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 名家筆頭の天風家の本家に生まれた翼さんの周囲には、優れた戦士がゴロゴロいる。年齢が届かず前回の戦争に従軍できなかった元学年筆頭も、一族に複数いるそうだ。しかしその中に、最終到達地点が自分を超える人はいない。いや白状すると、比肩する人はおろか迫る人すらいない。元学年筆頭達も、たとえは悪いが自分をハイゴブリンとするなら、ゴブリンの集団でしかないという。よって本人曰く「物心つく前から冴子さんが身近にいてくれなかったら、私はどうしようもなく慢心していたと思う」との事らしい。然るに冴子ちゃんへの信頼はオリュンポス山より高く、それも彼女の「翼と呼んでいいわ」に従う理由なのだがそれは置いて、あろうことかその潜在的慢心を俺が初めて砕いた。俺の走法と身体能力の不整合に気づいてからも目で追い続けた十数秒後、彼女は本能的に理解したそうなのである。ああ私はあの人に、届かないのだと。

 正直、思い出しただけで気絶寸前になる。だが、話を先へ進める事にしよう。

 遠目でそう理解した際、走馬灯のように脳裏を駆けたものがあった。それは、5歳の頃から聴いていた俺の話だった。俺が冴子ちゃんと出会ったのは6歳だったから、冴子ちゃんはすぐそれを彼女に話した計算になる。どういう内容だったか気になるが走馬灯が駆けたとき彼女は「なるほど」と思ったらしいので変なことは言ってないのだろうがそれは再度置き、彼女は納得して俺に近づいてきた。近づきつつ想像していたのは、自分と視線が交差するなり俺も「なるほど」と納得する未来だった。だが実際は、もっと複雑だった。自分と視線が交差するや俺の目に浮かんだのは、今生で散々見てきた畏怖だった。けどそれは1秒かからず消え、次いで現れたものに彼女は戸惑った。本人曰く、「冴子さんが私を見つめる眼差しと瓜二つだった」らしい。だがそれも数秒で消え最終的に俺が向けた眼差しに、彼女は混乱した。自分に向けられるその瞳に該当するのは、前世の子供時代しかなかった。近所に住む優しいお兄さんが幼稚園児の自分に向けていた眼差ししか、彼女の記憶になかったそうなのである。

 厳密にはその眼差しになる前、俺の瞳は二転したという。一転目は、畏怖。そのコンマ数秒後に二転目が来て、それは何らかの超常存在を思い出したかのような瞳だったらしい。その瞳は比較的長い3秒ほど続き、そして最終的に行き着いたのが、前世で近所に住んでいた優しいお兄さんの眼差しだったそうだ。羞恥をねじ伏せて彼女が明かしたところによると「心底ワケワカンナイよね!」は、ただの八つ当たりらしい。数十年ぶりに投げかけられたその眼差しを嬉しいと感じた自分が腹立たしく、その腹立たしい気持ちを俺にぶつけたとの事だったのである。自覚はないが彼女のその告白に俺の眼差しは益々お兄さんに似たようで、彼女は耳を赤くしてプルプル震えていた。ピンと来るものがあり、「5分ほど離れていようか?」と提案してみる。彼女は俺と話し足りないと思うと同時に、もう限界だから逃げたいとも思っているように、俺は感じたんだね。それは正解だったらしく、彼女は芝生に無言で腰を下ろした。俺はそこら辺に放っていた自分のリュックに急いで手を突っ込み、レジャーシートを出して敷き、どうぞ使ってと声を掛けた。立ち上がるのも億劫なのか、横へスライドするように移動して彼女はレジャーシートに座る。彼女がその動作を、芝生を見つめつつ行ったことを俺は感謝した。なぜならその瞬間、俺は今生で最も混乱していたからだ。思い出しただけで二番目の混乱に見舞われそうなのでその詳細は後回しにするとして、芝生を見つめ続ける彼女に「走ってくるね」と声を掛け、俺はその場を離れた。

 スポーツセンターの6キロ道は、一方通行になっている。この星には時速数百キロで走る人がざらにいるため、一方通行にしないと危険だからだ。30レーンも設けているのも、危険対策の一環。また利用者が使えるのは、基本的に3の倍数のレーンだけになっている。第3レーン、第6レーン、第9レーンといった感じだね。真夏のお昼ということもあり、現在の利用者は俺一人なんだけどさ。

