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 リーダー戦に慣れたら、美雪が両隣のゴブリンを操作し、不意打ちや接触等の不測の事態をあえて作り出すという。ただ初めてそれをする時のみ「次から操作するよ」と、美雪は教えてくれるそうだ。またゴブリンリーダーの強化は、三回を予定しているらしい。強化三回目のゴブリンを俺が引きつけ、その隙に隊員が9体のゴブリンを倒して10対1の状況を作り、強敵ゴブリンに3連勝することを、この分隊の第一目標に俺達は掲げた。それを皆ともう一度確認し合ったのち、亮介君が第二目標を読み上げた。


「第一目標達成後、多勢に無勢の戦闘訓練を始める。最初は、ゴブリンが11体いる戦闘。数の劣勢が判明したら、一列横隊時に翔君は左端へ移動。分隊から見て左端のゴブリン二体を、翔君一人が担当する。方法は二種類あり、一つは1体を瞬殺してから残りの1体と戦う方法。もう一つは、翔君が2体をひきつけているうちに、10対2の状況を作る方法。多勢に無勢の訓練は、ゴブリン13体まで予定している。12体の場合は、僕が右端のゴブリン2体を受け持つ。13体なら僕と翔君の位置を入れ替え、涼子ちゃんも翔君の左隣へ移動し、涼子ちゃんと翔君で右端4体のゴブリンを担当する」


 こうして聴くと俺だけを優遇して訓練を組んでいるように感じるが、亮介君と冴子ちゃんもコンピューター内で同等の訓練をしているから不平は生じないと、美雪はこっそり教えてくれた。いやはや、美雪様々である。

 かくして今後の方針も決まり、訓練を再開した。するとすぐさま「美雪だけじゃなく、亮介君と冴子ちゃんもマジありがたや~」と思うようになった。俺の左右に配置された2人が、まこと頼もしかったのだ。2人は対面するモンスターとの戦闘を終始優位に進め、そうすることで戦闘を支配下に置き、不測の事態の発生を防いでくれたのである。2人を心底信頼した俺はリーダーのみに全力集中し、お陰で2戦目以降はギリギリや間一髪と無縁になれた。連勝記録も順調に伸び続け、このぶんなら第一目標だけでなく第二目標も早く終わらせられそうだと、明るい未来に胸中ニコニコしていた。

 が、それは半ば当たり半ば外れた。当たったのは、第一目標の達成が早かったこと。しかも美雪の予想をも超えて、早かったのだ。美雪は当初、第一目標の達成を2か月後と予想していたが、蓋を開けてみたら半分の1カ月しかかからなかった。なんと俺達は6月上旬に、それを成し遂げてしまったのである。俺達の喜びようと言ったらなく、もちろん美雪も負けぬほど喜んでいて、


「今夜の食事は、これまでで一番豪華にするわ!」


 と宣言した。それは嘘ではなく、二台のドローンが急遽運んで来た夕ご飯は、子供向けのパーティーメニューだった。子供向けなのでハンバーグ、クリームシチュー、ケーキにプリン等々の、いかにも子供の好きそうなメニューばかりだったが、どれもこれも一流レストラン並みに美味しかったのである。ただ俺以外は全員3Dの虚像なため『大皿に盛られたハンバーグの俺に最も近い箇所のみが本物のハンバーグ』を筆頭とする、悲しい現実を突きつけられる事もしばしばあった。だが皆にとっては、それは本物の料理に他ならない。どれもこれも超がつくほど美味しく、かつそこに第一目標達成の喜びも加わるとなれば、盛り上がらないワケがない。みんな盛り上がりまくり、俺に至っては眠くなってもテーブルを決して離れようとせず、気づいたら翌朝になっていた。ベッドの中で天井を見つめつつ、しばし考える。自分では気づかなかっただけで、友人達との交流に飢えていたのかな? 幾度試みても「飢えていた」以外の回答を得られなかった俺は起き上がり、誰もいない部屋で叫ぶように言った。


「姉ちゃん、歯磨きとお風呂をありがとう!」


 そう、パーティー中に寝落ちしたにもかかわらず、歯磨きと入浴をきちんと終わらせた爽やかさを、口内と肌は保っていたのである。美雪にそれをしてもらった状況を頭の中に無理やり思い描くことで「飢えていた」を意識の外へ追いやれた俺は、美雪の登場を待たず外へ飛び出す。そして一心不乱に、軽業に励んだのだった。


 と、半ば当たったことばかりを説明してしまったが、半ば外れたこともあった。それは、多勢に無勢の訓練が長引いたこと。そう俺はその訓練に、ほとほと苦労したのだ。

 ただ、こちらも美雪の予想を超えていたのは同じだった。美雪は当初、第二目標を達成するには5カ月近くかかると予想していた。俺の得意分野を活かせる第一目標の、2倍以上の時間をつぎ込む必要があると考えていたんだな。けど蓋を開けたら、2倍どころの話ではなかった。実際の倍率は、9倍に及んだ。第一目標は一か月で達成したのに対し、第二目標を達成したのはなんと9カ月後の、3月上旬だったのである。

