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二十一章 深森家初訪問、1

 翌日の朝食時、皆の気配が明瞭に変化していた。変化の予兆は昨日からあったが、昨日は皆にとって合宿疲れを取る日だったのかもしれない。それを裏付けるように「一昨日のあの講義を今日から本格的に始めるぜ」に類する言葉を、朝食を摂りつつ頻繁に掛けられた。その言葉を耳にし「俺も同じだ」との想いを目で伝えてきた奴も加えると、生徒全員になったと思う。夢を叶えようと努力する仲間達の助けになれたなら、これほど嬉しいことはそうない。俺は嬉しさをやる気に変え、訓練に臨んだ。

 と言ってもあれとほぼ同じ内容を、入学日の夜にも講義していたんだけどね。一昨日は二回目だから巧く出来たのではなく、数々の実績を打ち立てた直後だったから「より素直に受け入れてもらえた」と、考えるべきなんだろうな。

 それはさて置き、訓練最初の2千メートル走。輝力圧縮64倍の2千メートル走も、今日で二日目。合宿を経て一日四本の縛りも無くなり、五本を昨日から走るようになっている。美雪によると、防風壁の効率が55%になったお陰で、在学中のマッハ走りの確率が激増したという。それを我がことのように喜んでくれる美雪に、俺は幸せをつくづく感じた。

 時間は前後するが、朝食後の勉強は圧縮2倍で行った。疲労度にもよるけど一応予定として、圧縮2倍を来月末日まで試すことにしている。勉強時間を増やすより集中力を鍛えた方が良いよ、との囁きが耳をかすめるのでキッパリ諦めるべきなのかもしれないけど、少なくとも一か月は粘ってみたかったんだね。

 てな具合にそこそこ忙しくしているうちに翌日の夜になり、舞ちゃんが合宿から帰ってきた。寮に着くなり送ってくれたであろうメールによると、舞ちゃんは長距離走に天賦の才があったらしい。合宿1日目と2日目で手ごたえを得た舞ちゃんは3日目、5時間走に挑戦した。すると「怖がらず2日目に挑戦するべきだった」との後悔に苛まれるレベルで、5時間走に楽々合格したそうなのである。次回の合宿で1千キロ走を突破し1年生のうちに第五山脈登頂を果たす、と舞ちゃんは闘志を燃え上がらせていた。そんな舞ちゃんを少しでも助けたくて冴子ちゃんに相談したところ、舞ちゃんへの助力を快く引き受けてくれた。それに関しては手放しで嬉しかったが、戦慄したこともあった。


「私とアンタに3歳から交友があることを、舞は女子のネットワークで知っている。だから『翔の友人に優秀な子がいるって聞いたから来てみた』という私の訪問理由も、不自然じゃないと思うわ。そうそう、女子のネットワークにはアンタの誤情報も多々飛び交っていてね。舞はそれを誤情報と思っていても、正誤をアンタに尋ねられず気落ちしているの。正しい情報を私が伝えておくから、安心しなさい」

「いやあのね冴子ちゃん、誤情報だって舞ちゃんが理解しているのだから、それについては気にしないでいられる。それよりも、舞ちゃんに伝わった俺の正しい情報の方が、何百倍も気になるんですけど!」

「確かに、正しい情報だからこそ恥ずかしいことってあるよね。でも安心して。それを舞にちゃんと伝えて、アンタに気取られないよう頼んでおくから」

「結局すべてバラすんじゃん、安心できるわけないだろ――ッ!」


 俺としては珍しく怒りをあらわにしたが、異性の友達は難しい。これが勇だったら羽交い絞めにして窒息寸前までくすぐれるのに、女の子は無理だからだ。いや正直いうと、事態はもっと深刻。出会ったころの、寸胴鍋ずんどうなべと見まごうばかりの幼児体形ではなくなっている最近の冴子ちゃんを意識しないようにするだけで、一杯一杯の面が俺にはあるのだ。幼馴染という色眼鏡を外してみたら、冴子ちゃんはやたら魅力的な美少女だったんだね。

 幸い、なのかは大いに悩むがやはり幸い、優秀なカウンセラーでもある冴子ちゃんは俺を巧みに誘導し、良い女とはそういうものと俺を納得させた。「赤裸々な情報に接する機会は女の方が比較にならないほど多いけど、良い女ほどそれに振り回されない。これは逆を思い描くと容易に理解できるわ」と、冴子ちゃんは説いたのである。