 そうそうレーンも、本当は合計60レーンある。西行きの一方通行と東行きの一方通行のそれぞれに、30レーンずつあるってことだね。どちらの一方通行も規則として、速く走る人は北側を利用することになっている。俺はこれでも時速400キロを楽に出せるからか、スポーツセンターの運営AⅠに「全力疾走する場合は北端利用を厳守してください」と命じられてしまった。たとえ命令されようと元短距離走者としては、ニマニマが止まらないというのが正直なところだ。

 しかし今、ニマニマが止まらないはずの俺が目指したのは、北端から最も遠い第3レーンだった。翼さんに考える時間が必要なように、俺にも考える時間が必要だったのである。輝力を用いない時速10キロののんびりジョギングを第3レーンでしつつ、翼さんのさっきの話を俺は思い出していた。

 翼さんは俺の目に、「畏怖」「冴子ちゃんと同じ眼差し」「畏怖」「超常存在を思い出した瞳」「近所の優しいお兄さんの眼差し」の五つを見たという。順番も含み、それはことごとく正しいといえる。最初の畏怖は、超人に出会った畏怖。二番目の冴子ちゃんと同じ眼差しは、冴子ちゃんにとてもよく似ているので幼馴染に会った気持ちになった眼差し。しかし我に返り、眼前にいるのは超人だと思い出し畏怖を再び感じた。続く超常存在は、言うまでもなく母さん。そして母さんと比べたら自分もこの子も等しくお子様なことに気づき、年下の女の子に優しく接するお兄さんになろうと自然に思った。それが最後の、近所のお兄さんの眼差しだね。こんなふうに順番も含み、翼さんは悉く正しかったのである。

 勝手な推測だけど翼さんは、他者の瞳に畏怖ばかりを見てきたのだと思う。だから今回、畏怖以外の三つの感情を短時間で見て取り、慌てるやら驚くやらになってしまった。そう推測すると辻褄が合うし、冴子ちゃんの言葉「根はいい子なの」にも沿う気がする。いや気がするのではなく、翼さんがいい子なのを俺は理屈以外の要素で確信していた。レジャーシートを勧めたさい今生で最も混乱したのが、その理屈以外の要素だ。思い出しただけで人生二番目に混乱してしまうけど、そのための時間としてジョギングしているのだから直視せねばならぬだろう。女性達に「この変態!」と罵られること必至なため、直視は非常につらいんだけどさ。

 地球人と比べてあり得ないほど健康だからか、この星の女性達は花の香りがする。これまで出会った生身の女性全員に、心地よい花の香りを俺は感じた。ただ「生身の女性」と限定したように、俺に最も近しい二人のAⅠだけは例外。その二人は言及するまでもなく、冴子ちゃんと美雪。冴子ちゃんはまこと女の子らしい、甘やかな香りがする。3Dの虚像なため地球の常識ではあり得なく、授業や講義で得た知識を用いても決定的な説明は不可能だが、家事ロボットの振りをしていた冴子ちゃんを香りを根拠に見破ったのだから錯覚ではないと思う。とはいえ俺達の仲でも「冴子ちゃんはなぜ甘やかな香りがするの?」と訊くのはさすがに無理なので、ホントのところは判らないんだけどさ。

 ただ甘やかな香りは他の女性達と異なっていても、同系列にあるとも言える。大抵の花は、甘い香りがするからだ。その頂点に冴子ちゃんがいるとするなら、虎鉄の言った「女性の頂点に君臨する女帝で間違いないにゃ」とも符合する。とここまで考察して今初めて思い付いたのだけど、こんな説明が可能なのかもしれない。『冴子ちゃんは仲の良い女の子の頂点にいるから、女の子のエッセンスのような香りがする』 う~むエッセンスだなんて、自分で自分を変態としか思えなくなってきたぞ・・・・

 ここは潔く変態と認めて、話を先へ進めるとしよう。

 冴子ちゃんの考察は一定の成果を得たので、美雪へ移ることとする。

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