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 亮介君と盛り上がった生物的時間には四分の一乗という数式が出てくるのに対し、輝力圧縮では乗数が半分の、二分の一乗という数式が出てくる。当初は、輝力という高次元のエネルギーを使うから半分の乗数で済むと推測していたが、結果と原因がそれを覆した。原因を経ず結果が出現するのは、創造ではないのか? 輝力には、創造力があるのではないか? そう閃くや頭の中に浮かんだ人物について、美雪に話した。


「イエスキリストという人が、二千年前の地球にいてね。イエスの言動を記した書物には、イエスがパンや魚を無から創造したとしか思えない箇所があるんだ。前世の僕は、イエスを教祖とする宗教が運営している孤児院で育ったから、その箇所を今生でも覚えていてさ。たぶんそのお陰で、輝力と創造を抵抗なく結びつけられたのだと思う」


 ここでいきなり「翔の前世の話を聴きたい!」と美雪に請われた。3Dの虚像では俺を支えられないのに支えようとした時は泣く寸前だった美雪の瞳が、キラキラ輝いている。こりゃ断れないなと、俺は覚悟を決めた。のだけど、


「酷いよ、前世の翔は報われなさすぎだよ」


 あろうことか美雪を、さめざめと泣かせてしまったのである。パニックになりかけた俺の心に、転生前に訪れた白い空間が映し出された。そうだ、確かあのとき・・・・


「姉ちゃん、そんな事ないって。僕が今こうして姉ちゃんの弟でいられるのは、大いなる存在が転生時に報いてくれたからなんだよ。だから、どうか泣かないで」

「それは姉ちゃんも同意するけど、翔は大勢の人を健康にしたのに」


 一応納得してくれたが、泣き止むにはまだ時間がかかるようだ。俺は美雪の背中をポンポンしつつ、美雪の上司の女神様も転生に関わっている可能性について考察していた。すると突然、言葉を伴わないテレパシーが脳にもたらされた。翻訳すると、私にそんな力はないよ、もっと上位の存在がこの星に君を転生させたんだよ、のような感じになるだろうか? それはさて置き教えてくれたお礼を述べると共に、姉が色々やらかしてスミマセンと謝っておいた。それへの返答が「ホントそうよ、でもそういう子ほど可愛いくてね」と、今度は言葉で聞こえたのはどうしてなのかな? 

 などと考えているうちに美雪が泣き止んだので、説明を再開した。量子AIにとって無から有を創造するという概念以上に難しいものはないらしく、美雪も苦労していた。が、


「姉ちゃんは僕と暮らすことで、感情を創造してるんじゃない?」


 と問うや、苦労するのは俺の方になった。創造を初めて実感できた美雪が俺を抱きしめ、離そうとしなかったのである。姉ちゃん頼むから、姉ちゃんが虚像で良かったなんて、俺に思わせないでくれよな・・・・

 視界が霞むので話を元に戻そう。

 俺の前世に泣いたことを始めとする様々な苦労はあったが、論文をどうにかこうにか理解できたらしい。美雪は大興奮して言った。


「瞑想中の輝力量増加は、通路を広げて流入量を増やすイメージと相性が良い。だがその一方、思考と身体操作の速度を上げる戦闘中は、流入速度を上げて量を増やすイメージが好相性になる。この『流入速度を上げる』を、最も容易に思い描けるのは圧力をかける事なため、輝力圧縮という表現が広まったのでないかと翔は考えているのね!」

「うん、大正解!」

「やった~~!!」


 喜びのあまり抱きしめるという行為は、一般的と言って良いと思う。では、既に抱きしめている状況にそれが加わったら、どうなるだろうか? しかも相手が、自分より背の低い幼稚園児ならどうなるだろうか? 幼稚園児の頭に頬ずりするが加わるとともに、胸ギュウギュウの圧力を増すのが一般的だと思う。そしてそれらはどちらも、俺に苦労を強いた。頬ずりによって美雪の体が左右に揺れてもそれをすり抜けさせてはならないし、またそれは、胸ギュウギュウの圧力増加によるすり抜けにも適用されるからだ。俺は冗談抜ぬきで4倍量の輝力を圧縮して2倍速の世界を創造し、美雪の体がなるべくすり抜けぬよう注意したものだった。

 いや本音を言うとそれ以上に、美雪にこうも喜んでもらえて嬉しかったんだけどな!


