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「次の戦争の前に、私はこの世を去る。この子と、この子が生きていく社会のために、私は何もできないのだ。でも翔は違う。翔、どうか私の代わりに、この子とこの子が生きていく社会を、守ってあげて欲しい」
「翔君、私からもお願いね」
次の戦争の前に私はこの世を去る、との言葉は俺の心を大きく揺さぶった。次の戦争で死を退け勝利する自分をまざまざと思い描き、そのための努力を一日たりとも怠ったことのない俺にとってその言葉は、死への敗北確定を宣言されたが如き衝撃をもたらしたのである。無限の努力の果てに俺が生き残っても、姉と慕う鈴姉さんはもうこの世にいない。それは小鳥姉さんも同じだし、達也さんと雄哉さんも変わらないし、講義で出会ったほぼ全ての人達も、死に負けてこの世を去っている。
なのにお前は、生き残るのか?
生き残るための努力を、お前はこれから90年間続けていくのか?
死に直接、そう問われた気がした。
返答すべく、俺は目を閉じる。
すると、閉じた瞼の裏に笑顔が映った。それは美雪の笑顔だった。そして美雪の姿がひとたび映るやその両側に母さんと冴子ちゃんが並び、勇と舞ちゃんも現れ、まだ見ぬ未来の戦友達も続々現れていき、1億人超えの集団がすぐさま出来上がった。その戦友達の中に、
「なるほど、君もいるんだね」
俺はそう語り掛けた。鈴姉さんが両手を添える場所の奥にいる小さな命が「そうだよ、僕もいるよ翔兄さん」と応えたのを、俺の心がはっきり捉えた。ならば、迷うことはない。俺はその子と一緒に勝利宣言した。
「任せてください姉さん。俺は姉さんの子と一緒に死を遠ざけ、勝ってみせます」
それ以降の数分間、俺は敗北し続けた。死に勝利する未来へ確たる一歩を踏み出したのに、踏み出した足が地を捉えてからの数分間、俺は身も蓋もなく負け続けたのである。けど、それも仕方ない。「翔ありがとう」と泣いてすがってくる年上美女二人にこのヘタレ男子が勝つなど、宇宙がひっくり返ってもあるワケ無いからさ。ははは・・・・
幸い美女達の涙は数分で止まった。当初は、涙が止まりさえすれば戦いの潮目が変わり連敗も終わると予想していたが、それは大外れもいいとこだった。大外れの原因は、鈴姉さんのお腹の中にいる子と俺が言葉を交わしたのを、二人が明瞭に感じたことにある。感じ取ったから二人は感激して涙を流したのであり、また涙には心を落ち着かせる効果もあるので二人は泣き止んだが、だからと言って感激も消え失せるなんてことは無い。感激が心に残っていた二人は笑顔を振りまき、しかもこの美女達は俺への遠慮0の年上女性なので、距離がやたら近かったのである。とても良い香りがダブルでしてくるやら高さと大きさを誇るダブル双丘が眼前でユサユサ揺れるやらで、俺は死にそうな目に遭った。それは冗談ではなく、「誰か助けてください~」と心の中で叫びまくっていた俺を不憫がり母さんが二人にテレパシーを送ってくれたから救助されたものの、三人に面識がなかったら救助は不可能だった。仮にあの時間があと数分続いていたら、心労が限界を迎えて俺は女性恐怖症になっていたかもしれない。たとえ良い香りがしようと眼福だろうと、前々世からの三連続チェリーボーイなんて、そんなモノなんだね。
母さんが二人にどんなテレパシーを送ったかは定かでないが、調子に乗り過ぎてしまったことを二人は真摯に詫びてくれた。肩をすぼめ身を小さくしてションボリする二人を見ていられず、今回の件をきっかけに思い出した前々世について俺は話した。人里離れたチベットの寺院で新人達に呼吸法を教え、独身のままその寺院で息を引き取った俺は、前世のみならず前々世も女性の手すら握ったことがなかった。そのせいで俺には女性への抵抗力が無さすぎ、それが今回の件を大事にしたのであって二人に原因があるのではない。だからどうかそんなにションボリしないでくださいと、俺は二人に請うたのだ。けどそれは、失敗だった。なぜなら、
