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 このようにゲームは非常に盛り上がり、終わったら西の空が赤く染まり始める時間になっていた。お暇するには、丁度良い時間だ。よってそれを切り出そうとしたところ、「ダメッ」と鈴姉さんにすがられ泣かれてしまった。雄哉さんに顔を向け、お願いしますと唇だけ動かして頭を下げる。雄哉さんは任せろと胸を叩いてくれたのに、口から出たのは真逆を疑う話だった。


「翔君、この家は前世の故郷に似ていたかな?」

「はい、とてもよく似ています。懐かしくて、嬉しかったです」

「それは良かった。内装を選び抜いた、鈴音も喜ぶだろう」

「鈴姉さんは、日本家屋を気に入っていますからね」

「いいや、それだけじゃない。翔君が自分の家のようにここで寛げることを第一に考えて、鈴音はこの家をリフォームしたんだよ」


 雄哉さんによると、鈴姉さんは何年も前から内装のリフォームを計画していたらしい。母さんに事情を説明し現代日本で人気のある内装例を多数取り寄せてもらい、複数の案を作成したという。そしてこの家に引っ越し現物を検分したのち案の中から一つを選び、旅行中にリフォームしたのだそうだ。「旅行にはそういう意味もあったの、内緒にしててごめんね」との小鳥姉さんの声が隣からかかる。既にそのころは小鳥姉さんの姿を判別できないほど涙まみれになっていたが、とりあえず顔を向けて頭を下げてから、鈴姉さんに正対し胸中を正直に伝えた。


「鈴姉さん、この家は前世の俺が思い描いていた理想の家のようで、とても寛げました」

「理想に沿っていた部分を教えて。次に活かしたいの」


 俺は目を閉じ、飛行車の着陸時まで時間を巻き戻した。前世は空気と日当たりの悪い都会暮らしばかりだったため、日差しの降り注ぐ花の香りの庭に心をときめかせたこと。玄関の所作を無意識にした自分に、ほっこりしたこと。木を多用したリビングと白いレースのカーテンが目に映ったさい、本当は涙ぐむ寸前だったこと。木の床に乗せられた木の椅子の感触、木のテーブルの肌触り、お借りしたトイレのアロマスティック。どれも郷愁を誘ったけど、特にアロマスティックのグレープフルーツの香りは俺も自宅で多用しており、トイレ内だったので憚らず泣かせてもらったこと。「そう言えば孤児院で一度だけ、グレープフルーツのエッセンシャルオイルの想い出話を鈴姉さんにしましたね。覚えていてくれて、感謝にたえません」 この言葉を機に瞼を開けたら、鈴姉さんはもう泣いておらず笑顔になっていた。それでも声帯をまだ動かせないでいる鈴姉さんの代わりに、皆さんが同意してくれた。この家の庭はご近所でも大層な人気で、霧島家も同じ庭にする計画が進行中なこと。この星で普及している素材製の床やテーブルも良いが、天然木の肌触りや感触にはやはり及ばないこと。この内装と庭で育った子は、自然を愛する優しい子になる気がすること。皆がそれらを語り合ううち鈴姉さんも元に戻り、「天然木は素晴らしいけど高いよ」「地球レストランが大好評だから全然平気」「む、俺の収入だってそんなに少なくないぞ」「気持ちは解るけど達也、ここは潔く負けを認めようか」「む、むむう・・・」「「「アハハハ~」」」などとワイワイやっていた。これなら大丈夫かなと思い、さっきの会話の続きへ移った。


「鈴姉さん、雄哉さん、また遊びに来てもいいですか?」

「もちろん来て。次は学校から直接飛んで来て、少しでも長く寛いでね」

「あれ? それって可能だっけ達也」「残念だが、祝儀不祝儀のような緊急時以外は不可能だな」「あなた、教官権限で何とかしてよ」「ちょ、ちょっと待ってください小鳥姉さん。俺はヘタレ者なので、正攻法じゃないと前後数日は挙動不審になっちゃいますって」「あ~、翔君ならそうかも。鈴音、ここは諦めましょう」「達也、俺らの頃も直接来るのは難しかったが、直接帰るのは比較的簡単だったよな。今はどうだ?」「実家への帰省及びそれに準ずる帰省と教官もしくは副教官が認めれば、直帰は可能だ。ということで、俺の出番だな」「キャ~、あなた素敵~~」「達也君、ありがとう」「達也、たまには使えるな」「たまには余計だ!」「「「アハハハ~~」」」


