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二十章 初合宿翌日、1

 翌5月27日は、勉強に関する初めての試みをした日となった。これまでなぜ思い付かなかったのか不可解なのだけど、「輝力圧縮で時間を伸ばして勉強する」ということを試してみたのである。きっかけは朝食中に方々から聞こえてきた、


「やべえ、今日は勉強できそうにない。合宿中も無理だったし、四日連続か」


 という溜息まじりの呟きだった。かくいう俺も、合宿中は無理だった。そしてそれは次以降の合宿も同様と思われたため、対策を講じる必要があったんだね。とりあえず隣席の勇に「合宿と勉強時間の両立、成功した?」と尋ねたところ、


 「お、俺は・・・」


 勇は意気消沈の見本の如く項垂れてしまった。いや、項垂れるのみならず肩もガックリ落としているので、仮に今が食事中でなかったら、勇はテーブルに激突していたかもしれない。内心俺は慌てるも、慌てた原因は勇の消沈なのだから、その解明が今は最優先。俺達の仲なら打ち明けてもらえるかな、でも無理はするなよとの思いを込め、消沈の理由を尋ねてみた。

 すると、まこと思いがけない打ち明け話をされた。なんと勇は勉学を諦めて、既に6年以上経っているそうなのである。

 今回初めて正確な順位を知ったのだが、生後半年のスキル検査で勇は11位だったという。だが順位とは大幅に異なる孤児院で過ごしたこともあり、7歳の試験では200位に落ちていた。俺を終生のライバルとした勇はマザーコンピューターに直談判し、二桁に戻ったら俺と同じ戦士養成学校に入学させてもらう約束を取り付けるも、それは容易なことではなかった。順位が高ければ高いほど努力も増してゆくのが、世の常。199位から100位までの百人は、勇を超える努力をしていたからこそ、勇を追い抜いていったのだ。それをくつがえして百人を抜き去るには、狂気じみた努力が必要になる。それでも勇は当初、自分にはそれが可能と考えていた。が、次の幼年学校(孤児ではない子も入寮する学校)に入学した三日後には、心が折れかけていた。すべてを犠牲にして初めて手が届く最高の努力を、幼年学校の全員が当然のようにこなしていたからである。それについて、勇はこう語った。「翔に呼吸法を始めとする四つを教えてもらえなかったら、俺は200位のままだったかもしれない」と。

 呼吸法、松果体活性法、太陽叢強化法、そして輝力工芸スキル。この四つを磨き抜かない限り、二桁に戻るなど夢でしかない。そう結論した勇は、勉強を諦めた。一日8時間の訓練時間を戦闘訓練にすべて費やしたら、残っているのは勉強時間しかなかったからだ。幸い、前世の記憶を完全に思い出した状態で過ごした7歳までの4年間の内に、最低限の必須教養を勇は学び終えていた。覚悟を決め、極限まで無駄を省いた24時間の計画を立てたところ、220分を確保できることが判明した。220分あれば、55分ずつ割くことが出来る。それを一日も欠かさず続けると共に、強制休日は自由時間の全てを呼吸法等の四つに捧げた。そんな6年間を過ごした勇は13歳の試験で見事82位になり、マザーコンピューターとの約束を果たしたとのである。

 そう晒してくれた勇に、俺も晒した。


「あのな勇。その打ち明け話は、さすが俺の親友だっていう想いを、強めただけなのだが」

「・・・・え?」


 明かせば明かすほど頭部をテーブルに接近させていった勇は、今の「え?」で初めて顔を少し上げた。親友を面と向かって褒めるのはくすぐったくとも、今はそんなこと言っていられない。俺は今生最強のくすぐったさに耐える、覚悟をした。


「7歳の試験では三大有用スキルの成長上限がすべて英雄級だったのに、今は剣術の上限が勇者級になっている。勇のことだから、残り二つを勇者級にする算段も、既に付いているんだよな」

