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小松さんに「ありのままを話して」と凛々しく応じたさっきの若林さんは、どこへ行ってしまったのだろう。盛大にアタフタする誰かさんに盛大な溜息をつき、小松さんは先を続けた。
「はぐらかしはもう一つあって、それは母親会員の本音を聴く伝手でした。しかし親友といえど秘密はあって当然ですから気にしないでいたら、今月2日に護が突如騒ぎ出しました。日本人だった頃の翔さんは俺らの同い年だったことと、夏休み中にぜひ俺に会いたいと言っていることを、とにかく大興奮で話し始めたんです。同い年のゲーム好きだったことに俺も負けないくらい興奮しましたし、母親会員達の願いを叶えるヒントを貰えるかもしれないと期待しました。しかし5月のニュースで翔さんが総合順位130万台との情報も得ていたので、過度の期待はしないよう自分を戒めていました。これが、翔さんについて俺の得た情報の全てです。感想は、『戦闘センス皆無の俺にはまったく判らない』が本音です。勇者パーティー入り確実と言われる翼さんに強者の気配をまるで感じなかったのですから、翔さんにもやはり感じないというのが偽らざる本心ですね」
偽らざる本心を明かしてくれたことへお礼を述べたのち、翼さんは俺の情報を一つ一つ挙げていった。三大有用スキルを一つも持たなかったため3歳の検査ではほぼ最下位だったが、素振りを三年間して三大有用スキルを得て6歳の一年間で順位を600万上げ、390万台の孤児院に入ったこと。孤児院の仲間達に有用な技術を次々教え、13歳の試験合格者数平均2人の孤児院から合格者を50人出すという、歴代一の快進撃を成したこと。超山脈第五高原の対策を一切せず、走破記録も一切調べず、安全第一で余裕をもって走ったら、100年に1人の偉業だったこと。この時点で俺はアタフタする茹蛸以外の何者でもなくなっていたが、次の情報を聞いた途端、背筋をシャキンと伸ばさねばならなくなった。さすが、冴子ちゃんの再来なんだろうな。
「第十次戦争と第十一次戦争に従軍した天風冴子さんの人格を模した、冴子さんと言うAⅠがいます。天風家の守り神として慕われ崇められている冴子さんは、私の師匠であり姉であり、そして友人でもある人です。翔さんが6歳のとき、同じ6歳の少女として冴子さんも訓練に参加し、それ以来ずっと仲良くしていると私は5歳の頃から冴子さんに聞いていました。冴子さんは冒頭で『ホント翔はワケワカラン』と愚痴を零す演技を必ずして、翔さんの話を始めます。でも演技は長く続かず、友人を自慢する冴子さんにいつもすぐなっていました。そんな姿を5歳から見せられたら、会ってみたいと思うようになって当然ですよね。だからその機会が初めて巡ってきた今月8日、スポーツセンターで自主練する翔さんの元を訪ねてみました。6キロ道を走る翔さんを遠くに見かけてから、翔さんに話しかけるまでの数十秒間、私は混乱の極みにいました。だってそうでしょう? 持って生まれた身体能力はほぼ学年最下位なのに、100年の訓練を経て誰もかれもを追い抜き、人類の頂点に立つ人がそこにいるんですよ? 冴子さんの大切な友人だから失礼のないようにしなきゃって長年自分に言い聞かせてきたはずなのに、挨拶後の会話の冒頭で私はいけないと思いつつも、結局この言葉を放ってしまったんです。『天風家の守り神として崇められている冴子さんから長年聞いてきたとおり、翔さんって心底ワケワカンナイよね!』 翔さん、あの時はまこと、申し訳ございませんでした・・・・」
消え入るようにそう詫びてションボリする年下の女の子が隣にいるのに、アタフタ茹蛸になどなっていられない。微塵も気にしてないから翼さんも気にしないでという本心を、俺は年上らしく落ち着いて伝えた。嬉しさが頬を上気させるのは俺も実体験で知っているけど、それ以外の要素があるのか半ば茹蛸化した翼さんは、何かを誤魔化すように早口で説明を再開した。
「師匠であり姉であり友人でもある冴子さんに、私は繰り返し言われてきました。先天的な戦士の才能と他者に教える能力は、原則として反比例する。冴子さんや私のようなチート級の才能に恵まれた者が他者に教える能力を伸ばすには、劣等感に苛まれる日々が不可欠になる。冴子さんは幸運にも、その日々を戦士養成学校時代に得ることが出来ました。卒業後に伴侶と出会い、幸せな家庭を築き、子供達の教育に今こうして携われるのも、あの日々があったればこそと冴子さんは常々言っています。私にその日々がいつどのように訪れるかは、分かりません。でももしその時が来たら泣きごとや愚痴は幾らでも聴くから、日々を精一杯生きなさい。私は冴子さんに、繰り返しそう言われてきたのです」
冴子ちゃん素敵すぎヤベェどうしよう、というのが今この胸にある本音だ。ヤベェほど素敵な幼馴染を今度会ったらどう褒めちぎろうかと、俺はワクワクしながら考えていた。
が、それは十秒続かなかった。返すがえすも翼さんは、冴子ちゃんの再来なんだなあ。
「最高到達点が私より高い翔さんはある意味私に、劣等感の日々を今後90年間すごさせると言えます。ですがそれはある意味でしかなく少々弱いので、もっと明瞭な差を示してもらいたく思います。そこで質問なのですけど、母親会員達が炎狼と戦うさっきの映像を見て、何らかのアイデアを翔さんは思い付きましたか?」
「うん、思い付いたよ。でもちょっと確認させてね」
俺は2Dキーボードを出し、美雪に質問のメールを送った。「松果体活性法の上達の進捗を、機械で測定できるかな?」「母さんから質問。『帆船の舵輪を不可とするなら、どの方法を教える?』ですって」「むむ! 松果体と視床下部を結ぶ光の管と、松果体と頂眼址を結ぶ光の管を思い描き、管の内部を掃除して通りを良くする方法はどうかな?」「その方法なら入門編として許可できるって。入門編の進捗を五段階設けて六段目を基礎編とし、基礎の一段目なら舵輪も許可できるそうよ。あ、ごめん言い忘れてた。『機械による測定は可能だけど国家機密だから、違反したら犯罪者として処罰されます。法的効力のある契約書を交わした人だけを、対象にしてね』ですって」「了解。美雪、ありがとう。母さんにも、お礼を伝えておいて」「了解~~」 2Dキーボードを消し、俺は翼さんに向き直った。
「最も重要と感じた訓練は、実行可能だった。二番目に重要と感じたのは、輝力工芸スキルの習得。この二つは母親会員達の『来世の戦士試験に役立つ要素が欲しい』という願いを満たせると、俺は太鼓判を押すよ」
翼さんは謝意を丁寧に示してくれた。次いで小松さんに向き直り、「前置きが長くなりました。これからまとめに入ります」と述べた。
「小松さん、私は炎狼との戦闘映像を見ても、母親会員達の要望を叶えるアイデアを何一つ思い付けませんでした。しかし翔さんは今ご覧いただいたように、実行可能かつ太鼓判を押せる訓練を既に二つ用意しています。これが、小松さんの誤解です。翔さんを戦闘順位130万台の人だなんて、決して思わないでくださいね」




