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講義は、付いて来られない者を容赦なく切り捨てる形式で進めた。体内の巨大3D映像を俺の隣に映し、呼吸法と活性法を一度だけ伝える。その代わり活舌良くゆっくり話し、だが二度と繰り返さず質問も受け付けず、講義内容一つにつき6分のペースを維持したのだ。ただ順番には気を遣い、暗記の多い呼吸法と松果体活性法を終わらせた三番目に、軽業スキルを持ってきた。俺は場所を移動しないバク転を五連続で行い、スピードが乗り切ったところで後方一回宙返り二回捻りをして着地する。その間、食堂に音は一切しなかった。空中に浮かび上がった「軽業の音に注目!」との2D文字に従い、全員が聞き耳を立ててくれたからだ。食堂に降りた静寂を更に研磨すべく、俺は無音で軽業をこなしていく。後方一回宙返り二回捻りをして着地した一拍後、唾をのむ音が食堂にやたら大きく響いた。その機を逃さず、第五高原の巨大写真を空中に映した。
「第五高原には、高さ3メートル幅3メートルの岩がまばらに突き出ています。まばらと言っても岩と岩の間に隙間はほぼ無く、縦断するには岩を乗り越えねばなりません。またまばらであるため真っすぐ走ると、岩の中央を乗り越える場合もあれば岩の隅を乗り越える場合もあります。しかもご覧のように、足場に雪が積もっていることも多々あるのです。よって素早く縦断するには雪の積もっていない足場を瞬時に見極め、極力真っすぐ走らねばなりません。そのさい有用なのが今披露した無音軽業なのだと、自分は今日確認しました」
無音軽業は、全身を丁寧かつ緻密に使わねばならない。その丁寧かつ緻密に全身を使おうとする日々が、足場を丁寧に踏みしめ、踏みしめた足を土台に体を緻密に動かし、次の足場へ正確に跳躍することを可能にする。また軽業による跳躍は、足場を踏み台に体を跳躍させることにも役立つ。「更に加えて」と、俺は白薙を構えた戦士の映像を宙に映した。
「言うまでもなく自分達は二本足で立ち、二本足で移動して白薙を振ります。よって土台となる足腰を丁寧かつ緻密に使えるようになれば、剣筋をいっそう厳密化できます。丁寧かつ緻密な動きが神経に及ぼす影響を説明する時間はありませんから、各自で学んでください」
続いて太陽叢強化法を行い、肉体の生命力を増加させることで皆の眠気を一時的に吹き飛ばした。そして最後に、可変流線形を工芸スキルで造ってみせる。と同時に高原のリアル3D動画を俺の周囲に可能な限り展開し、-20℃の風が風速20メートルで吹く過酷な環境を皆に感じてもらった。この風速下で跳躍すると風に流され軌道を変えられてしまう様子をCGで再現したのち、可変流線形を二重造形して高原を縦断する俺の映像を映す。「なに!」に類する声が、方々から立ち上った。
「現在の自分が可変流線形を二重造形したら、風速20メートルが風速2メートルになり、風の影響をゼロにできました。輝力工芸スキルで夫の勇者を守り人類を救った女性戦士の話を、皆さんもきっと知っていると思います。今から鍛えれば次の戦争までに、闇人の大剣を逸らす防御壁を形成できるようになるかもしれない。可変流線形はその最初の手ごたえになるはずですから、興味のある人は鍛えてみてくださいね。以上で、講義を終えます」
終えますと言いつつ、輝力製のパラグライダーで空中散歩を楽しむ俺の映像を映した。そしてこれ見よがしに、ふんぞり返ってみせる。その途端、皆ブチ切れた。
「「「「すぐ追いついてみせるぞ!!!」」」」
系の怒声を、誰もかれもが上げている。999人が声を張り上げているので、鼓膜が痛いほどだ。にもかかわらず、俺は嬉しさが止まらなかった。俺がこの場所に立って初めて、皆の顔から疲労と眠気が一掃されたからだ。よって両手を掲げてブンブン振りつつ「みんな良かったね~」とニコニコしていたら、前列中央にかたまって座っていた同じ学校の奴らが静かになった。その変化に気付いた者は最初こそ少数だったがそれでも着実に数を増やし、そして全体の三割を超えた辺りで一気に伝播し、
シン・・・
静寂が食堂を支配した。聴覚のみならず意識をも空白化する、このまったき静寂を創造するためにこれまでの30分を費やした俺はプレゼン技術等をすべて投げ捨て、本音を素直にさらした。
「うん、楽しみにしてるよ!」
そうこれが、俺の本音。目標を叶えるべく頑張る友人を目にしたら、それを叶えた友人を思い描いて一緒に喜ぶ日を心待ちにするのが、俺だからさ。前の孤児院で6年間過ごすうち、いつの間にかそんな俺に、俺はなっていたんだね。すると、
「ブハッッ!!」
勇が噴き出した。それが嬉しくて一層ニコニコしたら、勇の笑いが食堂にいた全員に一瞬で広まった。ほんの数秒前とは真逆の、抱腹絶倒の嵐に食堂はなったのだ。ああこれが母さんの言ってた、意識の共鳴なんだな。ならば俺も、それに乗っかりますか!
俺は皆と一緒に腹を抱えて、ただただ笑い転げたのだった。
笑いが粗方収まった絶妙なタイミングで、管理AⅠのお姉さんの柔らかな声が食堂を包んだ。右を向いても左を向いても野郎だらけの三日間を強いられた13歳の男子にとって、年上女性の優しげな声の威力は絶大。食堂にいた思春期男子は一人も漏れず、お姉さんの声に耳を傾けた。
お姉さんがまず皆に明かしたのは、初合宿で訓練にこれほど打ち込む生徒達を見たのはこれが初めてという事だった。天を衝く巨大な山と果ての見えない広大な平原に旅行気分を抱いた心では、朝から晩まで走るだけの訓練に最初から全力で臨めなくても仕方ないことを、子供達を千年以上見守ってきたお姉さんは知っていたそうなのだ。「合宿初日の夜、就寝時間ギリギリまで熱心に話し込んでしまった理由の一つは、皆さんが胸に抱いていた旅行気分なんですね」 お姉さんの温かな心が伝わって来るほのぼのとした口調に、みんな照れた仕草をしている。クスクス笑い、お姉さんは先を続けた。
「しかし訓練に全力で臨めないことにも、利点はあります。それは、慣れない運動に普段以上の疲労を覚えることを、避けられることです。指摘されるまでもなく、きっと誰もが実感しているでしょう。普段とは異なる疲労に、体がくたくたになっていることを」




