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「リーダー戦に僕が慣れるまで、亮介君に僕の左隣を頼むのは可能ですか?」


 美雪は、満面の笑みで頷いた。今回は厳格顔を保つことに失敗したのか、それとも保つ気が最初からなかったのか。う~ん、どっちなんだろう?

 なんてどうでもいいことを明後日の方向に放り投げ、俺は分隊長の冴子ちゃんの下へ足を運んだ。そして、伍長は初めてだけどヨロシクと挨拶する。6歳なら女の子を「ちゃん」付けで呼ぶのが普通でも、心労が半端ないというのが正直なところ。とはいえ男子全員が女子を「何々ちゃん」と呼んでいるとくれば、諦めるしかないんだよな・・・・

 ちなみに冴子ちゃんは気風のいい、姉御肌の美少女だ。今生の俺は美雪の影響か、このテの女の子にめっぽう弱いらしい。幸い冴子ちゃんはそんな俺に好印象を抱いたらしく、さっきの休憩では話が弾み、女子の中では一番仲良くなっていた。よって予想したとおり、「翔君は私が守るわ、大船に乗ったつもりでいて」と快く引き受けてくれた。アニメのリーダー系ヒロインのようだと感じたのは、秘密にしなきゃな。

 そうこうするうち準備が整い、戦闘開始となった。先の4戦と同じく、彼我の差60メートルでゴブリンが現れる。雄叫びを上げるのも慣れたもので誰が音頭を取らずとも、


「「「「ウオオオ―――ッッッ!!!」」」」


 100分の1秒の狂いもなく皆で一斉に吠えた。すると、初めての現象が起きた。俺達の声に、ゴブリンがひるんだのである。俺は無意識に腹から声を絞り出した。


「ゴブリンがひるんだぞ! 全員、突撃!!」

「「「「ウオリャアアア―――ッッッ!!!」」」」


 これまでで一番の大声を出しつつ横一線で駆ける俺達に、ゴブリンが更にひるんだ。しかしゴブリンリーダーがまず吠え、続いて副リーダーも吠えると気力を取り戻したのだろう、ゴブリン10体も突撃に移った。だがそれは、あまりに遅いと言わざるを得ない。こちらが全力ダッシュを開始して3秒後の、それなりの速度を確保した状況で、ゴブリン達はようやく動き始めたのである。この対応の遅さは、命がけの戦闘における生死を分かつ要素となった。まさしくそのとおりゴブリンは成すすべなく、俺達に大敗したのだ。

 ただ俺に限っては、ギリギリだった。紙一重、と言うしかなかった。両隣のゴブリンにも気を配りつつ行うリーダー戦が、想像を遥かに超えて困難だったのである。戦闘の途中でそれを悟り、亮介君と冴子ちゃんを信じて両隣のゴブリンを意識から排除し、リーダーに集中してやっと俺は、戦いに勝てたのだ。

 と自分では考えていたのだけど、戦闘後の反省会で思わぬ意見が出た。俺の戦闘映像を全員で見たのち、


「リーダーに集中してからの翔君の動き、まるで別人だな」

「私も亮介君に同意。翔君は、一点集中が大得意みたいね」


 亮介君と冴子ちゃんに、思わぬ高評価をもらえたのである。すると賛同者が次々に現れ、冴子ちゃんが代表して美雪に尋ねたところ、肯定の言葉が返ってきた。こうして俺はこのとき初めて、自分が一点集中に秀でていることを知ったんだな。

 反省会はその後、予想だにしなかった方向へ推移した。俺の一点集中能力を伸ばすべきと主張するグループと、矯正すべきと主張するグループに分かれて大激論になったのだ。伸ばす派の根幹は、強敵との遭遇戦にあった。ゴブリン10体に想定外の強敵が混ざっていて、かつ強敵に勝てる隊員が1人もいなかったら、敗北の未来しかない。しかし一点集中の能力を伸ばした俺が、強敵に勝てぬまでも時間稼ぎをすれば、敗北以外の未来が見えてくる。俺が強敵を引き受けているうちに残りのゴブリン9体を隊員が倒し、隊員10人と強敵1体の戦闘に持ちこむことが可能になるからだ。との主張に耳を傾けていると、皆のために一点集中を鍛えぬくぞと決意するのだけど、矯正派の主張が始まるや決意に亀裂が走る。そしてさっきとは真逆の、皆のために矯正するぞという決意が、首をもたげてくるのだった。

