2
「そうそうアンタって、勇君の剣持一族が名家なのも、知らなかったわよね」
冴子ちゃんが久しぶりに槍で急所をザクッと突いた。まさしく俺は冴子ちゃんの指摘どおり、この学校の入学日に皆が「剣持勇って、あの剣持一族か!」と騒いでいるのを見てようやく、勇が名家の出身なことを知ったのである。いやマジ、勇ごめん!!
ただ勇によると剣持一族は、天風一族の一段下というのがホントのところらしい。人類軍トップ55、つまり太団長伍以上の排出数において、剣持一族は天風一族の半分がせいぜいなのだそうだ。いやいや半分でも凄いよと本音を伝えたところ、嬉しい情報を得られた。天風一族がアトランティス星屈指の名家になったのは、冴子ちゃんの息子と亮介の娘が結婚した以降との事だったのである。
「そうか! そういえば亮介は、勇者パーティーの一員だったもんね!」
「そうね、亮介は人類軍No2の戦士だったわ。亮介の娘さんも、息子にはもったいないくらい良い子でね。しかも優秀な孫を5人も生んでくれて、その5人が天風五家として今の繁栄を築いた。だから身内達は亮介の娘を、天風一族の太母と呼んでいるのよ」
「そりゃ亮介も嬉しかっただろう。良かった良かった」
「・・・なあ翔。お前について驚くのは慣れっこになっているつもりだったんだが、亮介さんをなぜ知っているんだ?」
「多分メチャクチャ遅いんだろうけど、俺が集団戦の初訓練をしたのは6歳でさ。引きこもりだったから俺のAI教育係がAIの仲間を9人連れて来てくれて、冴子ちゃんと亮介はその9人に含まれていたんだよ」
「・・・・一応訊くが、その9人の選考基準は?」
「みんな、俺のAI教育係の教え子だったよ。教え子の中から、俺と相性の良い子を選んだって言ってた。あれ? 勇どうかしたか?」
「・・・・・重ねて一応訊くが、翔のAI教育係は美雪さんなのか?」
「うん、そうだよ。勇は美雪を知ってたんだね、嬉しいよ」
「あ~、ウチも名家の端くれだからな、ハハハハ・・・」
勇はそう言って力なく笑い、次いで目を閉じテーブルに両肘を付いて、こめかみのマッサージを始めた。不可解だし心配でもあるけど、冴子ちゃんが「そっとしておいてあげて」との2D文字を俺と舞ちゃんに見えるよう表示したとくれば、従うしかない。勇をそっとしている間の当たり障りのない話題を、俺は切り出そうとした。のだけど、
「翔君、美雪さんに挨拶できないかな?」
舞ちゃんがキーボードを弾いてそう尋ねてきた。勇と違い舞ちゃんに普段との違いはないことから、舞ちゃんは美雪を知らないと思われる。ならば不可解な心労も無いはずなので構わないような気もするけど、最終決定権が美雪にあるのは当然のこと。よってその旨を伝え了承してもらったのち、美雪にメールを出してみることが、俺にはできなかった。なぜなら俺がキーボードを弾くより早く、
「舞ごめん、美雪は軍事機密なの」
冴子ちゃんが頭を下げたからだ。給料が僅かとはいえ出ているように、俺達は地球で言うところの軍属。よって軍規に従う義務があるのだけど、美雪のどこが軍事機密なのか? 俺には解らない。解らないが、母さんへの信頼ただその一点にすがり、
「舞ちゃん、ごめんなさい」
俺は舞ちゃんの申し入れを断った。そんな俺を助けるかのように、勇が勢いよく身を起こす。そして勇は自分に可能な範囲内で、美雪に関する知識を舞ちゃんに明かした。
それによると1900年に及ぶ闇族との戦争は、様々な法則を世に知らしめたらしい。その一つに、戦争へ赴く理由と戦士の排出率の関係がある。承認欲求や自己顕示欲を戦争へ赴く理由にしている家系は、戦士の排出率が減少していく。対して排出率が上昇していくのは、人類滅亡阻止を理由にしている家系。民度と幸福度の高いアトランティス人の暮らしを守るために己が命を投げ出すことを理由にしている家系は、戦士の排出率が上昇していくそうなのだ。名家が尊敬される所以は、ここにあるんだね。
また名家は、尊敬されるために人類軍トップ55を育てているのではないが、人類軍トップ55を育てる努力を名家が怠ることは決してないという。その努力の中に、かつては一族を上げて注力していたが今は放棄しているものがあり、美雪はそこに関わってくるらしい。人類軍トップ55を「育てる確率の高いAI教育係の割り出し」が今は放棄しているもので、そして判明したAI教育係の筆頭にいるのが、美雪だったのである。
「俺の剣持一族には、判明した10人のAI教育係の名が伝わっている。その筆頭が美雪さんなのだが、中堅の剣持一族に美雪さんと関わる機会は非常に少ない。この1500年間でたった一度しかないと、俺は教えられた。しかし剣持家が加入している中堅名家同盟の情報を集計すると、美雪さんが筆頭なことに疑問の余地はないそうだ。ただ、美雪さんを始めとする10人のAI教育係の詳細を残すことは、国家によって禁じられている。よって口伝として伝わっているのは、とても優しく愛情深いということだけ。同盟の情報によると美雪さんが教育係になるのも、優しく愛情深い子らしい。そういう子供を育てることは人の本質とも合致するため、多くの名家が今はそれに注力している。AI教育係の割り出しを放棄したのは、そういう訳だね」
ちなみに中堅名家同盟は俗称にすぎず、実態は単なる友人知人の集まりらしい。下地になるのは戦闘順位二桁の子が入会する二桁会と、一桁の子が入会する一桁会。剣持一族も一桁会を通じて天風一族のような上級名家と交流しているが、AI教育係は軍事機密でもあるため上級名家との情報共有はしていないという。「だから舞ちゃん、冴子ちゃんや翔をどうか悪く思わないでください」 勇はそう言って、舞ちゃんに頭を下げた。舞ちゃんは非常に恐縮し、自分の無知のせいで勇に謝罪させてしまったことを詫びた。
「いやそんな事ないって」「ううん、私が身のほど知らずだった」「いやいやそれこそ、そんな事ないって!」「ふふふ、ありがとう。勇君にそう言ってもらえたんだから、次の合宿も頑張ろう」「むっ、俺も頑張るよ!」「あ、俺も・・・・」
俺も、と二人の輪に加わろうとするも、二人にギロリと睨まれたためションボリするしかなかった。とたんに二人はププッと噴き出し、冗談だってと笑い転げる。その偽りのない笑顔に救ってもらった俺は、心の中で二人に手を合わせた。
美雪の秘密を明かさないままの俺を、許してくれてありがとう、と。




