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 肯定の声がそこら中から一斉に上がった。機を逃さずお姉さんが一人一人の手元に、三日間の疲労の折れ線グラフを表示する。折れ線は右肩上がりにグングン上昇し、三日目の午後の時点で「怪我を招きかねない疲労過剰領域」にほぼ接するまでになっていた。グラフを見つめる皆の顔に、影が差す。そんな皆の耳にこれまでと音色の異なる、お姉さんの力強い声が届いた。


「勘違いしないでください。そのグラフは、皆が戦士の卵であるあかしです。人類を守る英雄になるため、訓練に全力で臨んだ証。それが、目の前のグラフなのです。合宿所を千年以上預かってきた私が保証します。皆さん一人一人が、素晴らしい戦士の卵なのだと」


 影が一瞬で消え、誰もかれもが顔を輝かせていた。13歳の試験に合格した戦士養成学校生に、英雄になった自分を夢見ない奴はいない。それが、思春期男子なんだね。


「という訳で、旅行気分に流されず訓練に打ち込んだ素晴らしい戦士の卵たちへ、私からご褒美です。この仕事を千年以上している私には、夕食を豪華にする権限があるんですよ。皆さんが今日の夕飯で食べる料理は、これです!」


 その声と共に、焼き肉用の鉄板の3D映像がテーブルの上に出現した。一拍置き、音をジュウジュウ立てる焼き肉が所狭しと並べられる。その途端、千匹の子猿が一斉に胃を抑えた。消化液が大量に出て、胃に痛みが走ったんだね。その腹に、


「全員、注目!!」


 教官の声が響いた。条件反射で全員が体を前方へ向ける。皆がテーブルの焼き肉に目を奪われている隙に最も目立つ場所に立っていた霧島教官が、太く鋭い声を放った。


「命令する。ただ今より全員速やかに就寝し、夕飯の強敵に備えよ。事前に言っておく、夕飯はナカナカの量だ。油断すると食べきれずに残し、敗北することになるぞ」


 ニヤリと笑った霧島教官が顎をしゃくる。目を戻したテーブルの上に、肉を山盛りにした大皿が複数置かれていた。子猿千匹の咽喉が上下にゴクンと動いたのを合図に、


「起立!!」


 勇の号令が轟いた。反射的に立ち上がった皆へ、再度号令。


「敬礼!!」


 子猿から戦士の卵に戻った千人の若人が、一糸乱れぬ敬礼をする。満足げに頷き敬礼を返した霧島教官が、命じた。


「以上、解散!」


 千人の若人達は許される上限の早歩きをして食堂を後にし、一人も漏れることなく速やかに寝たのだった。


 というのが、午後3時45分の話。

 それから二時間半経った、午後6時15分。

 前世も含み記憶にある限り俺は初めて、マットレス屈折起床を味わった。確かにこれは、起床法として超強力。これをくらっても寝続ける強者は、まずいないだろうな。

 だがそれと、速やかにベッドを離れて行動に移れるかは、まったく別。熟睡しすぎて「ここはどこ? 私は誰?」状態になっているなら尚更だね。

 それでも、何かが引っかかる。目覚めと共に超絶重要事項が待っていた気が、何となくするのだ。俺は眠気(まなこ)を擦り髪の毛をかきむしって、その何かを思い出そうとした。そんな、ボケまくること甚だしい俺の脳髄に、霧島教官の全館アナウンスが突き刺さった。


「夕飯に間に合わなかった学校は、肉を減らすぞ」


 それからの10分間も、記憶にある限り初めての状況を味わった。一見すると「上を下への大騒ぎ」や「蜂の巣をつついたような騒ぎ」が周囲に展開していても、無秩序を連想するそれらとは決定的に異なる共通要素を皆が持っていたのだ。それは、全員が同じ目的のために可及的速やかに行動しているという事。そしてその目的とは、痛いほどの空腹を覚える胃袋に肉を素早く詰め込むこと、だったのである。

