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なのになぜ、俺は斜面から2メートルも離れたのか? 原因は俺が無意識かつ一瞬で、防風率を55%に上昇させたことにあった。5%上げるのに半年を費やしてきたのに、足が空を切り体が浮かんだ瞬間、防風率を55%に跳ね上げたそうなのである。美雪によるとこの手の「能力の跳躍」は、闇族との戦闘中にたびたび見られるという。生きるか死ぬかの瀬戸際に立ったとき、理論上あり得ない超成長を遂げる戦士が、10%の割合で現れるらしいのだ。ピンと来て「俺の両親もそうとか?」と尋ねたところ、肯定の言葉が返って来た。俺は目を閉じ、両親の写真を思い出して語り掛ける。俺はやっぱり、あなた達の息子でしたよ。ニッコリ笑って二人が頷いてくれた、そんな気がした。
防風率を55%に上げたことは、斜面から50センチ未満の高さを維持して飛ぶことにも役立った。防風率50%でゆるい放物線になるなら、51%だとどうなるかな? と思い試したところ、50センチ未満の維持に成功したのである。右旋回と左旋回も、一度試しただけで完璧にこなすことが出来た。美雪によるとこれも、輝力操作における能力の跳躍と呼んでいいらしい。「翔は実戦に強いのね、安心しちゃった」 美雪はそう言い、安堵の表情を浮かべる。俺にはそれが、空を飛んだことより嬉しかった。
ちなみに美雪は俺にだけ見える指向性3D映像になり、二人乗りのパラグライダーの要領で俺の前に座っている。それは左手首のメディカルバンドの映像投影能力では無理なはずなので首を捻ったところ、「母さんが手助けしてくれているの」とのことだった。しかも、風に乗って浮遊する感覚も味わわせてくれているそうだ。どうすれば母さんに恩返しできるかが、俺にはとことん分からなくなってしまった。けど、
「美雪、次の合宿もまた一緒に飛ぼう」
「うん、一緒にね!」
そう言って瞳を輝かせる美雪を見ていたら、愛娘がこうも喜ぶ様子に母さんも喜んでいる気がしてきた。それに相殺され、手に届く範囲に恩返しが収まったと俺は感じている。
俺と美雪は空を飛びつつ、実に様々な話をした。たっぷり話せたのは、飛行時間が2時間もあったからだ。標高6千メートルから合宿所までの10キロを時速25キロで飛ぶと、24分で着く。しかし25圧中の俺は時間が五倍に伸びるため、24×5=120の、2時間になるんだね。俺と美雪の付き合いの10年1カ月をもってしても、2時間ひたすら会話したのはこれが初めて。空の散歩をしながら、話しても話してもネタが尽きない楽しい時間を過ごすにつれ、「これってひょっとしてデートですか!?」との想いが湧いてきて俺は顔を茹であがらせた。そしてそういう想いはそばにいるだけで、相手にしっかり伝わるもの。俺が赤面すると同時に美雪の耳も真っ赤になっていたから、美雪もデートと感じていたと思う。初デートがパラグライダーによる空中散歩だったのは、悪くなかったんじゃないかなと俺は考えている。
そうこうするうち、楽しいデートの時間は終わった。「また四か月後に」「四か月後に」 そう約束し合い、美雪の3Dが消える。防風率を1%下げて50%にするやパラグライダーはゆっくり降下を始め、足の裏が斜面に触れた。
制動を緩やかに掛けつつ斜面を駆ける。歩行速度まで落とし、最後は歩いて登山を終えた。回れ右をし、巨大な山脈を今一度仰ぎ見る。登山で得られた貴重な学びを胸に、超山脈へ敬礼した。
現在時刻は、午後2時5分。霧島教官に下山報告をすれば、6時半の夕飯まで自由に過ごしていい事になっている。その自由な4時間ちょいをどう過ごすかを、俺はまだ決めていない。夜食の習慣を回避すべく行動するのは正しくとも、そのためには夕飯まで寝た方がいいような、寝ない方がいいような、自分でも判断しかねていたのだ。
ともあれ、霧島教官に報告だ。俺は合宿所の横をキビキビ歩いて通り過ぎ、訓練場を望む場所に設けられた教官詰め所へ向かった。運動会の先生達用のテントになぜか似た詰め所の椅子に座り、多数の2Dモニターを睨んでいる霧島教官へ、下山の報告をする。それをつつがなく終えた俺へ、霧島教官が問うた。
