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ここまで読み進めていただいた人達へ、プレゼント

「そんなの、僕が姉ちゃんの弟だからに決まってるじゃん!」


 と答えただけなんだがな。これ以上に美雪のハートを鷲掴みにするものはこの星に存在しないから、それで十分だったのである。

 だが今回は、少々効きすぎた。「翔ゴメン翔ゴメン」とひとしきり俺に謝ったのち、秘密にしなければならない情報の一部を美雪は吐露してしまったのだ。


「亮介たちの記憶を修正しても、あの子たちはそれを少しも嫌がらないって私も知ってる。でもあの子たち全員がこの世にいないことを思うと、心が壊れそうになる。天寿をまっとうしたのではなく戦死したことを思い出すと、心が壊れる寸前になるの。その状態からいつも戻ってこられるのは、翔のお陰。翔なら、生還できるかもしれない。この二千年間で大器晩成の才能に最も恵まれた翔なら、私のもとに生きて帰って来るかもしれない。その可能性を少しでも増やせるなら、私は鬼になってみせる。だから心を壊してなどいられない。私は鬼になって、翔の成長を助けるんだ。そう自分に言い聞かせることで、心が壊れる寸前から私は戻ってこられるの。翔、ありがとう」


 錯覚と言われればそれまでなのだが美雪の話の最中、俺は都合三度、女神様の愛に触れた気がした。触れた気がした一度目は、亮介君たちが戦死したと美雪が明かしてしまった箇所。二度目は、俺が大器晩成の才能に恵まれていると美雪が明かしてしまった箇所。この両方で女神様は「困った娘ねえ」と、愛を感じずにはいられない微笑みを美雪に向けていたのだ。また最後の三度目に女神様が微笑んだのは、美雪ではなく俺だった。なんと女神様は「この星のマザーコンピューターは私の依り代なの」と俺に微笑んでから、次元の彼方へ帰って行ったのである。それらは時間経過があるような無いような一瞬の出来事だったが、三度(みたび)もたらされた女神様の愛は余韻として残り、その余韻に包まれているうちは、美雪の温かさと柔らかさと優しい香りを感じることができた。人と変わらぬ美雪に抱きしめてもらえたのは、愛娘の成長を助ける俺に贈った女神様の感謝なのだと、心の深い場所で俺は理解していた。やがて余韻が消え、美雪が虚像に戻る。感謝しているのは俺の方こそです、と次元の彼方へ告げて、美雪から身を離した。


「姉ちゃんが洩らしちゃった秘密は、より分けて記憶の倉庫にしまっておくよ。時が来るまで思い出さないから、安心してね」


 美雪は瞬きの時間ポカンとし、続いて大慌てになった。「ああどうしよう、また母さんに叱られる~」と頭を抱える姿に、愛するこの姉を守ってみせるという初めての気持ちが、胸にふつふつと湧いてきたのだった。


 ――――――


 翌日以降、午前の訓練のほぼ全てを瞑想が占めるようになった。輝力は物質ではないと知ったことが、根本的な見落としを教えてくれたのだ。その根本的な見落としは、「俺は輝力を微塵も知らない」ということ。ソクラテスの不知の自覚を、俺はものの見事に失念していたのである。よって少しでも輝力を知るべく、瞑想に没頭する日々が続いた。

 午前のみならず、午後の訓練も変えた。ゴブリンの数を十体に戻す代わりに、すべてのゴブリンを強化したのだ。全ゴブリンを対象にしたのだから、リーダーゴブリンは更に強くなった。強くなっても、リーダーゴブリンの突進速度と棍棒を振る速度にはどうにか対応できたが、闇力の増加に伴う肌の硬質化には難儀した。従来の斬撃では、かすり傷を与えるのが精一杯になってしまったのである。10対1に持ち込もうと、かすり傷では倒せない。負けはしないが勝てもせず、撤退する日々が続いた。

