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 繰り返しになるが鈴姉さんと小鳥姉さんは、なぜあれを聞けたのだろう。達也さんと雄哉さんは怪訝な顔をしていたので、耳にしていないと思う。また二人は、女性陣に詰め寄られる俺を助けようとした。飛行車が駐車場に着陸したさい「翔君は助手席においで」と雄哉さんが俺の手を引き、達也さんは小鳥姉さんの肩を抱いて、女性陣から俺を解放しようとしてくれたのだ。が、失敗した。奥様連合に、


「「あなた!!」」


 と声を揃えられるや、


「「すみません!!」」


 と平伏したのである。もし俺に奥さんがいたら尻に敷かれない訳がなく、つまり達也さんと雄哉さんの平伏は俺自身を見るようだったため、お二人へのマイナス感情はない。むしろ、両手をゴメンの形にして謝罪するお二人と俺は、固い絆で結ばれたと言えるだろう。こういう場合、男は女に完全服従するしかないっていうのが、俺の本音だからさ。

 かくして俺は左右の女性陣に連行される形で後部座席へ移り、したがって達也さんと雄哉さんは運転席と助手席へ移動するしかなかった。運転席や助手席と言っても完全自動運転なのだけど、それはさて置き。


「翔、本当は前々からずっと気になっていたの」

「前世の翔君は独身だったのよね、まずはそれを聞かせて」


 三白眼の奥様連合が語気鋭くそう詰め寄ってきた。達也さんと雄哉さんは心配顔をしつつも、「本音を言うと俺らも知りたい」系の眼差しでこちらを見つめている。4対1になったなら、諦めるしかない。俺は思い出せる限り話した。

 前世の孤児院の女子達は上も下も3歳以上離れていて、かつ下の子たちは俺を最高のお兄ちゃんとして慕っており、またその関係のまま人生の伴侶に出会ったため、俺が年上の異性として意識されることはなかった。冴子ちゃんに以前そう話した時は開放してもらえたけど、今回は無理みたいだ。学校での様子を訊かれ、高校の部活で全国大会決勝に進んだことを知ったお姉さま達は、凶悪犯の取り調べもかくやとばかりに無数の質問をした。俺は正直に答え続けるも、お姉さま達の眉間の皺が解消されることは無かった。特に、


「大会後、十数人の女子から告白されたのに、断ったのはなぜ?」

「俺なんかにはもったいない良い子たちだったので、もっと素晴らしい男子がいるってその子たちに言ったんです」


 との受け答えは、深く大きい皺をお姉さま達の眉間に刻んでしまった。どうしても気になり、眉を顰めるのを止めてもらうよう懇願したところ「こういうところか・・・」「鈴音、私達が諦めちゃダメ!」「そうだったわね、ありがとう小鳥」という、不可解な励まし合いを二人はしていた。達也さんと雄哉さんも奥様連合にエールを送っていたのは、なぜなのかな?

 俺の進んだ日本の大学や企業、及びバレンタインチョコの文化なんて二人が知るはずないと思っていたが、外れた。追及は更に厳しくなり、20代後半にバレンタインチョコの数が社内一位になったと知った際は、


「「このバカ者!!」」

「痛い、ごめんなさい~~」


 お姉さま達に容赦なく叩かれてしまった。そのあまりの剣幕に恐れをなし、達也さんと雄哉さんに救いの眼差しを向けたのだけど、奥様連合に「「もっとやれ!」」とのエールを怒り声で送っていたのは、なぜなのかな??

 俺が若かったころはお見合い文化がまだ残っており、俺にチョコをくれた子たちもお見合いでお嫁さんに次々なっていった。みんなとても良い子たちで、その子たちに好かれたのは素直に嬉しかったけど、お見合い文化が廃れ始めると不快なことが増えていった。よって30代前半から女性を遠ざけるようになり、30代後半になると近づいてくる女性達が肉食獣に見え始め、40代終盤ではとうとうゾンビにしか思えなくなった。ゾンビに恐怖した時期は孤児院の弟や妹たちに孫が生まれ始めた時期でもあり、なぜか皆から「大おじちゃん」ととても懐かれ、休日はその子たちを可愛がることに全て充てた。すると弟や妹たちが結託し、「旅でいい人と出会って」と旅行をプレゼントされ、遊覧船で修学旅行の小学生と一緒になった。弟や妹たちの孫を見るようでニコニコしていたら自然と会話が生まれ、可愛がっていたら船が沈没し、子供達を命がけで救った。俺の見える範囲に溺れている子はもういなかったから、全員救助できたと思う。「こんなふうに女運は無かったけど、それ以外はまあまあ幸せな人生でした」と締めくくったら、四人に特大の溜息をつかれてしまった。そのまま無言の時間が続いたため、間の悪さの解消も兼ね小鳥姉さんに尋ねてみた。