「翔は夕飯まで、どう過ごす予定なんだ?」
詰め所には、霧島教官と俺の二人しかいない。俺は素直に、夜食の習慣を回避する最善の行動が分からず困っていることを伝えた。「ふむ」と暫し思案顔になった霧島教官は、思いもよらぬ提案をした。午後3時から呼吸法等の講義をしてみないか、と言ったのである。
その後、二人で膝を付き合わせて話し合い、提案に従い3時から講義を開くことにした。時刻は2時20分、風呂に入れるような入れないような時間に再び困っているうち、霧島教官が緊急放送のボタンを押し、マイクを握った。
「通達する。本日1500より食堂で、空翔による講義を開く。講義内容は呼吸法、松果体活性法、太陽叢強化法、輝力工芸スキル、超山脈高原における軽業の有用性、の五つだ。初合宿三日目に超山脈第五高原を10分未満で走破するという、100年に1人の偉業を達成した空翔の秘密を知りたい者は、1455までに待機完了するように。以上だ」
通達では触れなかったが、講義受講者は講義後から夕飯まで自由時間になると、教育担当AⅠが各自へ伝えることになっている。霧島教官によると俺以外の999人全員が、過剰訓練ギリギリなのだそうだ。
「過剰訓練ギリギリを、地球の諺の『鉄は熱いうちに打て』の好機とさせてもらおう。翔、その椅子の使用を許可する。1450までに、講義の概要を提出せよ」
霧島教官にそう命令された俺は「100年に1人って何?」と呆ける自分を宇宙の彼方へ蹴飛ばし、概要作成を大急ぎで始めたのだった。
概要作成は、想像を遥かに超えて難航した。過剰訓練ギリギリなのだから、俺の講義を詰まらないと思ったが最後、皆は睡魔に襲われるはず。その睡魔という強敵との戦いに勝利しつつ五つの講義を進めることが、とんでもなく難しかったのだ。経験豊富な教官であると共に同胞団の孫弟子である霧島教官が助言をくれなかったら、1450までの完成は絶対不可能だったに違いない。霧島教官、誠にありがとうございます!
原稿とは到底呼べない講義概要を完成させ席を立った俺へ、「教官詰め所トイレの使用を許可する。服装チェックも忘れるな」と霧島教官は命じた。訳は分からずともとりあえず敬礼して感謝を述べ、詰め所後方のトイレを使わせてもらう。感じていた以上の量に軽い驚きを覚えつつ用を足し、次いで鏡の前に立った俺へ、「服装を採点します。20点の落第です」と簡易AⅠが告げた。教官達が隙のない服装を常にしている秘密の一端はこれか、と納得したのはさて置き、声に従い身だしなみを整えていく。幸い1分で、許容スレスレの50点を貰うことができた。感謝を述べ、詰め所トイレを後にする。そういえば前世で読んだ武道系の漫画に、胴着の着方を見ればおおよその実力が判る、と書いてあった。講師を務める者として身だしなみを整えることは、決して疎かにしてはいけない必須事項だったのである。心の中で霧島教官と簡易AⅠに手を合わせ、足早に歩を進めた。
講義受講者の待機完了時間である1455、食堂に足を踏み入れた。と同時に、無数の視線の矢が全身に突き刺さった。それを撥ね退け見渡した食堂に、空席は一つしかない。こりゃ腹をくくらねばと胸中呟いたところ、自分でも意外なほど腹をくくれた。耳に美雪の「翔は実戦に強いのね、安心しちゃった」との言葉が蘇る。「どうもそうみたいだ。美雪、見ててくれ」 心の中でそう語り掛けた俺は最も目立つ場所で立ち止まり、
カッッ
踵を強く打ち鳴らし直立不動になった。条件反射で生徒全員、背筋を伸ばし顔を引き締める。すかさず、
「起立ッッ!!」
最前列中央に座る勇が声を張り上げた。その裂帛の気合に引っ張られ、全員一斉に立ち上がる。それを背中で感じ取った勇が、
「敬礼ッッ!!」
腹から声を絞り出した。0.1秒の狂いもなく、食堂にいた者全員で敬礼。「着席」の声で全員一斉に着席する様子を目にした俺は、実戦に強いことを自覚した30分後の自分へ創造力を全開で注ぎつつ、講義を開始した。
心の成長を定義できていない社会で一人一票の民主選挙をすると、心の成長した立候補者は落選する。
上記の好例が今回の都知事選だったと、私は思います。




