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それを合図に、
ギュンッ
輝力圧縮64倍を発動。俺は壁へ斜めに走り、壁が迫っても走るのを止めず、彼我の距離が1メートルを切ると同時にそのまま斜めに跳躍した。そして、
タタタタタ♪
緩やかな放物線を描き、壁を横に走ってゆく。64圧なため最初は平地と大差なかったが、10メートルも走ると壁の反発力を得られなくなってきた。でもそれは、最初から織り込み済み。訓練場の奥の壁を左に向かって走っていた俺の眼前に、左側の壁が迫って来る。その壁へ、
タンッッ
と跳躍。跳躍によって体を上に持ち上げるエネルギーと体を壁に押し付けるエネルギーの両方を得た俺は、周囲に子供達がいないことを確認したのち全力疾走へ移行。子供達は俺が訓練場の出口に辿り着くまで、ただただ立ち尽くしているだけだった。その子たちへ、
「みんな、またね~!」
手を振って訓練場を出る。そのまま素早く消えるつもりだったけど、子供達がワラワラ走って来て俺に抱き着きギャンギャン泣き始めたのには困った。こりゃヤバいどうしよう、と助けを求める表情を朝倉さんに向けたところ、園長先生として上手くとりなしてくれた。だがそれでも、罪悪感が半端ない。子供達と別れたあとも罪悪感は衰えず、本当はどう行動すべきだったかも一向に判らぬまま、保育園の出入り口に着いてしまった。残り一歩で出入り口を跨ぐ場所で立ち止まり、振り返って首を後ろに傾け、追いかけっこをした子供達がいるであろう訓練場の方角を見つめる。子供達の笑顔と呆然とした顔と泣き顔が、脳裏に次々飛来してくる。俺は歯を食いしばって朝倉さんに正対し、腰を直角に折った。
「朝倉さん、考えても考えても判りません。俺は、どうするべきだったのでしょうか?」
「顔を上げなさい、前途有望な若者よ」
顔を上げるとそこに、威厳に満ちた大人の男性がいた。俺は直立不動になり、聴く姿勢を全力で作り上げる。朝倉さんは微笑ましげに頷き、ここに至るまでの経緯とご自身の想いを話してくれた。
それによると執務室を出るタイミングに、朝倉さんは自身の意思を一切介入させなかったという。介入させないのはそれ以降も変わらず、事実俺は子供達と接している間も出入り口までの道中も、朝倉さんに言葉を掛けられなかった。「然るに今回の件は」と朝倉さんは、語気と眼力の両方を鋭くして告げた。
「然るに今回の件は、創造主と翔君の間で成された事。よって私が口出しすべきではないと思うと同時に、孫弟子かつ責任者の私があの場にいたことも、きっと創造主の手の内なのだろう。若者よ、私の想いを今から放つ。胸に止めおきなさい」
心に刻みますと誓った俺に、朝倉さんは鋭さを柔和さに替えた。
「あの子たちが泣いたのも、君が罪悪感に打ちひしがれたのも、創造主の贈った成長の糧として私の目に映ったよ。その糧で、君とあの子たちはどのように育つのだろう。私は、楽しみでならないね」
私も楽しみ、私も、と女性陣が駆け寄ってきて俺の頭をしきりとポンポンした。そうされても文句を言えず逃げ出すこともできず、苦笑を浮かべて成されるがままになっている俺に、朝倉さんは再度表情を、柔和から危惧へ替えた。
「まさか今生の翔君は、女難の因果を背負っているのかな?」
女難だなんて滅相もありません、俺の周囲には素晴らしい女性達しか・・・・とここまでは確信100%で言い切ったが、その先をどうしても続けられなかった。近ごろ急に、具体的には6月1日と8月1日の二日間に限り、美女二人に苦労させられまくっている気がしたのである。もちろん苦労だけではなく一生の思い出になるような素晴らしい時間もたくさん過ごしていたけど、確信100%で「女難ではありません!」と断言することが、俺には不可能だったんだね。
という俺の胸中を察したのか、「「酷い!」」と美女二人は嘘泣きを始めた。でもそれは、悪手以外のなにものでもなかった。なぜならその嘘泣きこそが「やっぱ女難なのかなあ」と、俺に思わせたからである。母さんは俺に苦労をさせたかったみたいだけど、それってこれ系の苦労でホントに合ってるの? テレパシーでそう問いかけたところ、母さんが次元の彼方へバビュンと消えたのを、俺ははっきり感じたのだった。
保育園を辞し、飛行車へ向かう。スポーツセンターでの予定を全て終わらせ、後は帰るだけ。現在時刻は、午後3時すぎ。日は傾くも夏の日差しは未だ荒々しく、夕暮れの静けさは遥か遠い。「鈴姉さん、体調はどう?」「ぜんぜん平気よ」「小鳥姉さんは?」「まだまだ元気よ」 お二人の言葉に嘘はなく、ここに着いた6時間前と変わらぬ溌溂とした足取りを今も維持している。ただ、表情には気になることがあった。俺の視界の外にいるときを見計らいほんの一瞬、小鳥姉さんが遠い眼差しを幾度かしていたのだ。俺が気づくくらいなので鈴姉さんが見落としているはずはなく、ならば順当に考えると俺もそれに触れないのが大人の配慮ということになるのだけど、
「小鳥姉さん」
今回は無遠慮な子供に都合よくならせてもらった。咎める気配を鈴姉さんに感じないから、これで正解だったんじゃないかな。
「翔君どうかした?」「有名なAⅠの冴子ちゃんと、幼馴染の付き合いを俺はしています。その冴子ちゃんに俺はしばしば、『このバカ』って叱られるんです」「ふふふ、仲がいいのね。私には幼馴染がいないの、羨ましいなあ」「俺は冴子ちゃんと幼馴染になれて幸せですし、冴子ちゃんもそれは同じだと思います。でもさっき言ったように俺は頻繁に叱られて、しかも叱られる理由を今でも解明できていませんから、それに関しては『バカな幼馴染でごめん』って心の中でいつも謝っているんです」「よし、ではお姉さんがアドバイスしましょう。『このバカ』も含めて、冴子さんは翔君のことを大好きだと思うよ」「あ、やっぱりそうでしょうか?」「うん間違いない。お姉さんが保証する」「ありがとうございます。それで小鳥姉さんにもお聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」「むむ、この流れだと私に叱られるようなことを、翔君が尋ねるってことかな。もちろんいいよ、私も翔君ともっと仲良くなりたいし」「俺もです。もしムカッときたら、遠慮せず罵倒してくださいね」「承った、さあ来なさい!」「ではお聞きします。俺の視野を外れるタイミングを見計らって、遠い眼差しを小鳥姉さんはしていますよね。可能なら、理由を聴かせてください。無理だったり無遠慮だったら、遠慮なく叱ってくださいね」「翔君」「はい、なんでしょう」「ありがとう」「どういたしまして」