 だが8月末の夏の終わりにある出来事が起き、状況は一変した。その出来事は、小隊長が突如現れて戦闘に加わったことだった。小隊長は体内の輝力を2倍にすると同時に、白薙に注ぐ輝力も2倍にした。そして切れ味を2倍にした白薙でもって、リーダーゴブリンを両断したのである。これはいわゆる、目から鱗だった。俺はなぜ、こんな簡単なことを思い付かなかったのか。と落ち込みそうになる自分を叱咤し、白薙に2倍の輝力を注いでみる。輝力圧縮訓練が活きたのだろう、呼吸するかの如く自然にそれを成せた。こうして挑んだ次の戦闘で、美雪の「分隊の勝利!」の声を、鼓膜に届けることが出来たのだった。

 ゴブリンの強化はその後も止まらず、遂に十体のゴブリンの全てが六割増しになるに至った。美雪によるとこの六割増しゴブリンは、戦史に記録された最強のゴブリンらしい。そう俺達は、過去1900年間で最も強いゴブリンと相まみえるようになったのである。俺達のやる気が爆発したのは言うまでもない。敗退しても撤退しても最強ゴブリンに挑み続け、そして忘れもしない、12月31日の午後5時半過ぎ。


「分隊の勝利!!」

 

 喜び一色に染まった美雪の声が訓練場に響いた。俺達は勝鬨を上げ、十本の白薙を天に突き上げた。その中の一本、俺が突き上げた白薙には、かすり傷を与えるのが精一杯だったころの十倍の輝力が注がれていたのだった。


 ――――――


 翌朝。

 1月1日元日の、午前5時。

 早朝恒例の軽業をする前、ふと思い立ち、瞑想をしてみた。

 驚愕した。

 普段とは比較にならぬほど、瞑想が上手くできたのである。この星の元日は前世の日本と同様、一年で最も神聖な日とされている。その神聖さに助けられたのか、それとも戦友達とすごした昨夜のどんちゃん騒ぎが良い方へ転んだのかは定かでないが、心が不可解なほど澄み渡っていたのだ。少なく見積もっても100倍以上澄んだその心で、輝力に集中してみる。と同時に再び驚愕した。集中力も、桁外れになっていたのである。日本人だったころのお年玉を思い出した俺は、大いなる存在にお年玉をもらったかのような嬉しさに浸りつつ、集中を続けた。そして知る。ああなるほど輝力という言葉は、九つの力を総称した言葉だったのか、と。

 輝力は、九つの力の総称だった。そしてどうもこのお年玉は、九つの力の二つを占める「結果と原因」を理解する機会として降ろされたようだった。人は通常、原因と結果という順序でこの言葉を使っている。かつそれを、時間経過に則した理に適う順序と認識しているが、輝力は真逆らしい。結果と原因という順序こそを、理に叶うと輝力は認識していたのだ。

 ならばそれに、倣ってみるのが理解の第一歩というもの。俺はこの数カ月間ずっと恋焦がれてきた、輝力圧縮を成功させた自分を心に思い描いた。仕組みを理解し訓練を重ねるという原因をすっ飛ばし、習得済という結果を心にありありと思い描いたのである。

 率直に言って、それは楽しい時間だった。夢を叶えた自分になるのだから、楽しくて当然だな。これがただの空想なことを忘れて、夢を叶えた自分を思い描くことを俺はただただ楽しんでいた。すると、


「あれ?」


 瞑想を止めて俺は首を捻った。輝力圧縮が、なぜかできそうな気がしきりとしたのである。そうなった理由や仕組みの解明をすべて放り投げ、ホント極々軽い気持ちで、心に思い描いたとおりに輝力と体を使ってみた。


 それ以降の明瞭な記憶が俺にはない。辛うじて覚えているのは二つだけ。一つは輝力圧縮を習得したのが嬉しくてならず、二倍速や三倍速で軽業をしまくっていたこと。そして覚えているもう一つは、


「翔、朝ごはんの時間よって私に何度言わせるの! いい加減にしなさい!!」


 と、美雪に叱られたことだけなのだった。

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