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北休憩所では、たっぷり80分過ごした。この80分には昼寝の1時間も含まれ、またこの昼寝も、「実際に体験しないと解らない」に準拠していた。20歳の試験の超山脈縦断は睡眠ほぼ必須とされているので、実際に寝てみたんだね。もっとも睡眠は高原ではなく、山脈と山脈に挟まれた谷で取るのが一般的らしい。谷と言っても標高2千メートルなのだがそれは置き、超山脈の圧力ゆえか、谷では天然温泉を掘り当てやすいという。豊富な湯量にものを言わせた豪華スパもあるので冴子ちゃんによると、「まるで天国のような休憩所ね」とのことだった。う~む、次の合宿ではぜひ利用せねばな!
そうこうするうち午後1時になり、北休憩所を後にした。9分半かからず高原を横断し、南峰に再び立ったのが午後1時10分。お姉さんによると標高6500メートルまで風速20メートルの風が吹いているが、500メートル下るとほぼ無風になるという。
「では霧島教官に許可された輝力のパラグライダーを、標高6千メートルで試します」
「翔さん、忘れてはいないでしょうが一応、厳守事項を暗唱してください」
「了解です。一つ、足の位置を斜面から50センチ以上離さないこと。二つ、速度は時速25キロ以内とし、25圧以上を保つこと。以上二つが、厳守事項です」
25圧の時速25キロは、俺の体感では時速5キロになる。時速5キロなら50センチの高さから落下しても、怪我の可能性は軽微と言える。よって「輝力操作の訓練にもなるため二つを厳守するなら、訓練中に限りパラグライダーを許可する」と、霧島教官は言ってくれたのだ。
暗唱に成功しても、お姉さんは心配げな表情をしていた。だがそれを胸に納め微笑んでくれたので、俺は敬礼して踵を返した。そして16圧の普通の歩調を心がけ、標高6千メートルの休憩所を目指す。休憩所に着いたのは、15分後の午後1時半。到着するや、美雪経由で受け取ったパラグライダーの3D映像を、ドローンが休憩所の上空に映し出した。それにピッタリ重なるよう、輝力のパラグライダーを展開していく。安全を最優先し二重にせず、慣れ親しんだ一枚版でパラグライダーを造っていく。俺の輝力壁は防風率がまだ50%なこともあり、地球のLサイズより大きい、面積35平方メートルの翼にした。輝力製なので重さはゼロでも、パラグライダーは元々とても軽い。一番大きなLサイズでも、4kgといったところだ。よって重さゼロに利点はほぼ無いが、輝力製パラグライダーには強大な利点が三つもある。風を受けずとも上部に展開できること、決して絡まらないこと、防風率を自由に変えられること、の三つがそれだ。つまり防風率ゼロで造形してスタート地点までスタスタ歩いて行き、斜面を駆け下りつつ防風率50%にすればいいという、夢のようなスタートを切れるのである。ワクワクするぞ~~!
そのワクワクを原動力に造形をサクサク進め、翼が遂に完成した。が、翼を造り終えたからと言ってすぐには飛び立てない。右旋回と左旋回を、出来るようにならないとね。
パラグライダーの旋回自体は、極めて簡単と言える。右手に握った紐を引き下げ、翼の右端を自分に近づけるだけで、右旋回するからだ。言うまでもなく左旋回は、左手で同じことをすれば良いんだね。
ただこれを輝力のパラグライダーでもできるかは、やってみなければ分からない。可変流線形のお陰で形を変えることなら容易くとも「輝力の紐を引っ張って、輝力の翼を自分に近づけること」も容易いかは、正直まったく予想できなかったからだ。幸い、
「美雪、頼みたいことがある。隣に来て欲しい」
解決策もしくは訓練方法なら既に閃いていた。左隣にすっ飛んできてくれた美雪に、閃きを説明していく。
「右紐を引いたら翼の右端が曲がる様子と、左紐を引いたら翼の左端が曲がる様子を、3D映像で見せてくれるかな」
任せてとの声と同時に、俺が頭に思い描いていたとおりの3D映像が、思い描いていたとおりの場所に映し出された。さすが美雪と伝え、眼前の映像に集中する。体長3センチほどの俺が右紐を引いたら翼の右端が曲がり、左紐を引いたら翼の左端が曲がる様子に注目する。特に注目すべきは、翼の形状の変化。紐を引っ張れば、形がどう変わるのか。それを、集中力のすべてをつぎ込み頭に叩き込んでゆく。うん、叩き込めたようだ。
続いて目を閉じ、翼の右端と左端を頭の中で動かしてみる。おおっ、我ながらスムーズに動かせるぞ。ならば次は、手に握った紐と翼の連動を、頭の中で再現することだ。瞑目したまま俺は実際に両手を上げ、紐を掴んでいることをイメージする。よし、できた。ならば次は、紐と翼の連動。俺は右手で紐を引っ張り、翼の右端を自分に近づける。え? と首を捻るほど、紐と翼が連動した。しかも、超絶リアルに連動してくれたのだ。不可解に思いつつも楽しくなった俺は、右手と左手を交互に引き、翼の形状を変えていく。楽し過ぎて想像と現実の区別がつかなくなったところで、「準備完了」の声が心の向こう側から聞こえた。
了解と応え、瞼を開ける。そして左右の手で左右の紐を掴み、頭の中で引いていたように引く。翼の左右も、頭の中のとおりに形を変えた。準備万端との確信を得た俺は、美雪に顔を向けた。
「紐と翼を連動させられるようになったと思うけど、どうかな?」
「ホント、人って凄いね。連動率100%よ」
呆れた演技をしているつもりの美雪って、俺と同じ大根役者だったんだね。などと心のままに語り掛けたら冴子ちゃんに「イチャイチャするな!」と叱られそうなので、苦労して呑みこんだ。その代わり、
「行ってくる」
この言葉を美雪に告げた。美雪が目を見開き俺を見つめる。続いて艶やかさを増した瞳で、「行ってらっしゃい」と返してくれた。くっきり首肯したのち、冴子ちゃんとお姉さんに「行ってきます」と声を掛ける。冴子ちゃんとお姉さんは服の胸元を摘まんでパタパタするという、お熱い二人を見た際のお約束の仕草をしつつ、「「気を付けるのよ」」と声を揃えてくれた。三人に笑いかけ、美雪ともう一度視線を交差させてから、俺は斜面を駆け下りて行った。
頬に当たる風は、斜面を駆け下りる際に生じる前方からの風のみ。
それを確認し、輝力パラグライダーの防風率を上げていく。
1%にしただけで微かに生じた浮遊感が、みるみる強くなってゆく。そして防風率最大の50%に達したとき足の裏が空を切り、
ふわ~~~
体が宙に浮いた。
俺は、風になっていた。
風になり、風と一緒に空を飛んでいた。
俺は自由だ! 心の中でそう叫び、広大無辺の空へ俺は旅立っていった。
まあそれが過ぎ「斜面から2メートルも離れてるよ!」と、美雪に怒られちゃったんだけどね、アハハハ~~!!!
空を飛びつつ聞いたところによると美雪が計算した翼は、上昇力を抑えた形状をしていたという。シミュレーションでは、放物線を描いて斜面を飛ぶ翼にしたそうだ。足が空を切りふわりと浮いても、5秒ほどで放物線の頂点をすぎて降下を始め、足が再び斜面に触れる。よって斜面を走り速度を増し、増した速度のお陰で再び浮き上がるも、放物線に沿って降下し・・・を繰り返す形状に、翼を造っていたのだ。




