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輝力圧縮を知ったからだろう、自主練の許可を美雪にもらえた。では早速と、午後の訓練を輝力圧縮の自主練に変更し、流入する輝力量の2倍化に挑戦した。亮介君によるとまずは輝力量を2倍にし、続いてそれを一瞬で出来るようにしてから、圧縮の訓練を始めるのが広く浸透している手順らしい。因みに亮介君は、輝力圧縮を習得済とのこと。それがいつだったかは美雪に止められているのか、教えてくれなかったけどさ。
輝力量の2倍化は、その日の内にどうにか習得できた。続く夕飯時、話題の一環として習得速度を美雪に尋ねたところ、9段階評価の6をもらえた。さてではそれを基に、明日以降の訓練を組み直さねばならない。仮に評価が4以下だったら苦手ということになるので午前と午後の両方を輝力圧縮に充てたが、6なら片方で十分と思われる。ならばその片方は、どちらにすべきなのか? 神話級の健康スキルのお陰で、肉体鍛錬に関しては午前と午後に差はない。しかし輝力操作には、差があるように感じる。ん~どっちかな・・・・と、夕ご飯を食べつつ考えていた俺は、考察の道筋の正誤を美雪に尋ねてみた。するとめでたく、
「正しいよ」
と微笑んでもらえた。その微笑みに、俺は心の中で首を捻る。最近、美雪の笑顔に柔らかさが増したのは、なぜなのかな? しかしそれについて考えるのは就寝前で十分と自分に言い聞かせ、午前と午後のシミュレーションを開始した。幸い「今は食事が最優先よ」と叱られるより先に、正解に辿り着けた。
「輝力量の増した松果体には、朝の太陽の気配がある。だから2倍化を瞬時に成す訓練と相性が良いのは午前だって感じたんだけど、どうかな?」
美雪は大正解と頬をほころばせた。でも今は、やはり食事が最優先だったらしい。「ほら食事を早く再開しなさい」と、お姉さん口調の増し増しになった声で命じられてしまったのだ。素直に従い、俺は食事を再開する。しかし命令したクセに、
「あっでも、時間は気にしなくていいからよく噛んで食べるのよ。そうそう、よく噛むことで含有量が増える成長ホルモンの名前と、それを生成する唯一の内分泌腺と、そのホルモンの効果を翔は覚えてる?」
などと美雪は別の話題を振ってきた。別の話題を振るくらいなら明日以降の訓練メニューを一緒に考えてくれれば良かったのに、と思わないでもない俺だった。
――――――
翌日から、午前に輝力圧縮訓練を行う新たな日々が始まった。嬉しいことに予想よりかなり早いたった2日で、輝力量の瞬時の2倍化をものにできた。しかもその2日には、倍化した輝力を体の隅々へ均等に行き渡らせることも、含まれていたのだ。9段階で7という評価に、俺は小躍りした。だが、その次が長かった。半年後の翌年1月になって俺はようやく、輝力圧縮に成功したのである。
言い訳じみているがこうも時間を要した理由の一つは、圧縮という言葉にあった。圧縮という言葉を耳にして最初に想像したのは、2倍に増えた圧力に逆らい更に圧縮することだった。輝力は風に譬えられることが多く俺自身もそう感じていたため、気体の性質を無意識に加えてしまったんだな。それが、「2倍量の輝力を体に流入させたのだから圧力も2倍になっている」や「それに負けず更に圧縮する」等の誤解を、生んでいたのである。
だがそれを誤解と知らない俺は、2倍化による圧力の変化を感じる訓練から始めた。しかしそんな変化など、初めから存在しないのだ。よって感じないことこそが正しいのに、己の未熟さに原因があると考えた俺は、圧力の変化を感じ取るべく様々な訓練を試みた。その中に瞑想があり、そして瞑想の最中、自ずと気づいたのである。輝力は気体ではなく、それどころか物質ですらない。したがって物質的性質を帯びておらず、2倍の輝力で体を満たしても、圧力に変化はないのだと。