 そしてその、痛いほどの空腹を覚える胃袋に肉を素早く詰め込むことは、夕飯開始以降も10分ほど続いた。本能の赴くまま肉を食い続け10分ほど経ってようやく、「うまい」や「最高」系の人間らしい感想を耳にするようになったのである。だがそれはあくまで個人的な呟きでしかなく、呟きよりもっと人間らしい会話が生まれるには、もう10分を費やさねばならなかった。夕飯が始まり20分経ってやっと俺達は、周囲の奴らとの会話を楽しみつつ食事する余裕を得たんだね。しかし更に10分経った開始30分ころになると俺達は再び本能の赴くまま、


「「「「俺ら最高!!」」」」「「「「ヒャッハー!!!」」」」


 と大騒ぎするだけの子猿になっていた。しかもそこには他校生も含まれ、肩を組み一緒にバカ騒ぎしている両側の奴らがどこ校の誰なのか皆目見当つかないカオス状態に、俺達はなっていたのである。ま、楽しかったから全然いいんだけどな!

 そうこうするうち時間になり、夕飯が終わった。時刻は、午後7時15分。中型飛行車に搭乗しここを出発するのが、午後7時半。よって、


「せ~の!」「「「「お世話になりました!!」」」」


 全員で声を揃えて合宿所へお礼を述べ、俺達は食堂を後にした。ホント言うと小規模のトイレ争奪戦が、またもや勃発していたけどね。


 午後7時半、明るさをほんの僅か残す夜空へ飛行車が飛び立った。マッハ92にものを言わせ飛行車は10分ちょいで最初の学校に着き、「また四か月後な~」との言葉を交わし200人が降りていった。俺らの学校の順番は、最後。「全員を見送る最後の降車って、つらいな」に類する声が、方々から聞こえてきた。ホント言うと俺らの学校を最初の降車校にしようとする意見も多数あり、その理由が「「「肉のお礼だ!」」」だったのは涙が出るほど嬉しかったけど、予定どおりの順番を俺らは選んだ。この飛行車に乗る1千人は、これから7年間付き合うことになる大切な仲間。よって乗車や降車の偏りは避けようって事に、なったんだね。

 新たにできた800人の仲間達を見送ったのち、俺達も降車した。時刻は8時ちょい。夕飯前に2時間半寝ていても、睡魔に襲われ歩くのがやっとの奴らがチラホラいる。ありがたいことに、俺はピンピンしている。そいつらに肩を貸しつつ、学校に帰って行った。

 食堂に足を踏み入れるや、虎鉄が走って来て足にじゃれついた。フラフラの奴に肩を貸す役を、誰かが変わってくれた。礼をいい、床に腰を下ろして虎鉄としばらく遊ぶ。出会ってからの十年と一か月で、俺のいない時間を虎鉄が過ごしたのはこの合宿が初めて。出発前に「二泊三日の合宿に行って来るよ」「いってらっしゃいにゃ~」との会話を交わしていて、虎鉄は平気そうだったけど、やはり寂しかったのだろう。この星の猫は三十年以上生きるとはいえ、先に逝かれて寂しい想いをするのは俺の方。「だから年に三度の合宿は、どうか許してね」 心の中でそう語り掛けつつ、虎鉄が大好きな首元を俺は掻いてあげた。

 その後、勇と一緒に風呂を楽しんだ。昨日と一昨日は烏の行水だったので、ゆっくり浸かる湯船がなんとも心地よい。収容人数200人の大浴場に今いるのは、俺と勇だけ。「翔にいろいろ教わってたお陰だ、ありがとな」「よせよ水くさい」系の会話をほのぼのしつつ、俺達は二人並んで湯を楽しんでいた。

 入浴を終え、101号室に向かう。物音ひとつしない廊下を二人で歩く。俺ら以外全員、既に熟睡しているんだね。時刻は午後8時59分。今すぐ寝れば寝不足にはならない。明日の訓練にも、支障はないはずだ。俺と勇は「「お休み~」」と完璧にシンクロして声を掛けあったのち、眠りの世界へそれぞれ旅立っていったのだった。

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