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「翔、ごめんなさい」
と鈴姉さんに謝罪された際、創造主の意向を鈴姉さんの背後に感じたからだ。その意向は、卑怯者と思う所以である「美雪への恋心を今後も隠し続けること」の肯定だったため、俺はそれに従った。だがそれと、姉に巨大な罪悪感を抱かせてしまったことは話が別。俺は姉の手を取り、約束した。
「姉さん、今は無理でもいつか必ず全てを打ち明けます。だからどうか、罪悪感を抱かないでください」
それからの数十秒間は率直に言って、懐かしかった。懐かしさとして思い出したのは、準創像界の授業中の出来事。どさくさに紛れて母さんが俺に抱き着こうとしたけど、母さんの手を俺が離さなかったため「手を離しなさいよ!」「やなこったい!」とやりあった、あの出来事だね。そうつまり、
「翔、手を離しなさい!」「ううん、それだけは断固拒否」「なっ、弟なのに生意気よ!」「あ~はいはい、思春期の弟は生意気なんですよ~」「ムキ~!!」
との攻防が続いたのである。いや鈴姉さん、意識投射中じゃないのに胸に抱かれるのは、さすがに無理だって!
幸い小鳥姉さんの「鈴音、よく聴いて。翔君は鈴音を大切に思っているから、こうも頑なに拒否しているのよ」が理性に届いたらしく、鈴姉さんは俺を抱きしめることを諦めてくれた。だがまだ油断できないことを親友として察知したのか、小鳥姉さんは鈴姉さんの肩を抱き二人で家へ戻っていく。その後ろ姿が玄関の向こうに消えるのを待ち、俺は雄哉さんに謝罪した。それを受け雄哉さんは「男としては拒否してくれて嬉しかったけど、義兄としては妻の気持ちを叶えてあげたかったよ」と、涙腺崩壊必至の言葉をかけてくれたのである。実際崩壊するも、
「ウオオッ、雄哉は漢だ~~!!」
「達也、暑苦しい抱き着くな!!」
には爆笑するしかなかった。でもそのお陰でどさくさに紛れて俺も雄哉さんに抱き着き、結局最後は三人で肩を組み笑い合ったのは、第一回夏合宿の最後を飾る一生の思い出になったのだった。
――――――
翌、8月12日。
夏休み8日目の、正午。
「使い古された言葉だけど、人生ってホント分からないよなあ」
若林さんの通う職業訓練校の校門の前で、俺はそう独りごちた。いやマジわからな過ぎて混乱を未だ拭いきれないため、ここに立つに至った経緯を改めて整理するとしよう。
きっかけは8月1日、剣と魔法を駆使してモンスターと戦う人達をスポーツセンターで見かけたことだった。鈴姉さんと小鳥姉さんによるとそれは最近流行の新スポーツらしく、なんと創始者は元日本人との事。矢も盾もたまらず検索したところ創設メンバーに若林さんの名を見つけ、鈴姉さんに許可をもらい同日夜の講義に参加したら、ゲームの話題でやたら盛り上がった。地球時代の若林さんと俺は、同学年だったんだね。創設者の元日本人も同学年だったためこりゃ会わねばならぬという事になり三人の都合を照らし合わせた結果、全員の都合がつくのは8月12日だけだった。けれども集合場所をスポーツセンターにしたら、バスの乗り継ぎがあまりにも悪い。ならばどこにしようとアレコレ調べて最終的に辿り着いたのが、ここのグラウンド。若林さん、創設者、俺の三人でドラゴンと戦うのに最も適していたのは、若林さん達の職業訓練校のグラウンドだったのである。
「翔さん、感慨深げに門を見つめてどうしたんですか? 時間もないので行きましょう」
「あ、ごめんごめん。うん、行こう」
翼さんに促され、足を踏み出した。そう翼さんも、一緒に来ることになったんだね。
昨夕、俺と達也さんと雄哉さんの三人は肩を組み、笑い合った。それはまこと親密なひと時でそのノリのまま食卓を囲み、語り合い、親交をしこたま深めてから帰りの飛行車に一人で乗ったら、寂しくて堪らなくなってしまった。車窓に顔を寄せ深森邸を探すも、時すでに遅し。夜の闇が、眼下にただ広がっているだけだった。溜息をつき、目線を上げる。すると眼前の窓に自分の顔が薄っすら映っており、それと同種の表情を数時間前に見たことを思い出した俺は、若林さんにメールを送った。幸い『地球出身の女の子なら大歓迎』との返信をもらえたので、翼さんもこうして一緒に来ることになったのである。う~んでも、不安要素もあるんだよなあ・・・・
「翔さん、心配無用です。私の嫌いな典型的な日本人だったとしても、翔さんの友人に失礼なことは決してしません」
門でⅠD確認を済ませキャンパスを並んで歩いていた翼さんが、自信たっぷりそう言い切った。いやあのですね、俺は頭の中で考えていただけで一言も説明していないのに、なぜそうも筒抜けなのですか? と、再度頭の中だけで考えつつ顔を引き攣らせていたら、翼さんはププッと噴き出した。
「本音と建て前はあって当たり前。だから早くそれを受け入れ、空気を読めるようになりなさい。留学初日の晩、ルームメイトの日本人に上から目線でそう諭された時は、海に沈んでしまえこんな国と本気で考えました。けど華道と薙刀にハマり日本の自然に畏敬の念を抱くようになり、留学期間を目一杯延長して三年後に帰るころには、諦めて無視できるようになれたんです」
「翼さんゴメン。ルームメイトの言ったその風潮には、謝罪することしかできないよ」
「時間的にも距離的にも遠く離れた、前世の星のことですからいいですよ。それより、薙刀にハマっていた箇所は突っ込んでくれないんですか?」
「そうそれそれ! ホントはメチャクチャ気になってたんだ!」
それから俺と翼さんは薙刀の話題で盛り上がった。それによると、お世話になっていた華道の家元に薙刀範士の友人がいて、生ける東洋の神秘としか表現しようのない人だったという。パッと見は竹刀を打ち下ろすことを躊躇わずにはいられない70歳台の普通のおばあちゃんなのに、誰も勝てない。皇后杯を制した強者も、軽くあしらわれて負けてしまう。そんなフィクションの世界から抜け出て来たような人に、薙刀を三年間習うことが出来たそうなのだ。翼さんは遠い目をして立ち止まり、空を見上げた。
「輝力を主とするこの星の剣術を習うようになった、今なら解ります。範士も、輝力を主として戦っていたんだって」




