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朝ご飯を食べつつ輝力圧縮を習得した経緯を説明したところ、思いもよらぬことを明かされた。テーブルの正面席から隣席にやって来た美雪が、落ち着かせるように俺の手を握る。
「翔、落ち着いて聞いて。1、輝力は九つの力の総称。2、うち二つは結果と原因。3、結果と原因の順に輝力がなっているのを知覚したうえで望む未来をありありと思い浮かべたら、原因無しに結果が実現した。この三つを実体験として知っているのは極めて少数の例外を除き、太団長伍の戦士以上の、55人だけなのよ」
教えられたことが想定外すぎ、俺の思考はしばし停止した。数秒後にやっと動き出した瞬間を逃さず、「人類軍の構成を覚えてる?」と美雪が問う。さすが美雪、他のことを考えてないと取り乱すところだったよサンキュー、と心の中で礼を述べて答えた。
「人類軍は構成人数の少ない順に、伍、分隊、小隊、中隊、大隊、少団、仲団、太団、そして軍の、9つに分けられる。10人で構成される分隊で行動するのは、小隊以下の戦士のみ。中隊以上は、五人構成の伍で行動する。だったよね」
男子の伍と女子の伍を合わせて10人の分隊にするのは、小隊以下の決まりでしかない。しかし98%の戦士がそれに該当するため、人類軍は原則として小隊で行動するとの文言があると俺は座学で習った。そう付け加えた俺に、美雪は再度問う。
「人類軍の戦士に、戦闘力の男女差はあるかしら? また戦闘能力1位から5位までの5人は、どのような伍を構成するかしら?」
「輝力で戦う人類軍に戦闘力の男女差はなく、人類軍全員に戦闘力の順位が振り分けられる。戦闘力1位は、人類軍のトップの司令長官を務める。司令長官に2位から5位までの4人を加えた5人で、司令長官伍を作る」
「うん、正解ね。では6位から55位までの、50人の伍は?」
「6位は第一太団長。7位は第二太団長。といった具合に、6位から15位までの10人が、十個の太団の太団長を務める。第一太団長に16位から19位までの4人が加わり第一太団長伍を作り、第二太団長に20位から23位までの4人が加わり第二太団長伍を作る。そして第十太団長に、52位から55位が加わるんだね。また太団長は司令官でもあるから、司令官の伍ということで、第一司令伍のように呼ばれることもある」
地球における司令官は、陸軍なら軍を指揮し、海軍なら艦隊を指揮する将官を指していた。ただこの星、つまりアトランティス星に軍は人類軍の一つしかなく、また太団は1千万を超える戦士によって構成されるため、その長を司令官と呼ぶのは適切だと俺は考えている。
補給部隊や衛生兵や通信兵等々がいないのも、人類軍の特色と言える。戦闘以外の全てをアンドロイド馬が担う人類軍に、戦士以外は必要ないんだね。
因みに昨夜初めて知ったのだけど、人類軍トップの司令長官の率いる司令長官伍を、子供達は勇者パーティーと呼んでいるらしい。俺達も子供なので、昨夜は勇者パーティーネタで盛り上がった。ただ亮介君はそのネタに参加せず静かにしていて、そんな亮介君を冴子ちゃんが羨ましそうにチラチラ見ていたことから、亮介君は勇者パーティーのメンバーで冴子ちゃんは司令伍のメンバーだったのかもしれない。でもそうなると、二人の記憶設定が複雑になるんだよな・・・・
脇道に逸れたので元に戻そう。
美雪に人類軍のややこしい組織について問われた俺は、正解と言ってもらうべく返答に注力した。それが功を奏し、太団長伍の戦士以上云々を俺は一時的に忘れ、取り乱さずにいられた。その云々を今は思い出したが、平静を保つことが可能なようだ。俺は深呼吸を一つし、姿勢を正して美雪に語り掛けた。
「姉ちゃんのお陰で、落ち着いて会話する準備が整ったよ。太団長伍の戦士以上の55人だけが実体験として知っていることを、僕は極少数の例外として知ってしまったんだね」
「知ってしまったの箇所は誤り。翔に疚しいことは一切ないから安心して」
目力強くそう断言した美雪に首肯するや、美雪は目力をもう一段強くして、早口言葉の如く言った。
「55人はそれを体験する前から、輝力圧縮を当然使えるわ。でも体験後、輝力圧縮について再考することが求められる。輝力圧縮が時間速度を上昇させる仕組みを論文にして、提出することを要求されるの。そして論文を完成させた人は、輝力圧縮が必ず上達する。過去1900年間で、それに該当しなかった人はいない。太団長伍未満の極少数の人達も、論文を完成させると輝力圧縮に決まって上達するのね。だから翔にも、論文を書いて欲しい。もちろん明日から書いてもいいわ。今日は年にたった6日しかない、強制休日の日だからね。もっとも翔の強制休日はなぜか元日のみだけど・・・・ホントなぜなのかしら?」
強制休日とは文字どおり、強制的に訓練を休ませる日を指している。輝力量が増え輝力操作スキルに長けるほど、休日の必要性は減っていく。20歳未満はその傾向が特に強く、休日をまったく取ろうとしない未成年者が後を絶たないため、年に計6日の強制休日を国家は設けたのだ。基本的に奇数月の一日をその日にしているが、俺が強制されるのはなぜか元日しかない。美雪も理由を知らないらしく、訓練を望んでいるなら元日以外は認めてあげなさいと上司に命じられているそうだ。もっとも俺は、それに正解を得ている。神話級の健康スキルを俺が持つことを、上司つまり女神様は、知っているんだな。
