二十二章 俺と勇と舞ちゃん、1
星空のもと、飛行車が学校を目指し飛んでゆく。深森家を訪問した感慨に耽っていたいのが本音でも、それは許されない。さっきの約束および友人二人に誠実であるためには、可及的速やかに実行せねばならぬことが俺にはあったからだ。左手首のメディカルバンドを操作し2Dキーボードを出した俺は人生最速で十指を動かし、8月の翠玉市観光が無理になった件を舞ちゃんにメールした。
送信して1分も経たぬ間に、舞ちゃんの返信が届いた。けどそれは件名が「了解」で文面が「入浴中なの少し待って」という、思春期男子の心に大嵐をもたらすこと不可避のメールだった。それ以降の10分間以上に松果体を全身全霊で輝かせたことが、俺にはない。松果体を活性化させると、思春期男子特有のあの欲求を抑えてくれるんだね。えっとあの、破廉恥な妄想など決してしていませんが、舞ちゃんゴメンナサイ!!
そうこうするうち飛行車が着陸した。この着陸にも、「予想をこれ以上外したことが俺にはない」系の表現を使うべきなのかもしれない。ほんの十数秒前までは広場の隅の目立たぬ場所に着陸し、誰もいない暗がりで舞ちゃんとメールをコソコソやり取りする未来を予想していたのに、実際はかすりもしなかったのだ。飛行車が着陸したのは俺の訓練場の中央であり、そしてその理由は、「広場はどこもかしもこカップルで一杯だから」だったのである。ピンク色のオーラの立ち上る広場の方角を見つめつつ、冴子ちゃんがこれに7年間耐えたことを思い出した俺は、前回以上の高額ケーキをプレゼントすることを胸に固く誓ったものだった。
気を取り直し、屋外テーブルへ足を向ける。椅子に座り、深森夫妻と霧島夫妻にメールを綴る。寮に無事到着したこと、今日はまこと素晴らしい日だったこと、そして二か月後の再訪の調整をしているので決まり次第連絡することの三つをしたため、メールを二通送信した。さて次は舞ちゃんのメール待ちだ、合意を得られたら勇に土下座して・・・・という未来予想は、またもや外れた。美雪が正面席に突如現れ、
「翔、鈴音さんから電話。すぐ出る?」
と問うてきたのである。もちろん了承し電話に出たところ、二か月後の再訪を考えなしに口走ってしまったことを鈴姉さんは詫びた。音声だけにもかかわらず、背中を丸めて俯いているのが丸わかりのその声に、気にしないでと明るい声を返した。その明るさに偽りのないことを、鈴姉さんは一聴して解ったようだ。それが油断を呼んだのか、それとも遠慮皆無の姉ゆえの行動なのかは定かでないが、
「二か月後の約束をしていた相手は、舞?」
核心を突かれてしまった。俺は観念し、すべてを話した。
勇と六年ぶりに再会してすぐ翠玉市観光の話題を振られたが、5月は無理確定で6月も怪しかったため7月まで待ってもらったこと。女子寮の四人の子にケーキのお礼を渡したことを舞ちゃんのメールに書いたら非常に羨ましがったので、「三か月後だけど8月なら空いてるよ」と考えなしに誘ってしまったこと。現時点の計画としては来月1日に、勇と舞ちゃんと俺の三人で翠玉市観光をすること。順番としてはまず舞ちゃんに許してもらい、続いて勇に土下座するつもりでいること。これらをすべて、明かしたのである。すると、
「ふむ、巡り巡って上手くいく気がする」
鈴姉さんの思いがけない言葉が鼓膜を震わせた。意表を突かれて呆然とする俺を置き去りにして「なるほど人とは分らぬものだウンウン」などと、鈴姉さんは一人で納得している。なんとなく腹が立ち、どういう事なのか問いだたそうとしたがその寸前、
「勇君に舞の写真を見せてごらん」
鈴姉さんはまたもや俺の意表を突いてきたのだ。しかも立て続けに「翔のことだから舞の写真を持っていないよな。私と小鳥の写真をすぐ送るから、とっておきの一枚を舞にもらうのだよ」などとチンプンカンプン甚だしい内容を一方的に伝えたのち、
「頑張るのよ」
姉の声で俺を励まし、鈴姉さんは通話を切ってしまったのである。二連続意表からのチンプンカンプン攻撃に見舞われた俺は、頭が真っ白になった。その、頭真っ白になった俺の眼前に、
ピコピコポン♪
軽快な音とともに二人の美女の写真が映し出される。いやもちろん美女なのだけどそれ以上に、優しくて愛情深い年上女性であることがビシバシ伝わってくる二枚の写真に、十代前半の思春期男子は成すすべなく完全敗北した。うう俺ってこのテの女性に、どうしようもなく弱いんだな・・・・
てな具合に完膚なきまでに打ちのめされ、かつ頭真っ白になっていた俺の眼前に、
「もしもしお待たせ。あれ、翔君どうしたの?」
舞ちゃんの声と共に3D映像が映し出された。双方向の3D電話は双方の承諾がないと原則無理のはずだが、今の俺にそんな難しい思考などそれこそ無理。「どうしたの?」との問いに「この二枚の写真に成すすべなく敗北した」と、考えなしの極致で俺は答えた。
「む、むむっ、むむむっっ! 私もすぐ送る!!」
本来ならこのなぞ過ぎる展開に、残念男子の俺はパニック必至だったはず。しかし二カ月ぶりに見る舞ちゃんが、お風呂上りも相まって前世で言うところのスーパーアイドル級に可愛かったため「ありがとう、舞ちゃんの写真も大切にするよ」と俺は宣っていた。宣うや脳裏に、「意表を突かれると舞ちゃんもこういう顔をするんだな」との想いがよぎる。その3分後、送られてきた写真をマジマジ見つめた俺は「舞ちゃんって超級の美少女なだけじゃなく、雰囲気が冴子ちゃんにどことなく似ていたんだな」系の、今更極まりない発見をした。その耳に、
「ごめんなさい。私なんで、私なんかの写真を送っちゃったんだろう」
打ちひしがれた舞ちゃんの声が届いた。残念かつ頭真っ白でも、真逆の解釈を舞ちゃんがしたことなら瞬時に解った俺は、真逆と伝えた上で舞ちゃんを褒めちぎった。しかし繰り返しになるが残念かつ頭真っ白な俺は、冴子ちゃんにどことなく似ていることまで口走ってしまう。女性との会話中に他の女性を話題にするのは、避けるのが大前提。それを破ったことに気づき顔が青くなりかけるも、本日幾度目ともつかない意表を俺は突かれた。
「うん、そうだよね! 冴子ちゃんによると数千年遡らないと私達に遺伝上の繋がりは無いのに、なぜか似てるよねって、知り合ってすぐ盛り上がったんだ」




