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「輝力を主とするこの星の剣術を習うようになった、今なら解ります。範士も、輝力を主として戦っていたんだって」
家元と範士の両方に可愛がられていた翼さんは、二人の旅行にしばしば同行したらしい。二人は自然を好み、旅行ではまず森を歩き、次いで森から流れ出る清涼な川辺を散策した。そしてその清流沿いの民宿もしくは河口の漁港の民宿に泊まり、海産物に舌鼓を打つのがお決まりのコースだったそうだ。二人の旅行に同行し初めて訪れたのは、群馬県の浅間山の麓に広がる森。その森の中を歩くうち感じ取り理解したことを、翼さんは今でもはっきり覚えているという。
「庭師や芸術家のように成長した森の妖精が、森を美しく育てている。その様子が突如、頭の中に広がったんです。すると『わかってくれたんだ~』『ありがとう~』『綺麗でしょう~』『楽しんで~』のような声が方々から微かに聞こえてくるようになって、ふと気づくと森の全てがキラキラ輝いていました。その感動は森を離れてからも続き、その日の夕方、民宿で頂いた和食を初めて美味しいと思いました。清流で獲れた鮎の塩焼き、山菜の素揚げ。今思い出しても、涎が出てしまいます」
隣にいる俺に涎を確認する術はなかったが、涙なら一目瞭然。差し出したハンカチを翼さんは目に当て、はにかんだ。確信が胸に広がってゆく。瓜二つと言っていい冴子ちゃんの笑顔を6歳のころから見ていなかったら俺はこの瞬間、恋に落ちていたんだな、と。
なんてことを、繰り返しになるが冴子ちゃんのお陰で俺は落ちついて考えられたけど、そうでない若者が近くに二人いた。一人は、若林さん。ということはその隣にいるのは、件の創始者なのだろう。その二人は翼さんの話に、滂沱の涙を流していたのである。
もちろん若林さんのことだから、立ち聞きしてしまったことを翼さんにまず詫びた。隣の若者も揃って腰を折り、そんな二人に翼さんは演技でない笑みを浮かべていた。二人は安堵し、若林さんが俺に顔を向ける。任せてください、と俺は自己紹介および翼さんを紹介し、続いて若林さんも自己紹介および創設者の紹介をそつなくした。創設者の名前は、小松仁さん。小松さんは興味深いことに日本でも小松さんだったらしく、鹿児島県の屋久島に住んでいたという。戦国時代と幕末が大好きだった俺は「鹿児島の小松といえば、小松帯刀の縁者ですか!?」と咄嗟に訊いてしまい慌てて謝罪すると、小松さんは「懐かしい質問だ」とケラケラ笑って答えてくれた。
「小松帯刀の直系じゃないけど、後の小松一族にかろうじて繋がっている感じかな。それより、屋久島の森をこよなく愛していた俺には、天風さんの話が胸に染みて仕方なかったよ。天風さん、前世の故郷を思い出させてくれて、ありがとう」
後の小松一族ということは、華族の小松伯爵家に連なるという事なのだろう。しかし本人が伏せたがっているようなので触れてはいけない空気が生じ、するとそれを後押しするかのように、若林さんが涙の理由を説明した。
「岐阜県の関市に住んでいた俺も、天風さんの話が胸に染みたよ。天風さん、ありがとう」
「屋久島の森も岐阜の森も、旅行で訪れました。どちらも、森妖精達の傑作だと思います」
嬉しい~~と、若林さんと小松さんは揃ってガッツポーズした。翼さんはクスクス笑い、岐阜の森と屋久島の森の想い出を語っていく。何気に俺も両方訪れていたので、翼さんの森の描写を楽しむことが出来た。だが旅行でたった一度訪れただけの俺と、故郷を思い出させてもらった若林さんと小松さんが同じ訳がない。再び涙を流し始めた二人は三分と経たず、翼さんを妖精姫として崇め始めたのだ。ここに至りようやく、俺は悪い癖が出ていることに気づいた。年齢の近い女の子の容姿を正確に判断できないという癖が、俺にはある。それが、翼さんにも出てしまっていた。冴子ちゃんにとても似ており、そして冴子ちゃんは超級の美少女なのだから、翼さんもやはり超級の美少女だったんだね。
ただ瓜二つと言えるほど似ていても、一卵性双生児ではないため若干の差異があるのは否めない。贖罪を兼ね、二人の容姿の差異を改めて注視してみる事にした。まずは、髪型にしようかな。
冴子ちゃんは、茶髪のショートボブ。けどこの時点で既に悪い癖が出てしまっているためもう少し細かく描写すると、「色むらの一切無いミディアムブロンドに、前髪をシースルーにしたショートボブ」になると思う。シースルーとは前髪の量を減らして、おでこを半ば見えるようにした髪型だね。対して翼さんは、「色むらの一切無いライトブロンドに、前髪を左右非対称にしたショートボブ」になるだろう。左右非対称はアシメと呼んでいた気がするけどうろ覚えなので脇に置き、冴子ちゃんは髪質がストレートに近いのでシースルーが似合い、翼さんはウエーブがあるから左右非対称が似合う、といった感じだ。
瞳の色は冴子ちゃんが濃い青、翼さんは薄めの青。意志の強さが窺える切れ長の目と、鼻梁の美しい高い鼻と、桜色をした小振りの唇は、まさしく瓜二つと言える。やばい、桜色の唇と白い肌の相性が素晴らしく、注意しないと見とれてしまいそうだ。体型も、年齢の違いを除けば一卵性双生児だと思う。翼さんの身長は、去年の夏の冴子ちゃんと同じはずだからさ。
上着は二人とも明るい色を好むらしく、服の名称は無粋な俺には分からないけど拘りは無いっぽい。拘っているのか定かでないがどちらもショートパンツを履いていることが圧倒的に多く、第十一次戦争で人類一の美脚と謳われた脚は十代前半にしてその片鱗を見せ、目のやり場に困るというのが正直なところだ。靴はパンツと同系色の、靴底の薄いスニーカーが多いかな?
といった具合に改めて注視したら、悪い癖のせいで容姿への低評価がもう一つあったことに今更ながら気づいた。冴子ちゃんと翼さんは、超級の美少女ではなかった。二人はそれより一段高い、超絶美少女だったのである。う~む、なんか舞ちゃんにも同種の低評価をしている気が、しきりとしてきたぞ・・・・
舞ちゃんは勇に任せるとして、話を妖精姫に戻すことにしよう。
若林さんと小松さんは、こよなく愛する故郷の森を「妖精たちの傑作」と評した翼さんを、妖精姫と崇め始めた。その様子を、輪に加わらず眺めている俺には、二つの事柄を見極める義務もしくは運命があるような気がした。一つは翼さんを崇める気持ちに、超絶美少女への御機嫌取りが入っているか否か。もう一つは崇められることが、翼さんに影響を及ぼしているか否かだ。これらの見極めは、三人との今後の付き合いを左右すると言ってよく、それを義務や運命として俺は感じているのだろう。ならば、現時点における最高の客観性を発揮せねばならない。俺は明潜在意識に潜り、心から離れた状態で三人の様子を観察した。その数秒後、
「男性陣に、ご機嫌取りの意思は無い。そんな二人を好ましく思い、かつ崇められることに慣れているから、翼さんは影響を受けず自然と流している感じかな」
との結論を俺は胸の中で呟いた。本体も首肯しているようだし、これで当たっているのだろう。




