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「・・・・ってあれ、皆さんどうかしましたか?」
予想に反し四人はテーブルに両肘をつき、こめかみや眉間を抑えたのである。驚愕するのは今度は俺の番、とばかりにのけ反るなり、気づいた。やばい、我が師ではなく母さんって呼んじゃったじゃないか!
けどまあこの窮地は、母さんが救ってくれた。四人にテレパシーを送ったらしく、内容は分からないが急に背筋を伸ばした四人は数秒後、満ち足りた表情になっていたのだ。「旭王女殿下だったのね!」「さすが我が師よね!」と女性陣はキャイキャイし、妊婦さんの過度のストレスを案じなくて良くなったのだから、元王女様をバラしたかっただけ疑惑は不問にするとしよう。
美雪についての質問も母さんが全て引き受けてくれたらしく、女性陣は他のことを聞きたがった。そう言われましてもと首を捻るも、この二人に俺が勝てる訳がない。諦めて二度目の記憶の総ざらいをしたところ、虎鉄との対話を思い出した。とはいえ鈴姉さんは、虎鉄と交友がある。よって探りを入れてみた。
「鈴姉さんは、虎鉄と交友がありましたよね。孤児院の猫達が俺と舞ちゃんを話題にしていたことを、虎鉄に聞いていますか?」
「知らないわ今すぐすべて白状しなさい命令よ!」
早口言葉のようにそうまくし立てた鈴姉さんに、胸倉を掴まれ首を絞められる自分を幻視した俺は、冷や汗まみれになって命令に従った。
「孤児院の雌の猫達は、俺の番は舞ちゃんだって確信していたようですが、虎鉄はどうしても腑に落ちなかったそうです。その謎が、戦士養成学校の女子寮で呼吸法等を教える冴子ちゃんを見たさい、解けたと虎鉄は言っていました。成人した冴子ちゃんは全女性の頂点に君臨する女帝であり、そしてあくまで虎鉄の感覚ですが、冴子ちゃんが女子寮にいたら俺の番は冴子ちゃんで間違いないとのことでした」
この件は想定外の事態をテーブルにもたらした。四人が一斉に、熟考を始めたのである。俺は内心オロオロしつつも静かにしているしかなく、そしてその状態が30秒ほど続いたのち、達也さんがビシッと挙手した。
「まずは冴子さんの情報を結集し、共有しないか?」
達也さんの提案は即座に合意され、四人はそれぞれの知る冴子ちゃんの情報を上げていった。だがやはりそれは表面的な情報でしかなく、10年以上の付き合いのある俺からしたら物足りなかったけど、四人にとっては違ったらしい。正答を得た顔になった四人は、今後の予定へ話題を移していった。箇条書きにすると、こんな感じだろうか。
1、歴代の人類軍トップ10が伴侶と出会った詳細を、調べ直す。
2、翔に適齢する最優秀レベルの女子について、可能な限り情報を集める。
3、冴子さんの直系の子孫は、とりわけ入念に調べる。
正直言って四人の意図を計れず、また会話に入れなかった事もあり「暇だなあ」と言うのが本音だった。かといって耳を閉ざしたら、再考が不可能になる。今は意味不明でも、未来は違うかもしれないからね。よって傾聴を続けるも、今後の予定に話題が変わると情報収集法に議論の焦点が移ったため、俺にとっては不要な情報に思えてきた。だがあからさまに席を立つ訳にもいかず、さてどうしようかと思案していたら、松果体が閃きを放った。それはとても素敵なことに思えたので、ダメもとでテレパシーを飛ばしてみた。
『冴子ちゃん、俺達ってテレパシー会話できるのかな?』
『母さんから伝言。私と美雪を揃って檻に入れた出来事のお詫びを失念していました、テレパシー会話の中継をします、ですって』
『ヒエエ、母さんありがとう』『母さん、ありがとう』
美雪と冴子ちゃんが揃って檻に入れられた時の話題を取り上げたら楽しい時間になること必定だったけど、それをグッと堪えて問うた。
『冴子ちゃんの直系の子孫を、この四人は調べられるのかな?』