「小鳥姉さん、テレポーテーションは妊婦さんに悪いのですか?」


 小鳥姉さんによると限りなく100%安全でも、妊娠中はテレポーテーション装置を避けるのが昔からの風習なのだそうだ。完全同意する俺に、小鳥姉さんの頬が緩む。ここぞとばかりに、もう一つ質問した。


「小鳥姉さんは地球レストランの、経営者兼レシピ考案者だったりします?」

「出店時の出資者の一人なだけで経営者じゃないわ。ただメニューのほぼ全てに、私のレシピを使っているの。それもあって、厨房の料理人さん達に慕ってもらっていてね。給仕ロボットはそれを知っているから、あんなふうにお辞儀するのよ」


 俺が注文した三品も、小鳥姉さんのレシピを使っているという。カレーは、ブラジルのムケッカとトルコ料理のスパイス文化とインドカレーの合作。唐揚げは、小鳥姉さんが覚えている全ての肉系揚げ物料理の集大成。豚骨ラーメンは料理技術を結集しても元日本人に物足りないとダメ出しされ続けた、人生で最も苦戦した料理なのだそうだ。


「豚骨スープはヨーロッパのメジャースープだしラーメンも中華料理にあったから、始めは一番簡単と思っていたの。でもまったく太刀打ちできなくて、すると『出汁文化』を元日本人が教えてくれて、でも肝心要かんじんかなめの鰹節がブラックボックス過ぎた。仕方ないから肉の燻製技術と熟成技術を総動員して研究を重ね、鰹節の豚肉版の『豚節ぶたぶし』を開発した。それに干した小魚の出汁を合わせたら、やっと『うまい』って言ってもらえたのよ」

「鰹節の豚肉版の豚節! 小鳥姉さん尊敬します!!」


 俺は小鳥姉さんを絶賛した。鰹節がブラックボックス過ぎるからと言って諦めず、知っていることを土台にして挑戦してみる。それが実り豚節を見事創造した小鳥さんの知恵と挑戦心と不屈の心に、巨大な敬意を抱かずにはいられなかったのだ。

 小鳥姉さんも素直に喜んでくれたが、それ以上に喜んでいたのは鈴姉さんだった。鈴姉さんは小鳥姉さんの偉業を瞳を輝かせて次々紹介し、それによると豚節で得た学びを基に牛節ぎゅうぶし鳥節とりぶしの開発にも成功した小鳥姉さんは、地球レストランの味を一段引き上げてみせたという。それは素晴らしいことだし、また親友の偉業が嬉しくてたまらない鈴姉さんの友情も美しかったので、俺は二人を褒め称えた。二人は照れ照れになり、でも長年培ってきた友情が最後は勝ち、


「「私達の友情、イエ~イ!!」」


 と、10代の頃に戻ってはしゃいでいた。それは達也さんと雄哉さんの目尻に水滴を生まずにはいられない光景だったらしく、でも恥ずかしいのか戦士養成学校時代のバカ話を二人は始めて、捧腹絶倒の嵐をもたらした。長い年月をかけて磨き抜かれた持ちネタにみんな腹を抱えて笑い、特に俺は初めて聴いたこともあって腹筋がつる寸前になり、しかし狭い車内では体を弓ぞりにすることができず、


「イッ、イタタタタッ!!」


 結局マジでつってしまった。鈴姉さんと小鳥姉さんに心配かけたけど、水泳中でもない限り腹筋がつった程度で大事になることは無い。だから俺の無事を確認すると二人はころころと、乙女のように笑っていたな。

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