「ああ、完了してる。19歳の半ばに上限が勇者級になるって、担当AIに言われたよ」

「昨日の下山中、勇の走りと防風壁を注視させてもらった。5時間走の手ごたえを、勇は昨日の時点で得たんじゃないか?」

「おう、得た。次の合宿で挑戦する訓練計画も、立て終えている」

「勇の防風壁は理想の形をしていた。工芸スキルへの昇格も、目途が立っているんだろ?」

「それそれ、よくぞ訊いてくれた! 翔の二重壁に触発されて今朝頑張っていたら、工芸スキルへの昇格が現実味を帯びてきたって言われたよ!」

「だろうな。それと、勇の剣術の足捌きがあれば高原越えも容易いと思うが、どうだ?」

「うむそれがな、昨日の翔の『足腰を丁寧かつ緻密に使えば剣筋はいっそう厳密化する』に、俺しびれちゃってさ。軽業訓練を新しく取り入れるから、ぜひ教えてくれ!!」

「任せろ、じゃあ訓練開始直後の2千メートル走を終えたら勇の訓練場に行くよ。という訳でこうして色々聞いてみて、さすが勇って思いが益々強まったというのが、俺の本音だ」

「なんだよテメェ、くすぐってぇな」

「ふん、そんなのとっくの昔に覚悟を決めたわ。で、俺も教えてもらいたいことがある。戦士になっても、二足の草鞋を履けるだろ。ってことは履かない選択肢もあって、その場合は職業軍人とかになるのか?」

「・・・・逆に訊きたいのだが、なぜ翔はそれを知らないんだ?」「百年毎の戦争は不可避だから職業軍人がいないはずないって思ってたせいで、誰かに尋ねたことが一度もないんだよね」「ったく翔は、堅実と間抜けのごちゃ混ぜ男だよな」「誉め言葉と受け取っておくよ。で、どうなんだ?」「職業軍人はもちろんいる。だが少し複雑でな・・・・」


 勇に教えてもらったところによると、確かに少々複雑だった。一番の理由は、戦士になる20歳で成長期が終わることにある。成長期が終わっても戦士養成学校時代の訓練強度を続けていたら訓練過度になり、怪我や病気を免れないそうなのだ。しかし例えば半分の4時間に減らしても、毎日続けると回復が追いつかず疲労が蓄積し、数十年経つとやはり怪我を招いてしまうらしい。幸いこれについてはデータが揃っており、剣術スキルに特化した1時間の訓練のみをする日と、総合的な6時間半の訓練をする日を交互に設けると、戦闘技術を向上させつつ怪我や病気を免れることが可能になるという。よって職業軍人になっても二日で7時間半しか訓練せず、そしてその二日で7時間半という時間は、他の職業を掛け持ちでしている戦士とまったく変わらない量でしかないらしい。今回の件で初めて知ったのだがアトランティス星には会社がなく、保育士や自然農業等の一握りの例外を除きほぼ全員、地球で言うところのリモートワークをしているからだ。よって職業軍人になっても・・・・


「みんな暇な時間に勉強のおさらいを始めて、二足の草鞋を結局履くそうなんだよ」


 と、勇は再び項垂れたのである。時刻は、午前7時10分。今日は午前の勉強より勇との話し合いを優先し、それは正しかったと断言できるが、8時からの訓練は削りたくない。ならば、そろそろまとめに入らねばならない時間と言える。だがまとめどころか解決策すら未発見だったので、とりあえず会話を継続することにした。


「なるほど。そんなふうに職業軍人も勉強のおさらいをするのが常なのに、勇は勉強を完全放棄したから、おさらい自体が不可能なんだな」

「グハッッ!!」


 ヤバい、会話を続けるつもりだったのに、「グハッ!」とうめいて勇はとうとうテーブルに激突してしまった。さてどうしようと思案していた俺の頭に、今更の疑問が浮かんできた。藁にもすがる思いで、それを話題にしてみる。


「そうそう勇。神話級の健康スキルを持つ俺は、20歳以降も今と同じ訓練強度を保てることが保証されている。そういう場合は、ずっと訓練してても良いんだよね」

「ああ、もちろん構わない。職業軍人の給料だけで、生活を十分賄えるしな」

「だよね・・・ってあれ? 職業軍人をしつつ戦士養成学校の教官になるって選択肢は、勇にないの? それなら勉強は無関係だし」

「その未来なら考えたことがある。戦闘順位10万以内の学校には、職業軍人の教官を二名追加するのが決まりでさ。一日ごとに教官をすればいい事に、なっているんだよ」

「あれ? なぜそれを目指さないんだ? 勇にはそれが最高って思うんだけど」

「わかった、腹を割って話そう」

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