ならば、圧縮とは何なのか? 圧力に変化がないなら、どのような感覚を基準に圧縮すれば良いのか? 1か月間の寄り道を経て独自解決が困難なことを悟った俺は、圧縮について亮介君に訊いてみた。するとあろうことか「感覚的にしているから、言葉では説明できないんだよね」と苦笑されてしまった。どうも亮介君は、仕組みを一切理解せず輝力圧縮を使いこなしているようなのである。俺は驚きのあまり固まっていたが、よくよく考えると体も同様なことに気づいた。筋肉や神経の仕組みを知らなくても、人は体を動かすことが出来るからな。よって質問を変え、輝力圧縮を習得したときの様子を尋ねたところ、俺はさっき以上に固まってしまった。「ゴブリンと戦ってたら、いつの間にか使っててさ」とケラケラ笑われたら、そりゃ固まりますよ・・・・
その後、亮介君以外の8人にも同じ質問をしたところ、「いつの間にか使ってたんだ」と全員が答えた。ある可能性に気づき、恐る恐る尋ねてみる。
「ひょっとしてみんなは前世もこの星の住人で、戦闘訓練をバッチリ覚えているとか?」
「「「「そうだよ~~」」」」
あっけらかんとそう返され、俺は頭を抱えて地面にうずくまったのだった。
――――――
その日の夜、美雪に真相を教えてもらった。といっても予想どおりのことも多々あり、そしてその筆頭は、亮介君たちがかつての教え子ということだった。
「教え子たちの中から翔と相性の良い子を選んで、最も優秀な9人をここに連れて来たの。人柄と能力には手を加えてないけど記憶は訓練ごとに修正して、翔のせいで同じ訓練を長期間させられているとは思わないようにしているわ。だから翔、安心してね」
安心してねと言われても、美雪は安心など到底できない憂い顔をしている。愛する姉にこんな顔をさせないためには全てを正直に話すしかないと、俺は覚悟を決めた。
最初に話したのは、輝力圧縮を説明できない仲間ばかりなことを俺は怒っていない、ということだった。怒っていない理由は、輝力圧縮を習得できると俺が信じているからだ。しかし、
「僕が自分を信じているんだから、姉ちゃんも僕を信じてね」
そうお願いした途端、美雪は俯いてしまったのである。涙を堪えるには俯くしかなかった姉に無限の愛情を感じつつ、次へ移った。
次に伝えたのは、教え子の記憶を修正していることに罪悪感を覚えないで欲しい、ということだった。その証拠として、俺は自分を挙げた。
「姉ちゃんの未来の教え子に僕が仲間として選ばれ、記憶を修正されたとしても、嫌だなんて少しも思わないと僕は断言できる。そして断言できることは、もう一つあるんだ。それは亮介君たち9人も、俺ときっと同じだってこと。だってみんな、底抜けにイイヤツだからさ!」
そうなのだ、みんなホント底抜けにイイヤツなのである。美雪も心から同意したのだろう、「そうよ、みんな素晴らしい子たちだったの」と顔を上げて胸を張った。けどそれは3秒と続かず、涙をとうとう溢れさせてしまった。美雪の隣に移動し、よしよしと背中を撫でる。涙を止められずとも首をしきりと縦に振る美雪に、続きを聴く意思を感じ取った俺は、それを叶えた。
最後に伝えたのは、美雪が苦労して隠している秘密を俺は決して聞き出そうとしない、ということだった。俺の勘は最近、人生を左右する出来事が近々起こると叫び続けている。その叫びを肯定する話を、美雪は一つもしていない。しかしそれは勘が外れているからではなく、秘密にせねばならないからなのだと俺は確信していたのだ。が、
「どっ、どうしてバレてるの!?」
などと美雪はほざきやがったのである。さすがにカチンと来て、俺は報復を決行した。といっても報復は、
「そんなの、僕が姉ちゃんの弟だからに決まってるじゃん!」