『正攻法では無理ね。でも人の人脈って、あなどれないのよ。四人は母さんの組織の一員でも、あるしね』
『なるほど。で、冴子ちゃん。俺と年齢の近い冴子ちゃんの直系の子孫って、いるの?』
『あのねえ、女性に年齢の話題を振るんじゃないの! と叱りたいところだけど、アンタには世話になっているから今回は特例で許すわ。900年前に結婚した私には、直系子孫が大勢いる。その中に、私の再来と謳われている娘が、アンタのすぐ下にいるわ。私の再来だから年下でも私のように生意気な口調だけど、もし知り合ったら可愛がってあげて。根は、とてもいい子だから』
『あのねえ冴子ちゃん、冴子ちゃんの再来と謳われている子を、俺が可愛がらない訳ないじゃん。根がとてもいい子なのも、そんなの会う前から知ってるっつうの』
『ふふふ、アンタってたまにいい男よね。ありがとう翔』『どういたしまして』
冴子ちゃんとのテレパシー会話を終えた数分後、四人も議論を終えた。ではそろそろということで暇乞いをしたら、鈴姉さんが今にも涙を零しそうになった。俺は思いがけず動揺し、動揺したことに驚き記憶を探ってみたところ、初めて気づいた。どうも俺は、寂しそうな鈴姉さんや悲しそうな鈴姉さんを見たことが、ほぼ無いらしいのだ。孤児院を出るとき数回目にしたもののそれは100人の子供たち全員が対象なのであって、俺一人のせいではない。そうまさしく「俺一人のせいで」この大切な女性にこんな顔をさせてしまったことへ、俺は自分でも驚くほど動揺したのである。
そんな俺に、隣席から声が掛った。
「翔君、一度だけ皆でゲームをしよう。このゲームにしようかあのゲームにしようかと、このところずっと悩んでいた鈴音のためにもね」
ズキンと痛んだ胸をやり過ごせず、胸に手を当てて雄哉さんに頷いた。達也さんが俺の頭をワシワシして立ち上がり、空いていた椅子を鈴姉さんと小鳥さんの間に置く。長方形の六人掛けテーブルの短辺に、椅子が一脚余っていたんだね。教官が手ずから椅子を運び、かつ「こっちに座れ翔」と命じたとくれば、従う選択肢しか俺にはない。両隣の女性達に詰問され続けた車内の記憶をトラウマにしないためにも、俺は席を移動した。
五人でしたのは、人生ゲームに王様ゲームを足したようなゲームだった。もちろんどちらも地球とは若干異なり、人生ゲームはお金ではなく人類への貢献度に基づく名声を競い合い、また王様ゲームでプレイヤーに命令するのは人ではなくスロットだった。回転するスロットに自分でストップと声を掛け、「象のモノマネ」の目が出たらそれをする、みたいな感じだね。そしてその、スロットのルールが秀逸だった。複数のスロットの中から回転させるスロットを選ぶ権利を有しているのは、暫定一位のプレイヤーだったのである。つまり、
「は~い達也は、ゴリラのモノマネね」
「なぜ雄哉は俺のスロットに、動物のモノマネばかりを選ぶんだよ。ウホウホ♪」
「ん? 達也お前、怒ってるの?」
「そりゃ怒るわ、ドラミング~~」
系のコントに皆で笑い転げたり、また小鳥姉さんが選んだスロットでは、
「じゃあ鈴音、一緒にデュエットするよ!」
「可愛さてんこ盛りのこういう歌、わたし苦手なのよね・・・」
「大丈夫だって、さんはい!」
「「ラブラブウインクあなたにキュン♪」」
のように、アイドル歌手のモノマネライブに拍手喝采したりといった具合の、ゲームだったのである。ちなみに俺は最初の「赤裸々話」のスロットで出た「過去のトラウマ」にフルチ〇水しぶきを選んだところ女性陣に大ウケし、赤裸々話の集中砲火を浴びた。幸い前世を合わせれば話題に事欠かず、ニューハーフの有名な国で傾国の美女(?)になぜか気に入られて新天地へ足を踏み入れかけた話は男女差なく異様に盛り上がり、もっともっととせがまれ困ってしまった。前世の出来事とはいえ伴侶のいる場所でこれ系の話は確かに難しいから、晒せるのが俺だけなのは解っていたけどさ。




