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そしてそれを、太団長は直感的に理解した。太団長と仲の良かった孤児院の女性達は広義の意味で保育士の資質を有し、それを直感的に理解したからこそ太団長は彼女達に接触したのではないか。鈴姉さんと小鳥姉さんは、そう推測しているそうだ。
「直感ではなく翔のように前世の記憶があったかもしれず」「また接触したのではなく、太団長の人となりを正確に知覚した女子が太団長の周囲に集まっていたのかもしれないけど」「太団長自身も、子供達の心の成長を促せる資質を有し」「然るに太団長は、自分と同じ資質を有する女性に好意を抱きやすかった」「でも、史上最強のアトランティス人とされる太団長は」「単純計算で120億人に1人の人だったから」「子供達の心の成長を促せる資質も極限に近くないと」「運命の人と感じられなかった」「そして太団長は、壮行会で初めて出会ったの」「まさしくそれを有する、冴子さんにね」
通常ならここでキャイキャイタイムが始まったはずだがそうはならず、女性陣は沈痛な面持ちで押し黙った。俺も男の端くれなので、沈痛な面持ちになった理由を思い付ける。だがそれを言葉にして発表するのは、ヘナチョコ男子の役目ではない。という気持ちを眼差しに込めて伝えたところ、達也さんと雄哉さんは大人の漢として頷いた。
「小鳥と鈴音さんの推測に、俺と雄哉も全面賛同する」「全面賛同するが故に、太団長と同じ大人の男として、冴子さんに出会ったときの太団長の胸中を代弁しよう」
達也さんと雄哉さんは、成人男性の太く低い声で太団長の胸中を代弁した。
『自分は、戦争を生還できない。だがこの娘に死の気配はなく、ならばこの娘に想いを告げるべきではない。いかに運命を感じようと、この娘がこれから生きる百余年を、こんな老いぼれが縛ってはならないのだ』
リビングに静寂が降りる。達也さんと雄哉さんは通常の口調に直し、先を続けた。
「太団長の年齢は、105歳」「仮に二人そろって生還し、125歳までの20年間を共に過ごせるなら、110歳まで老化しないこともあり違っていたかもしれない」「だが太団長は、自分の死を確信していた。ならば、18歳の娘にしてあげられることはただ一つ」「想いを胸に留め、その娘の幸せを願うことだけだね」
鈴姉さんと小鳥姉さんが、ハンカチを目に押し当てた。俺は両隣に顔を向け「心を落ちつかせる飲み物を用意します。安全性をAⅠとしっかり話し合いますね」と告げて席を立った。夫婦のラブラブっぷりに挟まれたら、熱中症になってしまうからね。
熱中症は冗談で、翠玉市に熱帯夜はない。けどラブラブの方は的中し、背を向けていても熱々な気配がビシバシ伝わってきて非常に困ってしまった。腹いせに達也さんと雄哉さんの飲み物だけ熱々にしてやろうかと思うも、汗まみれのオッサン達に挟まれるなど御免被る。いやお二人は日本で言うなら、20歳のイケメンお兄さんなんだけどさ。
結局AⅠの指示に従い、熱さ控えめのハーブティーを5人分用意してテーブルに戻った。鈴姉さんの手元に置くときは皆を安心させるべく、AⅠに製品名を表示してもらった。ハーブティーを口に含む直前にAⅠが涼風を吹かせてくれた事もあり、ティータイムを皆さん楽しめたみたいだ。ひと心地ついたところで、報告会は再開した。
鈴姉さんと小鳥姉さんの話は戦争後に移った。最初に取り上げられたのは、なんと亮介だった。お二人によると亮介も、冴子さんの伴侶の有力候補だったそうなのだ。完全に想定外だったが言われてみれば頷ける面が多々あり、そんな俺にお二人はとても喜んでいたが、それぞれの夫へは態度を急変させた。前世を未だ引きずる熟女好きの達也さんと雄哉さんは冴子さんが亮介の16歳年上だったことに、鼻息を荒くしていたのである。「「後で話があるから」」とのブリザードに「「ごめんなさい」」と、ダメ夫達は身をすくませていた。
