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視界の隅に、冴子ちゃんの2Dメッセージが届いた。『舞とは不思議とすぐ本音トークをするようになり、本音を言い合って初めて似ていることに気づいたの。本音会話の最中の出来事だったから、アンタには伏せるしかなかった。ゴメン』 冴子ちゃんの2DメッセージにOKサインを出し、舞ちゃんとの会話を俺は続けた。
舞ちゃんはその後しばらく、冴子ちゃんとの面白話を次々紹介していった。俺は聴き役に徹し、その甲斐あって面白話を紹介することに満足した舞ちゃんはようやく、超級の美少女と俺に評されたことを思い出したらしい。一瞬で首から上を真っ赤にした舞ちゃんに、なぜか「今だ!」との直感が働き、椅子に座ったまま俺は土下座した。間髪入れず「メールに書いたように、8月1日は無理になってしまいました」とメールの件を切り出したのち、本命を放った。
「親友の勇の話を、舞ちゃんに度々しているよね。その勇と三人で来月1日に、翠玉市観光をしてもいいでしょうか? もちろん嫌なら、嫌と正直に言ってください」
俺は卑怯にも、舞ちゃんの姿を視界に入れなかった。その意図も、土下座には加えられていたのだ。舞ちゃんは数十秒無言でいたけど、最後は本音を赤裸々に話してくれた。
「私、冴子ちゃんに数えきれないほど泣きついたの。翔君を諦めきれないって、冴子ちゃんにすがって何度も何度も泣いたの。今でも諦めきれないけど、冴子ちゃんのお陰でいつか諦められるかもしれないって思えるようになった。それもあって、自分に言い聞かせていたの。8月の翠玉市観光を翔君が断ってきたら、話の分かる友人を演じて素直に了承しなきゃって、ずっと自分に言い聞かせてきたんだ。入浴中の返信の件名を『了解』にしたのは、そういう訳ね」
でもとても苦しかったから、入浴中ってわざと書いた。翔君、少しは苦しんだ? 後頭部に掛けられたその問いに、あのメールを目にした後の10分以上に全身全霊で松果体を輝かせたことはないと、俺は白状した。幸い舞ちゃんは許してくれたけど、許しくれなかったら俺は次に何を白状したのだろう。考えるだけで恐ろしく、体の震えをどうしても止められなかった俺を、舞ちゃんは多分もう一段許してくれた。
「溜飲が下がったから、三人の観光に私は同意する。そうだ、勇君に伝言。『翔君にはこういうダメなところがあるけど、私も諦めますから、親友の勇君も諦めてあげてください』 じゃあ、翔君またね」
「ちょっ、ちょっと待って舞ちゃん」
顔を上げるや、心臓に鋭い痛みが走った。この二か月で舞ちゃんがこうも綺麗になった理由を、理解したからだ。でも今は、自分に関する全てを二の次にする時間。俺は舞ちゃんに、許可を求めた。
「舞ちゃんの写真を、勇に見せていいかな?」
「勇君は女子に気を遣う紳士のようだし、いいよ」
「ありがとう、アイツ凄くいい奴なんだ!」
紳士か否かは判らないが、女子に気を遣ういい奴なのは太鼓判を押せる。なので自信をもってそう応えた俺にププッと笑い、舞ちゃんは手を振って消えていったのだった。
異性の友人は難しいことを、舞ちゃんにこれでもかというほど教えられた、数分後。
同性の友人は異性の友人より遥かに簡単なことを、勇にこれでもかというほど俺は教えられていた。どういう事かというと、
「ああ、舞様。俺の女神・・・・」
との勇の呟きから窺えるように、舞ちゃんの写真を見せたとたん、勇は翠玉市の三人観光を了承したのである。舞ちゃんはメチャクチャ良い子だし、超級美少女だし、冴子ちゃんに雰囲気が似ているけど、写真を見ただけでこういう状態になるのは果たして正常なのかな? ひょっとして実物の舞ちゃんを見るなり卒倒したり、もしくは理性が消し飛んで獣になったりしないかな? 舞ちゃんは勇を紳士と評したけど、初対面の印象は極めて重要と言える。舞ちゃんと勇の初対面は、俺が気を遣ってあげないとな・・・・
のように頭の中でアレコレ考えていたのは、正解だったらしい。勇が、
「翔お願いだ、この写真をくれ!」
とすがってきた際、高速思考を経て最良の誘導をすることが出来たからである。俺は不自然にならぬよう心がけつつ、俺の望む結果へ会話を導いていった。
「う~ん、男の写真ならあげても構わないけど、舞ちゃんは女の子だしなあ」
「ぬぬ、たしかに。見ず知らずの男がいつの間にか自分の写真を所持しているといのは、女の子にとって出来れば避けたいことだろうな。翔、何か方法はないか?」
「定番中の定番だけど、勇が舞ちゃんの友達になればいいんじゃないか? 『勇君を信頼しているしいいよ』って舞ちゃんが思うなら、問題はなにも無いしね。それに勇と舞ちゃんが仲良くなったら、俺も嬉しいしさ」
「そのとおり、そのとおりだ翔! お前は最高の親友だ!!」
「うん、知ってるよ。そうそう、勇は次の合宿で5時間走を走破できそうか? 舞ちゃんは初合宿で、合格していたぞ」
「俺、ちょっと走って来る!!」
「行ってらっしゃ~い」
この時間にどこをどう走るのか多少気になるけど、恋に燃える男子のやる気を削ぐなど愚の骨頂。俺は快く勇を送り出した。続いて2Dキーボードを出し、鈴姉さんにメールを綴る。8月の訪問が可能になったことと、写真を一瞥するや勇が舞ちゃんに惚れたことの二つを報告したところ、鈴姉さんは勇を応援すると約束してくれた。「舞と恋バナを沢山したしね」との文面に、俺は心から手を合わせたのだった。




