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「翔が提出した夏休みの予定は、教官として目を通している。だが守秘義務により、俺はそれを明かせない。翔、できればそれをここで皆に話してあげてくれないか?」「もちろんいいですよ。皆さん、俺が無理しているとかどうか考えないでください。だって俺が教官に提出した夏休みの予定は『普段と変わらぬ訓練を十日間します』という、一文だけでしたから」「翔君、それはさすがにどうかと思うよ」「翔、ひょっとしてあなたの前世って、ワーカホリックで名高い企業戦士だったの?」「あっ、私もそれ聞いたことある。ねえねえ翔君、どうなの?」「えっとですね、俺は独身の孤児でした。だから同僚が家庭の事情で休みたそうにしている時はいつも相談に乗っていましたし、出張も命じられることが多かったですね」「つかぬことを訊くが、有休を取ったことはあるか?」「役所が煩く誤魔化していましたが、実際は1日もないです」「ダメだこりゃ」「うん、企業戦士どころじゃない」「正直それ、変態のレベルだと思う」「へ、変態って。小鳥姉さんそれはないですよ!」「いや、ある」「なあみんな、翔君に現実を教えてあげるのが俺ら大人の役目なんじゃないかな?」「もろ手を挙げて賛成」「私も賛成。では音頭を取ります、せーの!」「「「少しは休みなさい、この変態!!」」」「ヒエエ、ごめんなさい~~」
てな具合に、俺は変態認定されてしまったのである。ただでさえヘタレの俺が、変態認定を負い目に感じぬワケがない。肩をすぼめてションボリする俺に、四人は順番をだいたい守ってまた語り掛けてきた。
「勇が愚痴を零していたぞ。本家に帰省して肩身の狭い想いをする俺を、翔は助けてくれませんでしたって」「本家? あっでも、達也には守秘義務があるか。翔君は話せる?」「はい、問題ないと思います。親友の勇は、剣持一族なんです。一族の本家には勇と同じ境遇の子たち用の大きな宿泊施設があって、許可が下りれば友人を連れて行けるそうです。俺は合宿の実績が認められ、許可されたとの事でした」「勇君の言っていた『肩身の狭い想い』は、どういう意味?」「安心してください、とっちめて白状させました。同情を引いて、連れて行こうとしただけだそうです」「ふふふ、仲が良いのね。その点は安心しちゃった」「ありがとうございます」「勇に同行したら良い刺激になったと俺は思うが、別の話題に移ろう。呼吸法や太陽叢強化法等々の訓練をして欲しいと、夏休み残留組に翔は頼まれているよな。どういう日程を立てているんだ?」「俺は訓練がありますし、皆はそれに加えてデートもありますから、基本的に毎晩午後8時から50分間を予定しています」「それは素晴らしい行いと思うけど、舞さんだっけ。彼女との予定はないの?」「うっ、それがですね・・・」「舞から聞いている。勇君が、舞に好意を寄せているのだよな。翔が言いよどんだのは、それ絡みか?」「キャーッ、二人は運命の出会いをしたの? 恋バナなの?!」「恋バナ・・・になるのかな? 鈴姉さん、勇の親友として、舞ちゃんへの勇の想いは本物と断言できます。勇に、脈はありますか?」「十分ある、と私も断言しよう」「キャ――ッッ!! 翔君、9月1日は二人に会えるのよね、ぜひ紹介してね!!」「もちろんです。俺に恋愛関係はさっぱりですから、小鳥姉さんよろしくお願いします」「勇の教官として、俺もできれば舞さんに会いたいのだが」「翔君、俺もいい?」「達也さんは飛行車を貸してくれる小鳥姉さんの旦那さんですし、雄哉さんも鈴姉さんの旦那さんですから、問題ないと思います」「私も勇君に会いたい。ふむ、9月1日が待ち遠しいな」「うん待ち遠しい。ねえねえ、お弁当をスポーツセンターに持って行って、7人で一緒に食べない?」「小鳥姉さんと鈴姉さんの負担になって恐縮ですが、勇と舞ちゃんにとっても生涯忘れない想い出になるはずです」「小鳥、俺からもありがとう」「鈴音、俺からもありがとう」「「どういたしまして~~」」
女性陣が声を合わせたのを機に、食後のデザートの時間が始まった。デザートは俺が手土産に持ってきた、焼き菓子。前回とは異なるお店を選んだから大丈夫と思うけど、次は焼き菓子以外にしないとまた変態認定されちゃうかもな・・・・ってヤバイ、次にお邪魔するのは四日後かもしれないんだった!
「翔、手土産を持ってきてくれる気持ちだけでありがたいわ。何でもいいからね」
クッキーを頬張る鈴姉さんのニコニコ顔から察するに嘘は言っていないようだけど、油断は禁物。やはり土産を持ってくるに越したことは無いのだ。とはいえ夏の定番のゼリーとかでは体を冷やすかもしれないし、小鳥姉さんに相談しないとお手上げかもしれないな。
「翔君、お菓子専門店じゃなきゃいけないって思い込みはよくないよ。大量生産品でも今話題のお菓子とか、女性に不動の人気を誇るお菓子とか、視点を変えてみたら?」
「なるほど、視点を変えるんですね。小鳥姉さん、的確なアドバイスに感謝します・・・・って、なぜ俺の頭の中が筒抜けなんですか!?」
「そりゃ翔君が、隠そうとしていないからよ」「翔、帰りの飛行車でも話したけど」「翔君のそういう所をバカにする女がもしいたら」「当たり障りなくやりすごして」「私達にすぐ相談するのよ」「はい、了解です。姉上たちの助言に従うことを誓います」「「よろしい」」
頭の中で考えていただけなのにこうも自然に会話を成り立たせてしまう女性達に、口答えするなど愚の骨頂。俺は聞きわけの良い従順な弟になる選択をした。
そこを突かれたのか? それとも、その選択自体が誘導だったのか? 真相は判らないがとにかく俺は、姉に頭の上がらない従順な弟としてそれ以降の会話をした。
「翔、スポーツセンターでの自主練は、学校の訓練の何割くらいになる?」「むっ、スポーツセンターではゴブリンと戦えますか?」「そう訊かれると思って調べておいたよ。教官の許可があれば学校と同じ難度のゴブリン戦を、最大4時間可能だって」「どわっ、想像を遥かに超えていました。その4時間を含む使用可能時間は、最大何時間でしょうか?」「最大8時間ね」「驚きました。スポーツセンターでも学校の、80%は可能だと思います」「翔君、20%減る理由は?」「すみません、ただの感覚です。ゴブリン戦の減少率は43%ですが午後の4時間を6キロの直線道に費やせば、43%減を20%減にできる気がしたんです」「翔の直感を俺は信じよう。では、この問いも直感で答えて欲しい。20%減を、何日までなら許容できる?」「瞑想して高速思考します、暫しお待ちください」
瞑目し、明潜在意識に潜っていく。自分自身とテレパシー会話する感覚の領域を目指し、潜っていく。うん、着いた。さてでは始めますか・・・・
「スポーツセンターに通う日々を、『6キロの全力疾走をする合宿』と捉え、合宿計画を立ててみました。合宿の目的は輝力圧縮率の上昇、もしくは最大圧縮の持続時間延長です。直感ではゴブリン戦より、単純な全力疾走の方が、輝力圧縮関連の訓練に適している気がします。そのメリットと、ゴブリン戦43%減のデメリットを天秤にかけた結果、『最長合宿期間は2週間』との心の声がかすかに聞こえました」




