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「ん~~、やっぱ心を鬼にして止めるか」


 心を鬼にして俺は本心をつっぱねた。今は、1千キロ走の試験の真っ最中。ならば明日のことなど考えず、試験合格に全力を注ぐべきなのだ。俺は二つの自問を一蹴し、1千キロ制覇に全集中した。

 とはいえ、この条件下における全集中とは、シータ波とデルタ波の境界まで脳波を下げること。という訳で、


「もしも~し。そろそろ起きて翔」「うん、お早う・・・・って二度目じゃん!」


 てな具合に、美雪のいたずらに再び引っかかってしまったのだった。アハハ・・・

 けどそれは、試みが成功したのと同義。折り返し地点ではあれほど小さかった超山脈が半端ない威圧感で前方に聳えていることが証明しているように、俺は1千キロ走合格の直前にいるのだろう。速度を維持しつつ、体の各部へ意識を巡らせる。不調な箇所は、どこにも無いようだ。俺は確かな自信を胸に問いかけた。


「美雪、俺の健康度は幾つ?」

「1千キロ走達成まで残り13キロとしてはあり得ない、100%ね」

「よかった。じゃあ目印の二本の旗と、一本目までのカウントダウンをヨロシク」


 了解の声と共に、視界右に70秒台のカウントダウンが表示された。30分の休憩を挟んだだけで40時間走り続けてくれた体へ、感謝を込めて語り掛ける。「過酷な運動に耐えてくれてありがとう。お陰で目標を達成できそうだよ」 おめでとう~に類する返事を、体の隅々から一斉にもらうことが出来た。こんなやり取りは、前世では決して考えられなかった事。体の意識と良好な関係を築けたことが、試験合格以上に俺は嬉しかった。

 などと、未達成にもかかわらず達成したつもりになっている増長した自分を叱りつけ、気合を入れ直した。残り16秒の文字が視界に映ると同時に、一回4秒の深呼吸を始める。新鮮な空気に活力を得た細胞一つ一つが歓喜に震える様子を思い描いたところ、深呼吸の三回目でそれが具現化した。「俺の今の健康度は、きっと100%超えなんだろうな!」と、胸中ガッツポーズしつつ四回目の深呼吸を終えた瞬間、


 ギュンッ


 速度が20%増加した。松果体がなんとなく「俺も肉体の一員だ負けてらんねえ!」系の、江戸っ子口調で張り切っている気がする。俺は楽しくて仕方なくなった。さあみんな、力を合わせて全員でゴールするぞ!


「「「「了解~~!!」」」」


 細胞一つ一つの大合唱が、はっきり聞こえた。気づかなかっただけで、こうも気のいい大勢の友人達と俺はずっと一緒に生きてきたのである。有頂天になった俺は、急に閃いたある試みについて友人達に相談した。


「なあみんな、相談に乗ってくれ」「「「「い~よ~」」」」「残り3キロを36圧で全力疾走するのと、残り2キロを49圧で全力疾走することについて、皆はどう思う?」「肺で~す、全力疾走3キロはキツイで~す」「正直な意見をまことにありがとう。脳はどう?」「49圧は100秒まで、64圧は60秒まで平気だよ~」「どわっ、値千金の情報に大感謝! ちょっと暗算するね」


 脳によると64圧も可能らしいけど、今日だけで既に1千キロ走っているから49圧を選ぼう。25圧の時速125キロを49圧にしたら、時速175キロ。この速度で2キロを走ると・・・41秒と少しくらいか。続く2キロを全力疾走したら、昨日が17.5秒だったから15秒になる。合計すると、56秒ちょい。よし、余裕が43秒以上ある。美雪に相談だ!


「美雪、脳に訊いたら100秒までなら49圧でも問題ないって。43秒ちょい余裕を持ち、残り4キロ地点で49圧を発動して、ラスト2キロを49圧の全力疾走にしようと思う。どうかな?」

「・・・現時点で割ける演算能力をフル稼働させたら、49圧100秒説は正しかった。ちょっぴり悔しいけど、残り4キロ地点と2キロ地点に旗をそれぞれ設置するね」


 謝意を述べ、続いて美雪に学校に戻ってからの約束をした。美雪用のケーキを買うからお昼のデザートとして一緒に食べようと約束したら、美雪は途端に機嫌を直した。母さんと冴子ちゃんが「「い~ない~な」」と声を揃えている気がしたけど、今回はゴメンと心の中で謝っておく。美雪を最優先して、当然だからね。

