二十三章 8月1日、1
一か月後の8月1日、俺は翠玉市のスポーツセンターに足を運んだ。9月の合同訓練の、下見に来たんだね。けど同行したのは合同訓練に参加する勇と舞ちゃんではなく、鈴姉さんと小鳥姉さんだったけどさ。
一か月前の強制休日、俺と勇と舞ちゃんは翠玉市を観光した。その別れ際に9月の合同訓練の提案をしたところ、二人の同意をすぐ得ることが出来た。それだけで9月の自分達を想像して気分が高揚したものだが、俺達はバカだった。合同訓練は、同意を得られさえすれば開けるような安易なものではなく、解決すべき問題を複数持つそれなりの難問だったのである。
解決すべき問題の最初に挙げるべきは、「訓練が禁止されている強制休日に訓練すること」で間違いないだろう。その解決策としてまっ先に思い付いたのは、「強制休日ではない普通の休日に合同訓練をすれば良い」だった。いわゆる有名無実になっているだけで、戦士養成学校も日曜を休みにしている。従う生徒が一人もおらずみんな自主練するため忘れられているが、毎週日曜はお休みだったんだね。よってその日に集まろうという事になったが、移動手段がなかった。バスが出るのは、強制休日のみだったのである。もちろんレンタル飛行車の利用は禁止されていないけど、高くて諦めるしかなかった。三人で割り勘しても給料の約半分が消し飛ぶんじゃ、仕方ないよね。
したがって必然的に、強制休日に訓練する手立てを俺達は探した。すると意外にも、手立てをすぐ見つけることが出来た。通常の休みを強制休日代行日にすることを教官もしくは副教官が認めれば、それでOKだったのである。ただしこのテのものには、決して疎かにしてはならない事がある。それは許可を出す、上役の心証だ。それを基に話し合ったところ、次の二つを守れば良好な心証を保てるはずと俺達は結論した。
1、合同訓練の趣旨と訓練計画が高品質なこと
2、合同訓練の成果を出すこと
俺達は1について、多数の強みを持っている。その中の二つを挙げるなら勇の剣術スキルが学年屈指なことと、俺と舞ちゃんに合宿の実績があったことになるだろう。剣術スキルは勇が講師を務め、長距離走と超山脈登山は俺と舞ちゃんが講師を務めるといった具合に、それぞれが自分の得意分野を教え合うことで全体の質を高めることが俺達には可能だったんだね。
2についても、100%達成できる自信があった。10月の合宿と2月の合宿で俺達三人が何も成さない可能性など、はっきり言ってゼロに等しかったからだ。9月の合同訓練の成果を10月の合宿で出せば、11月と1月の合同訓練の許可を得やすくなる。その上で2月の合宿でも成果を出せば、不動の信頼を得られると言っても過言ではないだろう。かくして2も、油断さえしなければ問題ないに違いないと俺達は判断したのだ。
もちろん心証は、日々の積み重ねも超が付くほど大切と言える。教官達にきちんと挨拶して良好な関係を築き、訓練に励み、模範的な寮生活をする。このような日々の積み重ねを疎かにしたら、たとえ1と2を高品質で成そうと心証の低下は免れない。人間社会って、そういうモノだからね。ただ、率直に言うとこれについても、俺達には強みがあった。俺も勇も評判良かったし、舞ちゃんもそれは同様だったからだ。冴子ちゃんによると舞ちゃんは既に、ただ者ではないとの評価を得ているらしい。寮内順位200位とは到底思えない立場に、舞ちゃんはいるのだそうだ。さもありなんというのが、俺の正直な感想だった。
かくして、強制休日に合同訓練を行う目算はついた。ならば次に決めるは、訓練する場所だ。これについては、解決が最も簡単と俺達は考えていた。それは間違いでは無かったけど、想像していたほど簡単でもなかった。翠玉市のスポーツセンターに行けば訓練は可能でも、そこへの移動手段に難があったのである。無料バスが翠玉市に着いてからの乗り継ぎが、めっぽう悪かったんだね。