「たとえば、噂話が大好きで教室でもそればかりを話し、『アンタの事なんて全てお見通しよ』と嘲笑を浮かべてアンタに接する女子に、良い女はいる?」

「絶対いない! 惑星全土をしらみつぶしに探しても、いないよ!!」

「でしょ。舞はそんな子とは真逆だから、一層良い女になるようアンタも手助けしなさい」

「手助けを、俺はできるの?」

「もちろんできるわ。たとえば舞が、あんたの誤情報を胸に抱えたままアンタに会ったとしましょう。そのとき舞は、胸の中の想いを表に出さない努力を、アンタに悟られず懸命にしている。どう思う?」

「うんそう思う。舞ちゃんは、そういう子だよね」

「私もそう思うわ。そしてその努力をすればするほど、正しい情報を得たとき舞は自分を褒めることになる。『誤情報に振り回されて翔君に嫌な思いをさせなくて良かった。頑張ったね私』って自分を褒め、そんな自分を益々伸ばそうとするの。これがさっき言った、あんたに出来る手助けね。理解した?」

「どわっ、そういう事だったんだね理解できたよ。冴子ちゃんありがとう」

「どういたしまして」


 異性の友達が難しいのは、紛れもない事実。でもそれを直視し、対話による理解の比率を上げるよう努めれば、難しさをかてに友情を深めることが出来る。その最高の手本を示してくれた冴子ちゃんはやはり俺の、かけがえのない幼馴染なのだ。

 と胸を温かくしていたのだけど去り際の、


「どうせ私はパラグライダーに乗せてもらえないんだから、これくらいイジらせなさい」


 には、肝を冷やしたけどね。アハハ・・・・


 ――――――


 そうこうするうち三日経ち、6月1日になった。深森夫妻宅訪問に際し最も苦労したのは、なんと私服を買うお金が無かったことだった。女性達へのお礼として購入したケーキが、予想以上に財政を圧迫していたんだね。

 けどこれは、あっけなく解決した。先輩方が後輩のために残していった服が、寮に多数保管されていたのである。体が大きくなり着られなくなったとはいえ、後輩達のデート代や食事代を少しでも増やしてあげようと計らってくれた先輩方の優しさに、俺は手を合わさずにはいられなかった。

 極めてオーソドックスな紺のデニムパンツと白のTシャツを借り、手土産の焼き菓子セットを二箱携え、男子寮隣の広場へ向かう。この手土産を注文し終えてから着ていく服がないことにやっと気づき頭を抱えたのはさて置き、30メートル四方ほどの四角い無料バスが、広場の中央に既に停車していた。普段は地上数百メートルを飛行するだけでも、外壁はやはり銀色の鏡面仕上げ。緊急時は宇宙航行もこなす反重力エンジン搭載の四角いUFOバスを、俺は憧憬の眼差しで見つめた。

 バスの周囲を一周しUFO気分を堪能してから、階段を登り乗車する。中型車だが外壁テレポーテーション系の乗車口を有し、幅15メートル高さ3メートルのぽっかり空いた場所が左右に一か所ずつ設けられていた。一つ前の9時半発のバスはカップルでごった返すため非カップルは避けるが無難と聞いていたとおり、200人乗りのバスは閑散としている。というか俺しか乗っておらず、展望デッキ等もないので俺は一人静かに座っていた。新幹線を思い出させる青色の座席はすべて、横並びの二人席。9時半発のバス内のラブラブっぷりを想像しただけで寒気を覚え、俺は身をブルッと震わせた。

 ほどなく定刻となり、乗車口が閉じられ飛び立った。超山脈に連れて行ってくれた大型車と異なり、車外の景色を見せてはくれないらしい。到着までの20分を、さてどう過ごそうか。とりあえず2Dキーボードを出したところ、十指が勝手に動いて美雪に呼びかけていた。美雪はすぐ応えてくれて、感覚的に2分も経たぬ間に翠玉市に着いてしまった。う~む俺って、美雪が好きにもほどがあるよな。

 翠玉市は、人口1千万の大都市。といっても地球の大都市のように高層ビルが林立しているなんてことは無く、「これで1千万都市なの?」と首を捻るのが元地球人のお約束らしい。ただ戦士養成学校の強制休日毎に数十万の生徒がやって来るので、歓楽街は充実しているという。今日連れて行ってもらえる地球レストランも歓楽街にあるらしく、内緒だけど実は大層楽しみにしていた。

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