それはさて置き朝食後、論文の執筆にさっそく取り掛かった。執筆はサクサク進み、午前中に下書きを終え、夕飯前に完成させることが出来た。何となく感じていたとおり、前世で培った文章力を引き継げていたのである。前世の俺は独自の健康法を、ネットに公開していたからさ。
ただ前世の俺は、一晩寝かせた文章のみをネットに公開するよう心掛けていた。完成したと思えても、睡眠をしっかりとって翌日読み返すと、粗を必ず発見したのである。それも引き継いでいるぞ焦るなよ、と直感が囁いているとくれば、提出を見送るのが無難。俺は3Dキーボードと2D画面を消し、ググッと背伸びをした。と同時に「そろそろ夕ご飯よ~」との美雪の声が耳朶をくすぐる。「は~い」と応えて立ち上がり、俺は自分の食事を運ぶべくキッチンへ足を向けた。
――――――
翌朝、目覚めると同時に上体を起こし、3Dキーボードと2D画面を出して論文を少々書き直した。目覚めた途端、書き直すべき箇所が電気放電となって脳を駆け抜けて行ったのである。仕組みはてんで分からないが、ありがたいのは間違いない。とりあえず胡坐から正座に切り替え、心の中で女神様にお礼を述べてから、ベッドを後にした。
論文を完成させた人は輝力圧縮が必ず上達する、との美雪の言葉は、俺にも適用されたらしい。輝力圧縮の発動時間が、昨日より明らかに短くなっていたのだ。ただ、短くなったからこそ気づけたこともあった。それはこの発動時間では、ゴブリンを瞬殺できないという事。おそらく、いや間違いなく、フェイントと同時に一瞬で輝力圧縮を発動しないと、ゴブリンの瞬殺は不可能。そして今の俺には「フェイントと同時に」と「一瞬で輝力圧縮を発動する」の二つが、まだ無理だったんだな。
という訳で今朝は軽業をせず、この二つの自主練に励んだ。その結果、1か月ほどで習得可能という見通しを立てることが出来た。これなら間に合う、に類する安堵が胸に広がってゆく。俺は引き続き、自主練に没頭した。
論文は、朝食後の座学の時間に提出した。美雪の口元が微かに痙攣していたので「どうしたの?」と尋ねるも、「何でもないのよ、うんうん」などと、何でもなくないことが丸わかりの反応を返されてしまった。俺は美雪を、ジト目でジ~っと見つめる。その視線に耐えられなくなったのだろう、涙目になった美雪に慌てて謝罪し、論文を読んでもらうよう促した。それから暫く、静寂に包まれる時間が続いた。
地球のスーパーコンピューターを数千億倍したスペックを誇るはずなのに、美雪は不自然なほど長い時間をかけて論文を読んでいた。4000字弱しかない俺の論文など読了と検証と評価決定に100分の1秒も使わないはずなのに、論文を映す2D画面を、1分が過ぎても2分が過ぎても美雪は真剣な表情で見つめていたのだ。3分が経過したとき、美雪は2D画面からようやく目を離す。そして真剣さを益々増して、3分を費やした理由を述べた。
「輝力圧縮の仕組みについて提出された一千を超える論文と、著者が記した日記や覚書を含むすべての文を、私は読み返しました。しかし、翔の論文にある二つの特異な箇所を取り上げていたものは、一つもありませんでした。この星がアトランティスの植民星だったころまで遡ってもそれは変わらず、アトランティス本国の文献を読む申請を上司に出しましたが、許可してもらえませんでした。それでも諦めず食い下がったところ、翔が未成年の内に許可するとの言質を得られました。それら一連の出来事を幾度も振り返り、翔との最良の話し合いを探すべくシミュレーションをしていたせいで、3分もの時間がかかってしまったのです。翔、3分も待たせてごめんね」
いやいや、お願いだからそんなの気にしないでと腰を折りまくる俺の頭を、愛しげにたっぷり撫でてから、美雪は話を論文の内容へ移した。
「1、結果と原因の順序は、三次元世界で創造力として働く。2、それによって創造された時間を圧縮した世界、つまり戦士という個体を維持するには、圧縮率を二乗した輝力を消費する必要がある。この二つが、翔の論文のみに記された特異な箇所ね。重ねて言うけどこの二つを文字にした戦士は、五万年に及ぶアトランティス星の歴史の中で、翔が初めてなのよ。もちろん私が知らないだけで、学者にはいたかもしれないけどね」
俺は根っからの、小物なのだろう。五万年で初めてという重さに気が遠くなり、体が傾いた。すかさず美雪が俺の両肩を掴み、体を支えようとする。その手をすり抜けて椅子から転げ落ちたら、美雪を無限に悲しませてしまう。そんなこと、できる訳ないじゃないか! 胸の中でそう叫んだ俺は体が美雪の手をすり抜けるより早く、両足を踏ん張った。そして支える云々の話題が出る前に、美雪の指摘した二か所を嬉々として説明した。
「反重力エンジンを開発していなかった前世の地球では、ロケットを使って宇宙に物を運んでいてね。ロケットは、二倍の重さを運ぶには四倍の燃料が必要で、三倍の重さを運ぶには九倍の燃料が必要になる。それが『圧縮率を二乗した輝力を消費する必要がある』を、思い付かせてくれたんだよ」




