省しつつ2体目のゴブリンも倒し、3戦目も白星で終えた。
誘導の件を美雪に説明し、休憩を入れず4戦目を始めた。今回は人数を変えて、ゴブリンを4体、人間を3人にしている。戦友達が戦っている西側へゴブリンが逃げないための訓練だから、3人対4体にしたんだね。結果は、見事成功。その成功をもって、俺1人がゴブリン2体を受け持つ訓練の合格を美雪は宣言。「合格のお祝いをしましょう。翔の食べたいケーキは?」 スキップしながら近づいてきた美雪に、俺はチーズケーキと答えた。
――――――
10分後。
場所は、体育館の生活スペースのテーブル。
正面に座る美雪が、ニコニコ顔でチーズケーキを食べている。この顔を見たくてチーズケーキを選んだのは、ナイショだ。美雪が一番好きなのは苺たっぷりのショートケーキなので本当はそれにしたかったが、3月半ばは苺の旬が始まる直前。旬が始まるのを心待ちにしている美雪の気持ちを酌み、チーズケーキを選んだのである。チーズケーキは、美雪が二番目に好きなケーキでもあるしな。
とはいうものの、俺にメリットが無いわけでもない。それは、美味しい紅茶を飲めることだ。美雪はケーキごとに飲み物を替える習慣があり、そして俺が二番目に好きな紅茶と一緒に出されるのが、チーズケーキだったのである。他にも焼き菓子や、油で揚げたお菓子にも紅茶は選ばれる。紅茶以外はコーヒーと水が多く、クリームを大量に使うケーキにはコーヒーを、フルーツタルトとチョコケーキには水を添えるのが定番だった。ちなみにフルーツタルトに水を合わせるのは美雪の好みで、チョコケーキに水を合わせるのは俺の好み。俺は地球人だったころから、水が無いとチョコレートをなぜか食べられなかった。それをなぜか、転生後も引きずっていたのである。
この星のパティシエには、元日本人が多いのだろう。日本人が開発したレアチーズケーキやスフレチーズケーキも、人気ケーキとして広まっていた。注文すれば和菓子もドローンが運んでくれるそうだから、次の誕生日に注文してみよう。
そうそう美雪たち量子AIは、お菓子と飲み物に限って味が分かるらしい。おそらくそれは、人類のために働いてくれている量子AIへの報酬なのだと俺は考えている。カロリーたっぷりのお菓子をいくら食べても太らないのだから、女性型AIにとってはある意味最高の報酬なのかもしれない。
男性型AIよ、強く生きろよ・・・・
話を元に戻そう。
チーズケーキを食べ終わり一息ついた俺と美雪は、今後の訓練について話し合った。ただしそれには、3月末日までの訓練、という期限が付いた。期限を設けられたのは、この訓練場に来て初めてのこと。俺はたいそう驚き理由を尋ねたが、「3月下旬にならないと話せないの」と美雪は俯くだけだった。今日は3月9日なので、明日から数えて11日経てば下旬になる。いやたとえそれが11カ月後や11年後だろうと、美雪を俯かせないことが何より大切なのだ。俺は瞬時に質問を取り下げ、残り22日の訓練を2人で詰めていった。
俺と美雪にしては時間のかかった10分後、訓練内容が決まった。午前は輝力圧縮の倍率上げと、輝力主体の100メートル走のタイム短縮を、俺1人で行う。午後はゴブリンの方が多い集団戦を、亮介君たち9人を加えて行う。これが、3月末日まで行う訓練だった。ただ、午前の倍率上げとタイム短縮に、目標数値は設定しなかった。設定するには美雪がさっき言った「3月下旬にならないと話せない」を、蒸し返さねばならぬ気がしたのである。美雪を俯かせないことを最優先する俺に、そんなのできるワケがない。俺は蒸し返す云々を意識の外に蹴飛ばし、努めて明るくテーブルを去った。その5分後、準備運動をそろそろ終えようとしている俺に、ふと思い付いたかのように美雪が問うた。
「そういえば翔の100メートル走のタイムは、何秒だっけ?」
正直、焦った。3月下旬にならないと明かせない秘密を、間接的に開示する決意を美雪がしたと直感したからだ。しかし美雪が考えに考えた末そうしたのなら、俺はそれを手伝うのみ。焦りを表に出さず答えた。
「一応14秒ジャストだけど、それって輝力圧縮を知らなかった5歳11カ月のタイムだよね。でも今は輝力圧縮ができて、そのお陰で輝力量も随分増えて、しかも前回の計測から約1年が経過している。姉ちゃん、今から走ってみても良い?」
手伝おうとする俺の意志を感じ取ったのだろう、美雪の瞳が急速に潤んでゆく。しかし涙が零れ落ちる寸前、美雪はいたずら小僧の笑みを浮かべた。
「じゃあ、走ってみようか」
「やった~~!!」
元短距離走者としては、今の自分のタイムを知りたいというのもまごうことなき本音。俺は跳び上がって喜び、一本目は輝力圧縮を使わず二本目にのみ使う等の打ち合わせをしてから、スタート地点へ駆けて行った。
この訓練場は、一辺100メートルの正方形。したがって対角線を走るためのスタート地点が、訓練場の北西の隅に作られていた。そこから南東の隅へ、正方形の対角線を走るのである。訓練場の北西の隅から5メートル以内に、草は生えていない。そうすることでスタート地点を北西ギリギリに設け、人工林の25メートル手前がゴール地点になるよう工夫しているのだ。それを知った2年前は25メートルの猶予を十分な長さと感じたが、今は違う。輝力圧縮を習得した今の俺は、100メートルを何秒で走るのか? 16倍圧縮の4倍速なら・・・・等々を、足首をグルグル回しつつ俺は考えていた。その耳に、
「準備できた?」
美雪の声が届いた。できたよと返事をし、スタート地点に戦闘態勢で立つ。この星に、地球のスターティングブロックはない。戦闘に準拠し、立ったままスタートするのだ。同じ理由で「位置について」も「用意」も、また号砲もない。立ったまま100メートル先のゴールを見つめ、そこに3Dのテープが映し出されたらスタートを切る。これがこの星の、徒競走の決まりなのである。俺は視力20の双眸でゴールラインを凝視する。そして、
ダンッ
地を蹴って走り出した。体の軽さと加速力に瞠目するも、後方へ流れていく周囲の景色には見覚えがある。前世の高校1年生の夏休みに俺が見た景色と同じだから、およそ11秒ってとこかな? との予想は見事当たり、虚像のゴールテープを切り減速した俺の視界の隅に、10秒96というタイムが映った。そこそこ優秀な陸上部員だった俺の高1のタイムを、今生の俺は6歳10カ月で叩き出すらしい。それでも絶対、俺は落ちこぼれなんだろうな! などとハイテンションで考えられるのだから、俺は今生も走ることが大好きなのだろう。体の軽さを活かせば15メートルで停止できたのに、進路を弓なりにして倍の30メートル走って、俺は止まった。