 そうこうするうち、残り4キロの旗が迫ってきた。タイミングを合わせ、通過するなり49圧を発動。計算どおりの時速175キロにしてくれる可変流線形に感謝していると、閃きがビビッとやって来た。輝力工芸スキルでパラグライダーを作ったら、超山脈の斜面を飛んで降下できたりして?! などと考えていた俺の耳が、


 ォォォォォ‥‥‥


 地響きのような重低音を捉えた。超山脈の地滑りもしくは地震の前触れかと一瞬驚くも、音の正体に気づいた俺の胸に温かさが広がっていく。ゴール地点の左右に集まった大勢の生徒達が、7分の1のスローモーションでジャンプし、拍手している。ドップラー効果で波長を若干縮められた結果、7倍速の世界にいる俺には彼らの雄叫びが、地響き級の重低音として鼓膜を震わせたのだ。パッと見たところ、俺以外の全員にあたる999人が集まってくれている気がする。言葉を交わしたことすらない俺のために貴重な訓練時間を割いて集まり、跳びはねつつ拍手喝采してくれているのだ。見よ、空翔。この光景が、今生のお前の成果だ! その想いを胸に残り2キロの旗を通過するや、


 ドッカ―――ンンッッ!!


 俺の中で何かが爆発した。何かは分からずとも爆発に身をゆだね、正真正銘の全力疾走をしている最中、理解した。

 俺は、ああ俺は、嬉しいんだ!!!

 前世と今生を合わせても過去最高の嬉しさに全身を満たされつつ、俺は1千キロ走のゴールテープを切ったのだった。


 その後、衝撃の事実を知った。霧島教官によると、初合宿の二日目で1千キロ走に合格する生徒は、平均すると2年に1人しかいないらしい。8時間以内走行で合格する生徒は10年に1人しかおらず、そして俺が最後の10キロで出したタイムは、50年に1人のレベルだったという。俺は驚愕し呆然としつつも、心の奥深くで「この阿呆」と自分を罵っていた。神話級という人類初の等級を持っているのに人類初のタイムを出さなかったのは怠慢だコノヤロウと、自分を叱らずにいられなかったのだ。もちろんそれは顔に出さず、心の奥深くで密かにしていた事だったが、しょせん俺は大根役者。霧島教官への報告を終え回れ右をし、己を叱る度合いを一段増して俯きつつ歩を進めるうち、気づいた。あれ? 今日は皆さん、俺を揉みくちゃにしないんですか?

 俺は弾けるように顔を上げ、周囲へ目をやった。その途端、尻餅をつきそうになった。皆が皆、俺を仇のように睨んでいたからだ。でもなぜだろう、俺を睨む皆の顔を次々見てゆくうち、尻餅をつく寸前だった足腰が安定してきて、どっしり構えることが出来たのである。そんな俺にニヤリと笑った勇が「せーの!!」と声を張り上げるや、


「「「「すぐ追いつくからな!!!」」」」


 999人が叫んだ。皆の体から湧き起こった闘気が渦を巻いて上昇し、竜巻が如き状態になっている。その闘気の竜巻を目にした俺は生れて初めて、己が内部に神話級のスキルが眠っていることを知覚した。人類初の等級が半覚醒し、不敵に笑う。ぶはっ、そうだよな! 男ならそうこなくっちゃな!!


「オラア!! 俺を追い抜いてみせろやコノヤロウ!!!」


 俺は皆に、そう発破をかけた。神話級スキルが瞼を半ば開け、俺に語り掛ける。面白そうだと快諾した俺は人生初の64圧を発動するも時間圧縮をせず、輝力工芸スキルにそれを使った。64倍の輝力を電気に変え、体から放出したのだ。64倍程度では長さ3メートルの電気を上空へバチバチ放つのみだったが、挑発としては最上だったらしい。全員みるみる憤怒の形相になり、


「「「「ウオオオォォォ―――ッッッ!!!!」」」」


 大気を揺るがす雄叫びを上げ、各々が自分の場所へ一斉に散って行った。全員後先考えず、圧縮率最大で全力疾走している。「明日の朝は5時40分に起きて、トイレ争奪戦勃発の有無を合宿所の管理AIに尋ねないとな」 そう独りごち、一人俺は合宿所へ帰って行った。

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