市の中心地と郊外のスポーツセンターを結ぶバス路線は、もちろんある。だがその路線の時刻表に、戦士養成学校の生徒の利便性は1ミリも考慮されていない。運動をしてはならない強制休日を利用して生徒達は翠玉市にやって来るのだから、当然なんだろうな。
二つの路線の乗り継ぎが悪いこと以外にも、バスには問題があった。それはカップル達が醸造するピンクのオーラによる、溺死の危険性だ。訓練時間確保のためには午前9時半の始発バスに乗るのが最良でも、始発バスはカップルだらけ。カップルだらけなためみんな遠慮皆無でイチャイチャするらしく、そんなバスに舞ちゃんを乗せるなど言語道断と俺と勇は熱弁し合ったものだ。そりゃ俺達もダメージを受けるけど、俺達は二人で乗車する。対して舞ちゃんは一人で乗らなきゃならないのだから、言語道断で然るべきなのだ。ただ当の本人によると、
「それ、耐えられるかもしれない」
との事だった。だが無理しているかもしれず、特に女性は周囲に合わせて無理しがちなため本心を話してくださいと勇と二人で伏して頼んだところ、意外な返答をされた。
「ひょっとして、後部簡易席を知らないのかな?」
この後部簡易席も、今回の件で己の未熟さを痛感したことの一つだった。強制休日の始発バスと最終バスがカップルだらけになるのは、かれこれ二千年近く続いていること。したがってとっくの昔に対応済であり、相殺音壁と3D蜃気楼壁に守られた後部の簡易席が、非カップル用に設けられているとの事だったのだ。ちなみに3D蜃気楼壁というのは蜃気楼の如くたゆたう3D映像を周囲に展開し、視覚を遮断する技術らしい。その方が意識を逸らしやすく安全性も高いそうだがそれは後回しにして、「実際の映像を二人に見てもらうね」との舞ちゃんの言葉に続きそれがテーブルの上に映った。俺達は食堂で、3D電話を用いて相談していたんだね。
「こんなふうに後部の壁には一人用の椅子が八脚収納されていて、バスのAIが非カップルと認めれば壁から椅子を出し、相殺音壁と3D蜃気楼壁で乗客を守ってくれるんだって」
「「おお~~」」
俺と勇は拍手して喜び合った。そこで止めておけば良かったのに俺達は油断し、後部簡易席を知っていた舞ちゃんを褒め称えた。すると「私の常連席だったのよ・・・」と打ちひしがれた冴子ちゃんが舞ちゃんの隣に現れたものだから、さあ大変。俺と勇はテーブルに額をこすりつけて謝り、それでも冴子ちゃんの俯きは解消されず、ケーキ謝罪待った無しの状況になりかけたとき、舞ちゃんが冴子ちゃんに抱き着いた。
「もう冴子ったら、気持ちは解るけど演技はほどほどにしてあげて」「ふふふ、舞がそう言うなら止めにするか」「きゃ~、ありがとう冴子!」
てな感じに、二人はキャイキャイ始めたのである。仲よきは美しきの実例を、超級美少女達に見せてもらった子猿二匹が、目尻を下げまくったのは言うまでもない。いやでも、それも仕方ないと思う。舞ちゃんと冴子ちゃんは雰囲気がやはりどことなく似ていて、その二人が互いを呼び捨てにして仲良くしている光景は、二人の容姿を抜きにしても微笑ましいことだったからだ。二人の仲は相当良いらしく、交友7年の俺も知らない冴子ちゃんの情報を、舞ちゃんはたくさん知っているようだった。俺は異性の友人だから、同性の友人のようにいかないことは諦めがつく。しかし冴子ちゃんの苗字が天風で、天風一族は人類軍トップ55に毎回必ず複数人を送り込むアトランティス星屈指の名家なのを知らなかったのには、かなり凹んだ。冴子ちゃんを無意識にAIと考えていたから苗字を尋ねなかったのかなと、どうしても考えてしまうのだ。するとそれを察したのか、
「そうそうアンタって、勇君の剣持一族が名家なのも、知らなかったわよね」




