10
てな感じに、美雪と冴子ちゃんとお姉さんが俺の体の意識に自己紹介し、謝意を述べてくれたのだ。それへの返事も想定外で「「「「美人さん達、全然いいよ~」」」」と、体は合唱したのである。思春期男子の体なだけに美女にしこたま弱いのか、と内心頭を抱えるも、返事を改竄したら信用を失うかもしれない。よってそのまま伝えたところ、三人は非常に喜んでいた。そんな美女達を眺めているだけで心と体の両方に活力がみなぎってきたのだから、改竄しなくて正解だったんだろうな。
ちなみに母さんは『合宿中は訳あって会いに行けないし、訳も話せない』との伝言を美雪に託していた。寂しいけど母さんのことだから、しっかりした理由があるのだろう。準創像界で会える日も倍に増えたことだし、俺は母親の不在を意識しないことにした。
そうこうするうち30分が過ぎ、休憩が終わった。時刻は出発から2時間10分経過した、9時40分。単純計算のとおり10キロの登山道を1時間40分で走破し休憩を30分取ったので、2時間10分経ったってことだね。お姉さんに「初登山で単純計算と違わないなんて・・・」と目を白黒させてしまったのは、申し訳なく思っている。
お尻の下に敷いていた防寒マットを畳み、腰のバッグに入れる。山頂を仰ぎ見て、深呼吸を繰り返す。山頂までは、直線距離で5.2キロ。休憩所より上は雪が積もっていることもあり、ペースの変更は不可避。輝力圧縮16倍を発動し時間を4倍速にした上で歩行速度を時速4キロに落とすという、俺の体感時間で時速1キロのペースに変えるのだ。このペースでも1時間ごとに標高が500メートル高くなるため、本来なら高山病を免れないらしい。俺も油断せず、15分ごとにメディカルバンドを確認することにしていた。
体の意識に出発を告げ、休憩後の最初の一歩を踏み出す。現在の気温は-10℃、風速2メートルだが、アトランティスの縫製技術を駆使した戦闘服のお陰で寒さを微塵も感じない。今俺が羽織っているマントの断熱機能と合わせれば、-30℃の風速30メートルまで対応可能とされている。超山脈の山頂は往々にして-30℃の風速30メートルどころではなくなるが、戦士養成学校の生徒は輝力による体温上昇を容易くこなすからか死亡者はまだ出ていないという。すぐそばでドローンも、見守ってくれているしね。
休憩所を出発し1分と経たぬ間に、積雪エリアに入った。雪を踏みしめるさいの独特の音が鼓膜をくすぐる。前世の片栗粉を思い出し、口元がほころんだ。
片栗粉をスプーンで掬うときの、文字にしにくい音が歩調に合わせて聞こえてくる。眼前に聳える白銀の世界を眺めているうち、日本を代表する登山家の言葉を思い出した。
『最も寒い時期の早朝、目覚ましが鳴った。伸ばした右腕に氷点下の寒さを感じ、悲鳴が口を突く。暖房を、入れ忘れてしまったのだ。けれども布団の中は、嘘のようにポカポカ。こんなにも温かく快適な布団から出るのが、嫌で仕方なくなる。瞼も鉛のように重く、起床時刻を無視してこのまま寝られたらどれほど幸せかと、そればかりが頭をグルグル回っている。だが、それは無理な話。今日も、出勤日だからだ。それは解っている。解っているけど、寝ていたい。でも起きなきゃ、遅刻するわけにはいかないから起きなきゃ、よし起きるぞ! という状況で必要となる意志力を、足を一歩前に出すごとに要求されるのが、エベレスト登山なんですよ』
背中に寒気が走り、ブルッと身を震わせた。戦闘服とマントのお陰で寒さを微塵も感じずとも、描写された状況を思い浮かべただけで身を震わせてしまったのだ。幸い俺は今、描写された状況にいない。でも、標高を上げたらわからない。特に峰を越えてからの5キロでは、俺もそうなるかもしれない。この超山脈の峰の部分は、地球にはない非常に特殊な形をしている。今見えている峰の向こうに、標高8500メートルの岩石地帯が5キロも続いていているのだ。先輩方の手記によると、この岩石地帯を越えるのが最もつらいという。酸素濃度が3分の1しかない、気温-30℃風速30メートルの岩だらけの高原が続いているのだから、最もつらくて当然なのだろう。ならば、アルピニストが描写した意志力を俺も一歩ごとに使い、5キロをゆくことになるのか? 今の俺には判らない。そして判らないからこそ、俺は今日あの峰を越える。だって何事も実際に経験しないと、わからないからさ。