「ううん、私達の作戦が間違っていたの」「夫達の意見に耳を貸さなかった私達がやはり悪い。翔君、ごめんなさい」「ごめんなさい」
てな具合に、二人をもう一段ションボリさせてしまったのである。正直パニクるも、そんなの二の次にして、二人が元気を取り戻すよう最善を尽くすのが俺の努め。幸い「作戦」や「夫達の意見」という意味深な言葉が耳に残っていたので、雰囲気改善の第一歩としてそれを尋ねてみた。その問いは、懺悔の機会として二人に作用したのかもしれない。意味深な言葉の詳細を、二人は洗いざらい話してくれた。
それによると、俺と勇と舞ちゃんがスポーツセンターを利用できるよう飛行車を貸すことは、二人にとってむしろ嬉しいことだったという。理由は複数あるがやはり筆頭は、お腹の中の子供。俺達三人の成長を助けることはお腹の子の戦争生還率を上げることと同義と、二人は感じたらしいのだ。しかしそれは大人の女性の感覚であり、俺には解りづらいかもしれない。よって二人は作戦を立て、その作戦に基づいて今日は行動していたそうなのである。
「元地球人の翔は分かると思うけど」「60歳を超えても若くて綺麗なお姉さんと認識されるのは」「理屈抜きで嬉しいの」「でもイヤラシイ視線はやはり嫌で」「そのてん翔は百点満点で」「イヤラシくならないよう誠実な対応を必死でしつつも」「私達を綺麗なお姉さんと認識して」「子供らしく頬を赤らめる様子を見ると」「前世の60歳を覚えている身としては」「嬉しくて堪らなくなるのよ」「だから今日の最後にそれを打ち明けて」「こう言うつもりだったの」「今日はとっても嬉しい気持ちにさせてもらえたから」「そのお礼として飛行車を無料で貸すね」「それとも私達にドキドキした程度じゃ」「飛行車の代金に到底足りないとでも言うワケ?」「翔、言うワケ?」「めっそうもございません! ドキドキして、心臓が破裂しそうでした!!」「でしょ!」「そうよね!」「「イエ~~イ!!」」
二人はハイタッチし、娘っ子のようにキャイキャイ始めた。そこに演技はなく、また元地球人として容易く理解できる話だったため俺としてはこれで十分だったが、二人は納得しなかったようだ。二人の打ち明け話は「夫達の意見」へ移っていった。
それによると地球より数百年進んでいる達也さんと雄哉さんの前世の星は、アトランティス星に準じる不老を獲得していたという。平均寿命の百歳を、三十代半ばの容姿で迎えるのが一般的だったそうだ。美容と健康に留意していれば三十代半ばでも非常に綺麗だし、加えてその星の人達は生物種的特性により、日本でいうところの熟女の方がモテたらしい。地球でもゴリラやチンパンジー等の霊長類や一部高等哺乳類がそれに該当し、地位の高い男性ほど若い女性に興味を示さない顕著な傾向が前世の星にあったそうなのである。その前世を詳しく覚えている達也さんと雄哉さんは、鈴姉さんと小鳥姉さんの寿命が迫り老化が始まっても変わらず愛し続けることを誓っていて、それについては手放しで嬉しくとも、ぶっちゃけ不満もあった。地球でいうところの「小便臭い小娘」的な感覚こそ夫達は持たないものの、「若く見られたら嬉しい」「すまん、微塵も理解できない」系のすれ違いは、あったらしいのだ。そしてそのすれ違いは、若く見られたいと願う女性への理解と俺の心労が相殺関係にあることも、夫達に気づかせなかった。そのせいで夫達は心労の巨大さばかりへ目が行き、それが今回の計画への危惧になったのだそうだ。