 矯正派の主張の根幹は、普段の戦闘の危うさにあった。強敵と遭遇する確率は、確かにある。だがそれより、強敵のいない戦闘の方が比較にならぬほど多い。その圧倒的に多い戦闘において、正面のゴブリンしか見ていないという状況は、やはり危ういと言わざるを得ない。隣のゴブリンに接近しすぎたせいで、そのゴブリンに不意打ちされる可能性もある。勢いよく回避した先に隊員がいて、隊員にぶつかったせいで、2人とも屠られる可能性もある。そして何より厄介なのが、ゴブリンの数の方が多い場合だ。複数のゴブリンとの戦闘を最初から強いられることも、あるかもしれないのだ。「翔君はまだ6歳なのだから、正面のゴブリン以外にも注意を割く適切な訓練を続ければ、高確率でそれを習得できるに違いない」と、矯正派は主張したのである。俺はそれに、反論できなかった。その最大の理由は、皆に迷惑をかけたくないという俺の性格にあった。俺はとにかく、誰かに迷惑をかけるのが嫌で嫌で仕方なかったんだな。よって反論できないというより、迷惑をかけない未来を説く矯正派の方が正しいのではないかと、俺は思い始めていた。

 そんな俺の胸中を、きっと察したのだろう。伸ばす派の代表を務める亮介君が、折衷案を出した。  


「矯正派は、翔君が分隊に迷惑をかけてしまうことを案じているんだよね。なら、皆で力を合わせて探してみないか? 一点集中が大得意という翔君の長所を伸ばしつつも、皆に迷惑をかけにくい戦術を」


 ここで美雪が沈黙を破り、「は~い注目」と大声を出した。そして、快刀乱麻を断つとは異なるのかもしれないが、議論の方向性を一瞬で決める言葉を放った。


「伸ばす派と矯正派は、どちらも正しいわ。戦争では、想定外の強敵と遭遇することもあれば、自分達より数の多い敵と戦うこともあるからね。よって訓練課程にも、その二つがちゃんと組み込まれている。強敵との遭遇戦と、多勢に無勢の戦闘の、両方をあなた達は訓練するのよ。そして亮介の折衷案は、両方を経験した後で、私からの課題として出す予定のものだったの。あなた達って、ホント優秀よね」


 そのとたん全員が、俺と同じ状態になった。美雪に褒められて嬉しくて仕方ない状態に、全員がなったんだな。ここには男子と女子がいるので弟と妹の違いはあるにせよ、大好きな姉に褒められて有頂天になった弟もしくは妹になったことに、変わりはなかったって事。その光景に、ふと閃いた。皆は美雪がゼロから創ったのではなく、実在する子供をモデルにして作られたんじゃないかな? そのモデルは俺と同じ、3歳から始まる訓練を美雪と一緒に過ごした子供達なんじゃないかな? そんなことを、急に閃いたのである。それについて今すぐ考察したいと強烈に思うも、


「さあみんな、亮介の折衷案について考えましょう!」


 美雪がそう呼びかけたため、後回しにするしかなかった。皆が俺について議論しているのに当の本人がうわの空では、信頼を失ってしまうからさ。

 といった具合に、最初は義務感で議論に参加していた。しかしほどなくそれは、時間を忘れて臨む議論になった。皆の案とプレゼンが、やたら面白かったからだ。6歳とは到底思えない考察力とプレゼン技術の高さから、皆が俺と同じ前世の記憶持ちなのは間違いないはず。だが同じなのはそれのみに留まり、前世の脳の性能は俺の方が比較にならないほど低いことを、俺は疑わなかった。

 そんな優秀な頭脳が揃っていたお陰で、30分と経たず案はまとまった。提唱者の亮介君が代表し、それを読み上げてゆく。


「ゴブリンリーダーのみに集中する戦闘を翔君は今後も続け、それに慣れてもらう。リーダー戦に余裕が生まれたら教官に両隣のゴブリンを操作していただき、不測の事態を意図的に作り出す。不測の事態を落ち着いて処理できるようになったらゴブリンリーダーを少し強くし、リーダー戦のみに再び集中してもらう。そしてそれに余裕が生まれたら、教官に両隣をまた操作していただく。これを繰り返すことで両隣へ配慮しつつ、ゴブリンリーダーを強敵と同等の強さへ引き上げていきます」

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