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 そうこうするうち飛行車が着陸した。笑い過ぎたせいで深森夫妻の家を目指していたことを忘れていた俺は、日本の郊外の住宅街を彷彿とさせる周囲の光景に、口をあんぐり開けてしまう。縦に長い総二階建ての家屋はヨーロッパの様式に近くとも、敷地面積と建物が想像以上に小さかったのである。南側を奇跡的に広く取れた総二階建て35坪の家と言ったら、差はほぼないんじゃないかな?


「ふふふ、元日本人の翔の目にも狭く映ったみたいね」


 胸中をズバリ当てられシドロモドロになっている俺の手を「さあこっちこっち」と、鈴姉さんがグイグイ引っ張っていく。道と敷地を分かつ塀が無いからだろう、日が燦々と降り注ぐ庭一杯の花壇に、花々がたくさん咲いている。ずっと都心暮らしだったので憧れていた、狭くとも色とりどりの花が咲く庭に、目の湿度の上昇を俺は止められなかった。

 花壇の中央に作られた花の香りのする芝生の道を歩いて着いた玄関は、これまた日本を彷彿とさせる片開き式のドアになっていた。先頭の雄哉さんが開けてくれたドアの前で「お邪魔します」とペコリとお辞儀し、敷居をまたぐ。敷居を踏まぬよう足元へやっていた視線の先に日本家屋の玄関土間があり、式台と上がりかまちとスリッパまでもが目に映った俺は「なんでやねん」と、生粋の東京育ちのくせに口走ったものだ。

 前方を向いたまま靴を脱ぎ、式台に上る。180度より少ない150度ほどのターンをしてしゃがみ、靴を揃える。身を起こし再度ターンして、上がり框に揃えられたスリッパに足を通す。神社の境内ではないから、右足でも左足でもかまわないだろう。といった具合に、ジャパニーズビジネスマンとして叩き込んだマナーに従いスリッパを履き終えてようやく、ここが日本ではなかったことを思い出した俺へ、


「懐かしい」


 鈴姉さんが柔らかな笑みを浮かべた。「そういえば鈴姉さんはフランス大使館の通訳士として日本で過ごすうち、玄関で靴を脱ぐ生活の良さを知ったんでしたね。この家もそうとか?」「靴を脱ぐ人達が少しずつ増えていて、今は1割半といったところかな。お隣さんの小鳥は、8割半の方だしね」「翔君が頻繁に来てくれるなら、うちもリフォームするよ。どうする?」「いえあの、どうすると言われましても・・・」 返答に窮した俺はタイミング的に早くとも、リュックの中から焼き菓子詰め合わせを二箱取り出してお二人に渡した。さっきの喫茶店と比べたら謙遜ではなく、事実として「つまらない物」だ。でもお菓子を作った人に敬意を払い、その言葉は口にしなかった。それは正解だったのか二人はとても喜んでくれて、焼き菓子を楽しみつつ五人でお茶しようという事になった。その際の、


「私はテーブルを用意するね」「じゃあ私はお茶」「鈴音、解っているだろうけどカフェインは・・・」「ふふふ、耳にタコでも嬉しいよ小鳥」「えへへ」


 とのやり取りは、男性陣の胸をポカポカにした。達也さんと雄哉さんにも感謝してもらえたし、手土産は今後も奥様受けの良いものにしよう。

 玄関は日本式でもその他はどうかな? という眼差しを、周囲へ密かに向けつつ四人に着いていく。と言ってもさほど広くない家なので、隣室のリビングにすぐ着いた。天井が4メートル以上あることを除けば日本のリビングとほぼ同じの、木を多用した日当たりの良いその空間に、安堵の息が自然と漏れる。雄哉さんが「翔君と鈴音は好みが似ているね」とクスクス笑い、「どうぞ」とテーブルの椅子を引いてくれた。キッチンを望む三脚の椅子の中央に座らせてもらい、鈴姉さんと小鳥姉さんがお茶の用意をテキパキする様子を三人でほのぼの見つめる。勝手知ったる他人の家どころの話ではない小鳥姉さんの手際の良さに、深森夫妻と霧島夫妻の暮らしは俺の理想なのだと改めて感じた。その折ふと思い立ち、