 論文に関する話し合いを終えたのち、話題は今後の訓練内容に移った。まずは情報共有からという原則に則り、今朝の自主練で知ったことを美雪に伝える。


「今の僕では、ゴブリンを瞬殺できない。フェイントと同時に一瞬で輝力圧縮を発動しないといけないのに、僕にはそれがまだ無理みたいなんだ」

「瞬殺できるまでの日数に、めどは付いてる?」

「1か月あれば可能かなって思った」

「なるほど、翔が予定している訓練を教えて」


 予定しているのはこんな感じと説明したところ、1か月という日数と訓練の両方に賛同してもらえた。よって、


「じゃあ話し合いは終わりだね」


 美雪の背中を最後に二回ポンポンして身を離そうとしたのだけど、予想どおりガッチリホールドされてしまった。「あのさあ姉ちゃん」「ダメ」「僕そろそろ、訓練の準備をしないといけないんだけど」「どんな準備?」「そりゃあ、着替えてトイレに行って・・・」 などと、量子AIとは到底思えない低レベルの時間稼ぎを散々されて俺はようやく、美雪に開放してもらえたのだった。


 ――――――


 その日から、午前の訓練も午後の訓練も自主練のみに費やした。目標はもちろん、フェイントと同時に一瞬で輝力圧縮を発動できるようになること。ゴブリンの3Dを出さず、己の感覚だけを頼りに技を磨く日々が続いた。そして2週間が過ぎた午前の訓練中、


「あれ?」


 俺は首を捻った。一瞬にはまだ届かずとも、一瞬の二割増しほどで圧縮4倍が可能になったら、急に閃いたのである。空中に跳び込むのではなく、ゴブリンの横を駆け抜ける方法もあるんじゃないかな、と。

 よしやってみるか、と軽い気持ちで試した10秒後、俺は頭を抱えて地面にうずくまっていた。駆け抜けた方が断然、良かったのである。足が地面を捉えていれば、加速も進路調整も体勢変更も思いのまま。そんな当たり前のことに、俺はやっと気づけたんだね。

 気を取り直し、駆け抜ける方の自主練を始めた。その三回目が終わると同時に振り返り、次は1体のゴブリンを出してもらうよう美雪に頼んだ。それを含む計3体のゴブリンを連続して倒した4体目、閃きが脳を駆けた。フェイント後の1歩目と2歩目の圧縮倍率を変えるという新たな戦法が、電気となって松果体から放たれたのである。さっそく試すも、それは想像以上に難しかった。ゴブリンを出現させず、倍率変動ダッシュの習得のみに訓練時間の全てを捧げる日々が続いた。

 新ダッシュは、想像を遥かに超えて難しかった。2週間と3日が過ぎ、瞬殺可能になると考えていた2月1日になっても、新ダッシュを習得できずにいたのだ。しかし不思議と焦りはなく、それを美雪に明かしたところ、「正しい道を歩いてるって本能は知っているのね」と微笑んでもらえた。やる気が二倍になった俺は、張り切り二倍で訓練を続けた。

 そうこうするうち2月が終わり、更に1週間ちょいが過ぎた3月上旬の午前中。


「姉ちゃん。次の戦闘は、ゴブリンを二体出してもらえるかな」


 そう頼んだ俺の目に、満開の花の笑みが飛び込んできた。この姉はどうしてこうも、俺の成長を喜んでくれるのだろう。快晴の空から降り注ぐ、早春の日差しが心に直接届いたかのような、温かな想いが全身に広がっていく。その温かさに、不安をすべて追い出してもらった俺は、50メートル前方に出現した2体のゴブリンを静かに見つめた。それを一転させ、


「ウオオオ―――ッッッ!!!」


 雄叫びを上げてゴブリンに突撃する。2体のゴブリンも突撃を開始し俺に迫ってくる。向かって右側のゴブリンに進路を微調整した俺は間合いを計り、ゴブリンの右斜め下に狙いを定めて宙へ跳び込もうとした。だが跳び込むべく身を屈めるや、2倍圧縮を発動して4割増加させた速度で、


 ダンッ


 地を蹴り一歩踏み出した。ゴブリンが瞠目する。しかし目を見開きつつも、棍棒を本能的に振り下ろした自分にゴブリンが満足していることを、俺の動体視力がはっきり捉えた。ほくそ笑む己を胸中に留め、踏み出した一歩目が着地する寸前、4倍圧縮を発動する。


 ダンッッ


 更に4割増した速度で俺は地を蹴った。一方ゴブリンは、前回の4割増しには本能でどうにか対応したが、今回の4割増しには全く何もできないでいるようだった。その、無力な自分に絶望したゴブリンのすぐ横を駆け抜けざま、


 ヒュンッッ


 白薙を横に一閃。胴の7割強を断ち切られたゴブリンが、地に崩れた。それを視界の左端に捉えつつ、俺は左へ急旋回。体重の軽さを活かした急旋回を、時間速度2倍でされたもう1体のゴブリンが、大慌てで急ブレーキを掛けて俺に正対しようとする。だがそれは、悪手以外のなにものでもない。急ブレーキと方向転換を強引かつ大慌てでしたゴブリンが、バランスを盛大に崩したのである。それを、2倍速の世界で見ていた俺は落ち着いて、


 ヒュンッッ


 白薙を振り下ろす。2体目のゴブリンも地に崩れ、勝利の3D文字が空中に浮かび上がった。圧縮を解いた俺は両手を天に突き上げ、勝鬨を上げたのだった。

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