それを放置して進められた報告によると、名家筆頭と名高い天風五家の遺伝に関する論文を、母さんが今回特別に開示してくれたという。その論文によると天風五家が飛び抜けて優秀な理由の一つは冴子さんと亮介の隔世遺伝にあり、仮に二人が夫婦になっていたら二人の実子が天風五家と同等の名家になっていた確率は、99.99%以上だったそうだ。
「自分達の遺伝子が相性抜群どころではないことを」「双方の肉体意識は知覚していたと考えて間違いない」「でも冴子さんの保育士としての資質は遺伝子を上回り」「冴子さんは姉に、亮介さんは弟になった」「「たぶん、そういう事なんじゃないかな」」
亮介に関する報告を、二人は声を揃えて締めくくった。俺は亮介を思い出し、心の中で問うてみる。すると亮介は「AⅠの俺に冴子さんと過ごした孤児院の記憶はないんだ」と顔を曇らせた。「亮介ごめん」 俺は人類を代表し、そう謝り続けた。
その時間があったのは、鈴姉さんと小鳥姉さんの報告がAⅠの冴子ちゃんに移ったからだ。透子として冴子さんと過ごした日々を当の本人に教えてもらっていることを、俺は伏せねばならなかったんだね。
AⅠの冴子ちゃんの調査は鈴姉さんと小鳥姉さんには難しく、組織のコネを使っても噂しか集められなかったらしい。だが組織の方々はまるで定型文のように「その代わり」と冒頭に付け、法律違反にならない範囲で某女子の情報を二人に話したという。その某女子こそは、天風翼さん。「冴子さんの再来と謳われている12歳の女の子がいるよ」と、皆さん口を揃えたのだそうだ。
翼さんの件で、俺の常識不足がまた露見した。3歳の4月1日の時点で戦闘順位100位以内の子は原則として、親の有無を問わず同じ幼年学校に入寮するという。親の有無だけでなく本体の色も問わず100人が集められるのは、戦争を見越しての事らしい。色ごとに伍を組むのは中隊長伍までで、大隊長伍以上は色が撤廃されるため、色の異なる人との連携になるべく早く慣れておく必要があるのだそうだ。7歳の試験では対象が1000人に拡大し、1位から1000位までの子は10校の幼年学校に入寮する。勇のお陰でやっと俺の知識内に入ったがそれは置いて、翼さんはずっと1位に君臨し続けているという。翼さんの実力は学年を飛び越え勇者パーティー入り確実と言われるほどであり、またそれは人格にも及び、圧倒的な人望を集めているとの事だった。ここまで聴いたさい、俺は幾つかの事柄が腑に落ちた。ああなるほど、アレはこういう意味や背景があったんだな、と理解したんだね。
腑に落ちた一つ目は冴子ちゃんの言葉、「私にとって大抵の男は物足りなかった」だ。通常の戦闘順位1位なら、一桁以内の子との実力は伯仲していると言える。よって難あり性格でない限りそんな言葉は出てこないだろうが、勇者パーティー入り確実の場合は話が別。2億4千万人に1人の才能の持ち主にとっては、物足りなく感じても不思議はないからだ。
腑に落ちた二つ目は翼さんの言葉、「冴子さんがいなかったら私はどうしようもなく慢心していたと思う」だ。オリジナルの冴子さんには、人類が持ちうる極限に近い保育士の才能があった。それを受け継ぎ、かつAⅠとして子供達と800年以上関わってきたのが、冴子ちゃんなのである。そんな冴子ちゃんが物心つく前からそばにいてくれたお陰で、勇者パーティー入り確実と称賛されようと、翼さんは慢心に毒されなかった。これも、容易に納得できたんだね。