「えっと、夫婦の家事の分担とかは、どうなっているんですか?」


 両隣の男性陣に小声で訊いてみた。この星の一般家庭がどういう暮らしをしているのか、俺ってまったく知らないんだよね。

 時間がなかったので概略しか教えてもらえなかったが、洗濯と掃除の全てと調理のほぼ全てを家事ロボットに任せていない一般家庭は、皆無に近いとの事だった。調理のみに「ほぼ」が着く理由は、()()を趣味にしている人が多いかららしい。達也さんと雄哉さんもそれに漏れず、得意料理を稀に振る舞い合っているそうだ。振る舞い合うのは鈴姉さんと小鳥姉さんも変わらず、そして二人の頻度は一般平均より抜きんでて高いという。達也さんと雄哉さんはそれを非常に感謝していて「ナイショだぞ」とこっそり教えてくれたところによると、美味しい料理を頻繁に食べさせてくれる女性は大当たりとして、夫ネットワークの垂涎の的になっているとの事だった。特に小鳥姉さんは翠玉市で最も有名な大当たりで、鈴姉さんも親友の影響なのか台所に立つ頻度が高く、「「俺達は幸せ者だ」」と達也さんと雄哉さんはしみじみ言っていた。鈴姉さんと小鳥姉さんも聞こえているのか嬉しそうにしていたため、理想の夫婦という思いは益々強まっていった。

 ほどなく、お茶会が始まった。焼き菓子とマフィンの詰め合わせは好評を博し、女性陣は次から次に口へ放り込んでいた。もちろん達也さんと雄哉さんも、旺盛な食欲を示している。アトランティス人は容姿のみならず内臓も20歳に違いなく、そして当たり前だが内臓には、脳も含まれているようだ。


「さて、一息ついた事だし」

「前世の翔君は分かったから、今生の翔君について教えて」


 ひょっとして忘れていたりして、との願いはハナから外れていたらしい。お姉さま達による尋問の後半が、こうして始まったのだった。

 

 今生について教えてとの要望を、前世の記憶が戻った日を起点にすることで俺は叶えようとした。けどお姉さま達によって、待ったが掛かる。お姉さま達は姿勢を正し、俺の両親の話をして欲しいと請うたのだ。怪訝に思い鈴姉さんと達也さんに顔を向けたところ、たとえ保育士や教官であろうと、アトランティス人の成人が知り得る情報しか入手できないとの事だった。ハイゴブリンに大けがを負わせた最初の戦士が父、ハイゴブリンに致命傷を負わせたのが母、そして二人は寄り添って息を引き取った。四人が知っていたのは、たったこれだけだったのである。とはいえ、俺も似たり寄ったりなのがホントのところ。さてどうしようかと思案した脳裏を、合宿の記憶が駆けた。よってそれを紹介してみる。


「父と母は、実戦で急に成長するタイプだったようです。俺もその血を受け継いで・・・」


 輝力壁の防風率が5%上昇したことや最大圧縮率が64倍になったことも感心されたが、鈴姉さんと小鳥姉さんの心を打ったのは別のことだった。脊髄に保管されていた直系10人の母親達の高地走破技術を、俺が継承したことだったのである。6千メートル地点にある休憩所の眺望を母達は好み、毎回必ず足を止めて見つめていた様子が心に映った箇所は特に響いたのか、二人はお臍の下あたりに両手を添えて涙を流していた。そこが子宮の場所だと気づいた俺の瞼に、10人の母達の姿が浮かぶ。顔は思い出せずともこの人達は俺の肉親なのだと、体自体が認識しているようだった。

 母達の話のお陰か鈴姉さんと小鳥姉さんの眼光から鋭さが取れ、恐怖の対象としてのお姉様ではなくなった。気の緩んだ俺は3歳のスキル審査以降の、美雪と過ごした日々のありのままを話してゆく。気の緩みのせいで四人が驚愕していることに気づくのが遅れてしまい頭を抱えそうになったが、今はそれどころでは無い。メディカルバンドを操作し2Dキーボードを出し、最も感情豊かな10人のAIは最初から感情豊かに子供と過ごすことを四人に話す是非を、美雪に問うた。『母さんが許可してくれたわ。勇君の二桁会の話もしていいって』 との返信に手を合わせ、許可された二つを説明していく。すると四人の驚愕は益々高まって行き、それでも普通なら大して気にしなかったはずだが、過度のストレスを避けるべき妊婦さんがここにはいる。さっきの母達の話に似た効果を及ぼす出来事を記憶を総ざらいして探したところ、ピンと来たものがあった。母さんも承諾のテレパシーを即座に送ってくれたので、安心しきって話した。


「母さんによると美雪は、普段は最も賢い子なのに俺が絡むと、歴代一のポンコツ娘になるそうです・・・・ってあれ、皆さんどうかしましたか?」

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