 俺一人でゴブリン2体を相手にする方法は、二通りある。一つは1体を瞬殺したのち、残りの1体と戦う方法。もう一つは俺が2体を引きつけているうちに、皆が10対2の状況を造り上げる方法だ。皆との話し合いを経て、まずは後者に挑戦することが決まった。理由は「引きつけておく」の箇所が、第一目標の「強敵を引き付けておく」と同じだったから。前日までしていた訓練と変わらぬことの方が、習得し易いのではないかと考えたんだね。

 それは、大当たりだった。俺は初日の初戦からゴブリン2体を巧みに引きつけ、勝利の立役者になれたのである。その後も順調に勝利を重ねゆき、5連勝したことをもって、美雪に合格と言ってもらえた。俺は昨夜のノリを思い出し、はっちゃけた。9カ月の苦難がその20分後に始まると、知りもせずに。

 10分の休憩を経て、瞬殺する方の訓練に移った。ただし最初の10分間は、手本の映像を見て暗記することに努めた。2体のゴブリンがこのように迫って来たら体裁きをこうして白薙をこう振り、あのように迫って来たら体裁きをああして白薙をああ振り・・・と、四種類の瞬殺方法を脳裏にありありと思い描けるように努めたのである。イメトレを毎日欠かさず行っていたことが活き、暗記を10分で完了させた時は、「ひょっとして俺は主人公だったりして」と、痛すぎる妄想にふけったものだ。いやはやホント、救いがないな・・・

 無限に落ち込みそうなので話を先へ進めることにする。

 そうして始まった瞬殺訓練の初回、手本どおりに体を動かせなかった俺のせいで、仲間達が全滅した。これはただの訓練と解っていても、慣れることができない。屠られ地面に横たわる仲間達の姿を見たとたん、本物の戦争は比較にならぬほど悲惨なのだから今のうちに慣れねばならないとの気持ちが、木っ端みじんに吹き飛んでいくのだ。自分の失敗のせいで仲間達を死なせてしまったのなら尚更だろう。俺は皆に詫びたのち美雪に体を向け、イメトレの時間を3分だけくださいと頼んだ。沈痛な表情で美雪は頷く。その沈痛な表情が頭から離れず、最初の30秒を無駄にしてしまった。表情の記憶を幾ら追いやっても、いや追いやれば追いやるほど、それが益々くっきり浮かび上がってくるのである。皆に待ってもらい3分を捻出したのに、この記憶はなぜこうも俺の邪魔をするのか。と腹立たしさを覚えた次の瞬間、


「俺が間違っているのか?」


 恥ずかしくもそう呟いてしまった。幸いそれは小声でなされたため誰の耳にも入らなかったようだが、みんな優しいからホントのところは分からない。ならば同じ過ちを繰り返さぬよう、気を引き締めるに越したことはないだろう。然るに俺は気を引き締めて考えた。美雪の沈痛な表情は俺の邪魔をしているのではなく、何かを教えてくれようとしているのではないか、と。

 おそらく、一点集中の才能が考察にも働いてくれたのだと思う。かつてない集中力で考察した結果、1分と経たずある可能性を導き出せた。それは今の俺の実力では、ゴブリンを瞬殺できないのではないかという可能性。ゴブリンに負けたさっきの戦闘で美雪はそう確信したから、沈痛な表情をしていたのではないか? そう気づけたのである。

 よって残りの1分強を、実力を忠実に再現した戦闘シミュレーションに俺は充てた。得た結論は、今の俺には瞬殺できない、だった。俯きそうになるも、気力を無理やり奮い立たせてそれを押し止めた。今は不可能でも、訓練によって可能になればそれで良いじゃないか。訓練はそのためにするのだから、俯く必要なんてこれっぽっちも無いじゃないか。俺は必死になって、自分にそう言い聞かせたのだ。それがどうにかこうにか形になった丁度その時、


「3分経ったわ。翔、訓練を始められる?」


 正面に移動して来た美雪が、身をかがめて俺にそう問うた。3分前は顔いっぱいに広がっていた沈痛さが、半分に減っている。己の現状を正確に把握することは願望達成の助けになると判断したから、半分に減ったのかな? う~ん今回に限り、そんなふうに都合よく考えさせてもらおうかな! と一瞬で決め、元気よく答えた。


「姉ちゃん、今の僕にゴブリンの瞬殺は不可能みたい。でも挑戦しないと、いつまで経っても不可能なまま。だから僕、挑戦してみるよ!」


 美雪は泣き笑いの表情になって、頷いたのだった。

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