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その後も話し合いは続き、そして俺は多大な良心の呵責を覚えることになった。深森夫妻の自宅に招待され霧島夫妻にも大歓迎された理由を、二人に上手く説明できなかったのだ。真の理由は母さんの組織を介し、四人全員と直接の関りを持っていることにある。だがそれは伏せねばならぬため四人が同じ戦士養成学校の出身であることを強調し、直接関わっているのは鈴姉さんと霧島教官の二人だけという印象操作を俺はしなければならなかった。なぜなら印象操作が失敗したら、直接関わっているのは鈴姉さんと霧島教官の二人だけという「嘘」を、口にせねばならなくなるからだ。けどそれを、このダメ人間が巧くこなせる訳がない。俺自身がそれを重々承知していることもあり不自然さを拭えず、しかし勇と舞ちゃんはすこぶる善人なため、二人は不自然さに気づいていない振りをしつつ俺の意図する展開に黙って乗ってくれた。それは二人が俺を信頼している証でもあるから感動する半面、二人を騙すことへの罪悪感も俺に抱かせた。言うまでもなくその罪悪感も二人は察知したが美雪絡みの軍事機密と解釈してくれたらしく、表情に出すことはなかった。かくして深森夫妻と霧島夫妻に関する話題も不自然に終わり、かつそれへの有効な解決策を思い付けなかった俺はその日の夜、教官室を訪れ霧島教官を頼った。霧島教官も善人なので頼られたことをむしろ喜んでくれて雄哉さんに早速相談したそうだが、二人が出した答は結局、「妻達に頼ろう」だった。夫達が客を自宅に招くより、妻達が客を自宅に招く方が、大歓迎という語彙に人は違和感を覚えにくい。それが、
「夫婦というものなのだよ翔」「正確には、夫婦の力関係というものなのだよ翔君」「うむ、まさにそれだな」「将来のために、翔君も忘れちゃダメだぞ」
と、達也さんと雄哉さんは諦念を滲ませて俺にそう言ったのである。ならばこちらも、腹を割るしかない。「お二人の今の話とは違うかもしれませんが、俺は女性に頭の上がらない性格をしています。頭の上がらないこの性格が最良の問題解決になることが将来あったら、お二人の今の話を思い出し、心の平穏を取り戻そうと思います」 そんなふうに、腹を割ったんだね。すると思いがけず、
「うおお~~!」「早く三人で酒を飲みて~~!」
お二人の飲み会に誘って頂くことが出来た。二十歳になったらお二人の行きつけのバーに連れて行ってもらえることを、俺は今から楽しみにしている。
話がだいぶ逸れたので元に戻そう。
お二人の「妻達に頼ろう」という結論を聞いた奥様連合は、任せなさいと快く引き受けてくれた。続いて、
「翔、8月1日はスポーツセンターの下見に行くよ」
「舞さんのため、翔君は9時半の始発バスに乗ってね」
鈴姉さんと小鳥姉さんはそう指示を出した。お二人の指示で俺に理解できたのは小鳥姉さんの「舞さんのため」の箇所だけで、下見と始発バスに関してはチンプンカンプンなのが本音。だが舞ちゃんのためになるなら、全力でそれを遂行するのみなのである。その決意のもと8月1日の午前9時半、溺死の危険を顧みず俺は始発バスに乗った。結果は「この件も俺は考え足らずだった」の一言に尽きるが具体的に述べると、「非カップルの乗客が俺一人ではないなら、さほど苦痛にならなかった」になるだろう。
俺らの学校には、196組の学内カップルがいる。この学内という箇所がミソで、学校の外に恋人のいる生徒もウチには6人いた。つまり俺が決死の覚悟で足を踏み入れたバスには、その6人が乗っていたって事だね。6人のうち2人は男子で交友があったし、女の子たちも合同挨拶で補助スタッフを務めてくれた4人だったので良好な関係を築けていた。然るに非カップル乗客が増えたとの理由により6人は俺を歓迎してくれて、初合宿等の話題で盛り上がっているうち、いつの間にか翠玉市に到着していたのである。