そうこうするうち1時間経ち、標高が8千メートルになった。メディカルバンドへ、四回目の視線を向ける。現時点の血中酸素濃度は、平地の90%らしい。どうりでピンピンしていると頬が緩んだタイミングを狙いすまし、冴子ちゃんのメールが手の甲に映った。
『90%って何なのよこの変態、と罵りたいところだけど、体の意識に感謝するのよ』
それもそうだと納得し、瞑目して感謝を伝える。「全然いいよ~」「景色も空気も綺麗だし~」「山好き~」「「「「だよね~」」」」 どうやら俺の体は、山が大好きらしい。俺はさっきいきなり二重展開できるようになった可変流線形を固定し、体だけ方向転換する。風速20メートルの横殴り強風が数分前に突如吹いてきて、それに対応すべく横方向に長い可変流線形へ変更したため、流線形の向きを固定する必要があったんだね。そしてその甲斐は、十分あった。標高8000メートルから眺める大平原が、眼前に広がっていたからだ。この高さをもってしても果ての見えない広大な大地と、この高さによって果てを感じるようになった黒みを帯びた空に、己の小ささを否応なく突きつけられる。そんな光景を、俺は時間を忘れてしばし見つめていた。
が、おもむろに踵を返して足を踏み出した。
俺は小さい。
だが今日、俺はこの山の頂に立つ。
なぜか湧思の消滅した心に、山の頂に立つ自分をありありと思い描き、足をもくもくと動かし続けてゆく。そして18分後の、午前11時。
「やった、第五山脈に登頂したぞ~~!!」
思い描いたとおりの自分に、俺はなったのだった。
いやホントは登頂したのではなく、到着したのは峰なんだけどね。ははは・・・・
頂ではなく峰に俺がいたのは、ほんの数秒だった。防風壁を二重展開できるようになったとはいえ、横殴りの風速20メートルを危惧したのである。幅1メートルもない峰をすぐさま通過し、斜面を降り始める。傾斜角45の斜面140メートルを、俺は10秒かからず降りた。
幅5キロの岩だらけの高原を、ドローンに誘導されて歩く。1分と経たず、トンネルを穿った大岩に着く。風下に出入り口のあるそのトンネルに入るや風がピタリと止み、可変流線形使いとして興味を覚えた。風には巻き込み効果があるのでこうも綺麗に消えるのは、この大岩が人工物である証拠。少なくとも岩の表面を削り、理想的な形状にしているのだろう。しかしそれについて考えるのは後にして、トンネルの奥へ歩を進める。五歩目で、直径10メートルほどのドーム状の空間に足を踏み入れた。薄暗くとも明かりが灯され、家具が一切無い代わりに、トイレと書かれたドアが壁に設けられていた。女性陣に「失礼」と声を掛け、トイレに足を向ける。戦闘服のトイレ機能を使わずに済むなら、それに越したことは無いからさ。
すっきりし、適当な場所を見繕って断熱シートを敷き、腰を下ろす。といっても疲労皆無なので、超山脈登山の休憩中に行うべきことを素早く始める。健康診断が最優先、とのマニュアルに従いメディカルバンドを操作し、横20センチ縦30センチの健康状態一覧表を空中に投影する。どの欄にも「健康優良」とありホッとするも、血中酸素濃度100%だけは「健康優良(年齢的に前代未聞)」と記されていた。「年齢的に」の箇所が気になるがそれは後にして、体にテレパシーで問いかけてみた。
「8千メートル地点で立ち止まって振り返り、絶景を眺めたよね。あれ以降、呼吸が平地と変わらなくなった気がしたんだけど、何かした?」「脊髄の先祖達の記憶が蘇って、先祖の技術を使えるようになったよ~」「どわっ、そうだったんだ」「九代前までの母親全員が、この山脈を南北に走り抜けていたよ~」「え? 俺ってそういう家系だったの?! 初めて知ったよ」「九代前まで直系の母親が続いてね、全員あの景色が大好きだったみたい。みんな必ず立ち止り、うっとり眺めてたよ」「わかる、俺もそうだったし。そういえば『山好き~』『だよね~』って大合唱してたのも、先祖の記憶が関係しているのかな?」「うん、そう。あの光景を目にしたら、先祖達の『山好き~』と溶け合ったの~」「ほうほう、それでそれで?」「溶け合ったら、先祖達が呼吸を楽にしていた方法が浮かんできて、真似できたの~」「それは良かった。とても嬉しいよ、ありがとう」「「「「どういたしまして~」」」」
尊敬するアルピニスト、野口健さんの言葉を引用させて頂きました<(_ _)>




