表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/683

18

 そうこうするうち夕飯が完成し、5人でテーブルを囲んだ。鈴姉さんと小鳥姉さんが腕によりをかけて拵えた料理は今日もべらぼうに美味しく、呼吸より食事を優先させた俺は今回も酸素不足になってしまった。鈴姉さんと小鳥姉さんはそんな俺を案じつつも嬉しげに微笑み、達也さんと雄哉さんはそんな俺を案じつつも爆笑するという、親密かつ賑やかな食卓に今回も包まれた俺はつくづく思った。ああ俺って、幸せだよなあ・・・・

 なんてことを胸をポカポカさせつつ考えていたのだけど、食事終盤に鈴姉さんが放った問いかけによって、困難極まる状況に俺は陥った。それは、


「ところで翔。四日後の8月5日から始まる夏休みが、私達はまるまる空いているの。翔も当然、この家で過ごすわよね?」


 という、今生最高難度の質問だったのである。

 戦災孤児の俺は去年まで、夏休みと冬休みのない生活をしていた。孤児院を学校と捉えるなら、長期休暇がないのは大問題になる。けど孤児院は学校ではなく「帰る場所のない孤児達の家」なのだから、長期休暇がなくて当然だったんだね。むしろ長期休暇を設けると「自分には帰る場所が・・・」のように、孤児達を悲しませる事になるだろうな。

 しかし、戦士養成学校は事情が異なる。この学校には、親のいる子と親のいない子の両方が、在籍しているからだ。そしてこの「両方が在籍している」という状況は、子供達に無視できない心労を強いる。いや心労は親のいる方、つまり夏休み帰省組の方がきっと多いはず。去年まで当たり前のこととして口にしていた帰省の話題を、今年から急にできなくなってしまったのだから、やはり多いと思うんだよね。もちろん親のいない夏休み残留組も、自分達のせいで帰省組に気を遣わせていることを、申し訳なく思っているんだけどさ。

 といった感じの少々デリケートな理由により、学校では帰省どころか夏休みの話題すら出なかった。学年が上がり共に過ごす時間が増えていったら違ってくるのだろうが、とにかく話題に一切上らなかったため、


「ところで翔。四日後の8月5日から始まる夏休みが、私達はまるまる空いているの。翔も当然、この家で過ごすわよね?」


 鈴姉さんが不意打ちで放ったこれは俺にとって、今生最高難度の質問になったのである。

 幸い俺にそう問うたのは、実の姉とも慕う鈴姉さんだった。達也さんと雄哉さんと小鳥姉さんという、俺が最も信頼している三人の大人が一緒にいたのも、幸運と断じていいはずだ。いや、違うかな? この面子が揃っているからこそ少々デリケートな話題を、実の姉とも慕う鈴姉さんがあえて取り上げてくれたというのが、今回の真相なのだろう。う~むやっぱ俺って、幸せ者なんだな・・・

 という俺の想いの変遷を、目で見るかのように読み取っていたのだと思う。鈴姉さんの次を担当するのは夫である俺とばかりに、雄哉さんが語り掛けてきた。


「翔君は幾つかのことを勘違いしている気がする。これを機に説明するね」


 勘違いって何だろうと訝しむことなく「よろしくお願いします」と聴く姿勢をすぐ整えたのは、自分を褒めていいはず。なぜなら雄哉さんの指摘どおり、俺は三つのことを勘違いしていたからだ。

 雄哉さんが最初に説明したのは、「血縁関係にない大勢の人達が帰省した子供を迎えるのは、この星では当たり前」ということだった。この星では85%の子供が3歳から寮生活を始めるせいで、子供を可愛がりたいという想いを多くの女性が満たせていない。よって女性達は近所の子供も可愛がり、それはその子が夏休みや冬休みで帰って来たときも変わらず、大挙して家に押し掛けるらしい。かくして「血縁関係にない大勢の人達が帰省した子供を迎えるのは、この星では当たり前」という文化が生まれたのだそうだ。しかも、


「ウチの子と達也んとこの子は、出迎える人達が特に多くてね」

「あの頃も今のように隣り合って住んでいたから、全員まとめて俺らの子だったんだよ」


 との事だった。近所のおばちゃん達も両隣の二軒を交互に訪ねる方が気楽だったのだろう、連日大賑わいだったという。

 勘違いの二つ目は、「戦士養成学校以外は7月22日から8月18日までの4週間が夏休み」だった。一つ目と違いこっちは完全な初耳だったので「ええっ!?」と素っ頓狂な声を上げたものだ。でもよくよく考えたら、4週間でも短い気がした。だって3歳で親元を離れるのだから、この程度では寂しさを満たせないと思うんだよね。ちなみに冬休みは、12月22日から1月18日までの4週間とのこと。余談だが「戦士養成学校では訓練漬けになる」との言葉にも、長期休暇が関わっているという。28日間だった長期休暇をほぼ3分の1の10日間にさせられた親の不満が、あの言葉を生んだと考えられているそうだ。

 三つ目の勘違いも二つ目同様、勘違いより「俺の無知」とした方が適切だと思う。俺が知らなかっただけで帰省する子供を出迎えることにも、規則があったんだね。


「赤ちゃんが生まれた際、近所の女性達は夕方5時前にお暇せねばならないという規則があるのを、翔君は知っているかな?」「はい、それなら知っています」「なら話は早い。長期休暇の帰省にも、それと同系列の規則があってね。『血縁のない人達が出迎えるのは最初の三日だけ、血縁関係があっても親子水入らずの時間への配慮を忘れてはならない』とされているんだよ」「あ~、なるほど」「ふふふ、変に気を遣わず言ってごらん」「はい、では推測を述べます」


 子供が帰省するのは「親の家」なため、孫を出迎えることになる深森夫妻と霧島夫妻もその規則から逃れられず、夏休みの途中でお暇せねばならない。といった内容を、俺はオブラートに包んで話した。孫に会うことに規制がかかるなんて、ストレートには言いにくいもんね。

 俺の推測は的中し、深森夫妻と霧島夫妻が孫に会うのは毎年決まって7月中だけなのだそうだ。「あれ? ということは皆さん、昨日帰って来たばかりなんですか?」「うん、そうだよ」「こら、変な気を回すなよ」「私達は疲れていないからね」「全員戦士養成学校の卒業生だから、これくらい平気よ」「いや体力的にはそうなんだけど、正直言うとこうして自宅に帰って来ると」「我が家が一番って、思ってしまうな」「地球より嫁姑問題は格段に少ないけど」「皆無ってわけでもないのよ、翔君」「なるほど、皆様お疲れ様です」「「「「ありがとう~」」」」 そう声を合わせた深森夫妻と霧島夫妻に、嘘を言っている気配はない。たとえ実子でも家庭を持つと、宿泊には様々な問題が生じるのだろう。嫁姑だけでなく向こうの親御さんとも、顔を合わせるはずだからね。それよりも親友の住む隣家を訪問する方が気楽というのは、経験は無くとも何となく理解できる俺なのだった。

 かくして長期休暇に関する勘違いは解消した。だがそれと、夏休みをここで過ごすのは話が別。2カ月に一度こうして遊びに来るのは楽しいし心底ありがたいけど、連泊するというのはやはり違うからさ。

 という胸中の呟きを、耳で直接聴くかの如く知覚するのが、食卓を共にしている大人四人なのだろう。予め決めていたのか四人は達也さん、雄哉さん、鈴姉さん、小鳥姉さんの順番を守り、俺に話しかけてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