車中のみならずバスの降車時も、不快とは無縁でいられた。カップル達が降車口付近に集まり終えてから蜃気楼壁を解除し、集団の最後尾にこっそり加わったところ、おしゃべりに夢中のカップル達は誰一人として俺達の存在に気づかなかったのである。かくなる理由によりさほど苦痛にならず、またバス乗車前から非カップルの同士達で固まっていれば、「ほぼ苦痛にならない」に上方修正されると予想された。これらのことを、冴子ちゃんは舞ちゃんに伝えているはず。そこに俺の体験談が加われば、信憑性は一段増すに違いない。つまり小鳥姉さんの「舞さんのため」は、まこと正しかったんだね。小鳥姉さんに会ったらそのお礼をいの一番に述べねばと思いつつ、お二人との待ち合わせ場所に俺は向かった。
言うまでも無いがこの星の都市設計は、地球を遥かに凌駕している。よって隅から隅まで整備が行き届いていて、たとえばバスの発着所に隣接する飛行車の駐車場も当然あり、そしてそこで鈴姉さんと小鳥姉さんは俺を待っていた。正直言うと妊娠中の鈴姉さんは車の中にいて欲しかったけど、俺を見つけるや「「お~い」」と両手をブンブン振るお二人を見ていたら何も言えなくなってしまった。涼しげな木陰のベンチでお喋りを楽しみつつ俺を待っていたようだし、俺が気をもんだらかえってストレスになるかもしれないからだ。妊婦さんの健康については後で小鳥姉さんに訊くとして二人に挨拶し、続いて舞ちゃんの件と迎えに来てくれたお礼を述べた。けどそこで、お子様な俺は視線を泳がせてしまう。夏服を着た美女二人を直視することが、多感な思春期男子にはどうしても不可能だったのだ。古い呼び方かもしれないがセミショート丈のキュロットスカートから細く伸びるお二人の脚は神々しいまでに美しく、細さと美しさはスリーブレスニットから伸びる腕にも当てはまり、それでいて髪は結わず豊かなロングが風になびき、全体的に華奢でありながらも双丘だけは高さと大きさを強烈に主張しているといった感じに、視線を泳がせてさえ頬を赤くせずにはいられない美女っぷりだったのである。そんな俺のお子様っぷりなど大人の二人には筒抜けだったはずだが華やかにクスクス笑うだけに留めてくれて、さあ車に乗りましょうと両側から俺の両手を取ってグイグイ引っ張って行ったのだけど乗車直前、俺は前転する勢いで腰を直角に折った。三人掛けの後部座席の中央に、二人は俺を乗せようとしたからだ。
「お願いです、お願いですから何も訊かず、俺を前方席に座らせてください!!」
額が膝に着くほど体を折って懇願するも二人はなかなか許してくれず、けど最後は優しいお姉さんになって助手席に座ることを了承してくれた。助手席を選んだ理由は、小鳥姉さんが「これは私の飛行車なの」と言ったことにある。地球レストランのレシピ担当者として多種多様な食材を求めて人類大陸の隅々へ飛んで行くことが多々あり、また夫の達也さんも二か月に一度しか帰宅しないため、小鳥姉さんは自分用の飛行車を所持していた。つまり運転席にはいつも小鳥姉さんが座っているはずで、そして小鳥姉さんの香水を堪らなく魅力的に感じていた俺は、たとえ前方席に一人でいようとあの香りに包まれることを恐れたのである。う~む美女ってなぜこうも、いい匂いがするのかな・・・・
というのもバレバレだったはずだけど、最後は優しいお姉さんになった二人は、俺の頭を揃って撫でることで多感な男子のアレコレを全て不問にしてくれたのだった。