 かくして俺はバス停に戻ることなく、深森家の飛行車で寮へ直帰できることになった。厳密には達也さんの「俺の飛行車で一緒に帰ろう」という頭空っぽの提案を、小鳥姉さんの恨みを買いたくなかった俺がお断りすることで深森家の飛行車をお借りすることになったのだけど、それは脇に置いて。


「皆さん、今日は美味しい料理と楽しい時間をありがとうございました」


 夕焼け色に染まり始めた空を背に、俺は腰を折った。再度厳密には、鈴姉さんはあわよくば俺を夕飯に誘い、共に過ごす時間を1時間ちょい引き延ばそうとしていたという。だが明日の午前五時に訓練を開始する俺の体内リズムを最優先すべきとの三人の意見に従い、いつもどおり寮で夕食を摂ることに同意したのだそうだ。毎晩午後9時に寝ている身としても、その方がどちらかと言うとありがたいのがホントのところ。また遊びに来られるんだし、この時間にお暇するのが最善なんだ。そう自分に言い聞かせ、背後に停車する飛行車に乗るべく俺は踵を返そうとした。そこへ、


「来月も午前11時発のバスに乗るのよね。バス停の最寄りの駐車場に飛行車を待機させておくわ。バスが出発する前に、必ず私に連絡するのよ」


 一歩こちらへ踏み出した鈴姉さんの声が掛った。後ろの三人が手をゴメンの形に合わせ、苦笑している。この程度の時間は体内リズムに微塵も影響しませんと微笑み、俺は応えた。


「すみません、来月と再来月は友人と翠玉市を観光することになっているんです。9月1日にまたお伺いしま・・・・す、鈴姉さん!?」


 鈴姉さんの体から、怒りのオーラが竜巻の如く巻き起こっている。助けを求めて三人に視線を向けたが、三人はゲンナリ顔をして「諦めなさい」の仕草をしていた。反射的にエエッと叫びそうになるも、それが成されることは無かった。なぜなら中腰になった鈴姉さんが俺の両肩を掴み鬼の形相で、


「夕飯を食べていきなさい」


 そう命じたからだ。鈴姉さんの怒りのオーラを至近距離で浴び膝の震えが止まらなかった俺は「はい」と、首を縦に振るしかなかったのだった。


 と言うのが、午後6時ちょい前の話。

 その直後、鈴姉さんが小鳥姉さんに助力を請うた。手の込んだ料理ではなく短時間で完成する料理にすべきだが、冷凍食品は食べさせたくない。だから手伝って、と小鳥姉さんに頼んだのである。首肯する間も惜しいとばかりに、小鳥姉さんが自宅へすっ飛んで行く。その背を一瞥しただけで、鈴姉さんも玄関へすっ飛んで行った。俺は恐慌をきたし「お願い走らないで!」と声を掛けようとのだけど、雄哉さんが「安心して」と俺の肩を叩いた。


「この星の妊婦は、反重力発生ネックレスをするのが決まりでね。転んでもネックレスが作動し、柔らかくふんわり着地できるんだよ。加えて鈴音は、戦士養成学校の卒業生。瞬時の輝力圧縮くらい、難なくこなすさ」


 だからといって「ならいいや」などと到底思えない。俺は体を直角に折り、この考えなしの馬鹿者のせいで奥様にいらぬストレスを掛けてしまったことを詫びた。すると雄哉さんは思案顔になり、「リビングで話そう」と俺の背を押した。背中に当たる掌から、雄哉さんの目的と俺の目的が一致していることを、俺ははっきり感じた。

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