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6

 戦士養成学校は半ば軍隊だが、半ば学校でもある。それを加味し、5時間走と1千キロ走に合格した友人を称えることを、5分間だけ認めていた。ただしその5分にはゴール地点で待つことと教官の通達が含まれるため、ワイワイできるのは30秒がせいぜいと言われている。俺の時もそうだったし、それに合格した生徒も疲れているはずだから、30秒が無難なのだろうな。

 俺がゴールテープを切ったのは、だいたい午後4時20分。2分と経たず解放され、一人で風呂場へ向かった。5時間走合格者は免除されるけど午後6時までは訓練時間だから、みんな自分の訓練を再開したんだね。

 風呂場への道すがら、本能が「ヤバい」と呟いた。制御不能な眠気に襲われる気が、猛烈にしたのだ。よって可及的速やかに脱衣場の扉を開け、衣服を脱ぎ捨てシャワールームに入り、熱いシャワーを浴びつつ頭と体を洗った。体を洗い終えるころ眠気を覚え始め、危険を承知で湯船に浸かったところ、あやうく溺れかけた。湯船に浸かったまま、眠りそうになったのだ。俺は体を輝力で満たし一時的に眠気を吹き飛ばし、湯の中でストレッチを1分間した。ストレッチが効き毛細血管内の血流が良くなり、それを邪魔せぬよう動かず静かに過ごした1分ほど、眠気と戦った時間を俺は知らない。輝力量を36倍にしても意識が途切れ途切れになり、49倍に初挑戦しようと意を決したところで、やっと1分経ってくれたのである。お湯から出たら眠気が幾分引くも、油断大敵。可及的速やかに室内着を身に着けトイレに向かい、歯を磨いている最中。


 クラ・・・・


 気を失い転倒しかけた。輝力量36倍を再度発動しても、フラフラの体を制御するのがやっと。割り当てられた部屋が一階だったから良かったものの、二階だったら階段でうずくまり寝ていたに違いない。それでもベッドに辿り着いたのは正真正銘のギリギリで、というか掛け布団をめくったまでしか覚えていないから、俺はきっと眠りながら布団に潜り込んだのだろう。そしてそのまま8時間、俺は気絶さながらに眠ったのだった。


 ――――――


 目覚めたのは、深夜0時50分だった。布団の中で体を動かし、怪我の有無を確認していく。問題なしと本能は告げたが、立ち上がってみたら膝や足首に痛みが走るのはよくある事。慎重にベッドを降り、二本の脚で立ち上がってみる。体中どこにも、痛みは微塵も走らなかった。俺は安堵の息をつき、ここで初めて周囲を見渡した。合宿所は学校の倍の、20人部屋だからね。といっても102号室の奴らと同室になっただけだから、分かっていたけど全員友達だった。

 とりあえずトイレに向かい、用を足す。その最中、凄まじい空腹に見舞われた。霧島教官に心の中で手を合わせつつ食堂へ行ったところ、配膳ロボットに二食分の総菜を手渡された。「5時間走と1千キロ走の合格者へ贈られる、特別献立です。空腹に負けず、40回咀嚼してくださいね」 配膳ロボットに礼を言い、椅子に座って食べ始める。肉と生野菜にミネラルの錠剤が付いた、タンパク質とビタミンミネラルに特化した特別献立は、頬が落ちるほど美味しかった。だが今日の予定をこなすためには、配膳ロボットの言葉に従わねばならない。俺は40回咀嚼を完遂し、特別献立を食べ終えた。

 洗面所で歯を磨いている最中、猛烈な睡魔に襲われた。半ばお約束になっている歯磨きと睡魔のセットに苦笑しつつ、自分の部屋に向かう。昨夕と異なり、今回は布団に収まった時間を確認できた。午前1時38分だから、朝食まで4時間ちょい寝られるはず。俺は明潜在意識の目覚まし時計を午前5時45分にセットし、眠りの世界へ旅立っていった。


 午前5時45分、意識が覚醒した。5時間前と同じく布団の中で体を動かし、怪我の有無を確認していく。本能が問題なしと告げたことと、二本足で立っても痛みがなかったことも、5時間前と変わらなかった。ただ5時間前と言うか普段とまったく異なる事もあり、


「みんな気持ちいいほど熟睡してるけど、あと3分でちゃんと起きるのかな?」


 との独り言のとおり、皆に起きる気配がまるっきり無いことだった。いつもなら起床を済ませているのに、今日に限っては皆が皆、熟睡の最中さなかにいたのだ。とはいえ朝食に遅刻しない最終起床時刻の5時50分まで、まだ3分あるのも事実。よって不安を残しつつも先にトイレへ向かったのだけど、ここでも普段と異なる状況を目撃した。この階だけで200人の生徒がいるにもかかわらず、廊下にもトイレにも誰一人いなかったのである。ここに至り事態の深刻さをやっと理解した俺は、顔を上に向けて問いかけた。


「合宿所の管理AⅠさん、お話しできますか」

「はい、できますよ」

「このままでは朝食に間に合わない生徒が続出すると思われますが、どうでしょうか」

「この合宿所を1800年管理してきた私の経験をもとに推測しますと、このまま放置して間に合うのは、1%未満でしょうね」


 こりゃマズイ、と覚悟を決めて要請した。


「準筆頭として、マットレス屈折起床を要請します。現時点で寝ている生徒のマットレスを、強制的に屈折させてください」


 マットレス屈折起床とは、腰から上の部分のマットレスを垂直に起き上がらせる起床方法だ。前世の日本では、始発電車の運転手等の遅刻が絶対許されない人達用に開発された、最強の起床法として広まっていた。ただしこの学校においては最強ではなく、電撃を浴びせる電撃起床法が最強の座に君臨しているが、それを要請できるのは筆頭のみなため、準筆頭に可能な上限のカードを切らせてもらったんだね。「了解です」と応えた管理AⅠはマットレス屈折起床法をすぐ実行したらしく、各部屋から寝起き特有の「うう~~ん」に類する声が聞こえてきた。俺は101号室へ飛んで行き、寝ぼけまなこの勇に現在時刻5時50分を告げる。途端に目を見開いた勇を、


「この部屋は頼む、俺は各部屋を回る。あとトイレに早く行かないと、激混みするぞ!」


 と脅し、俺は一階の残り九部屋に突入して行った。104号室に突入する直前、勇を先頭に19人がドタバタ大きな音を立ててトイレに走って行く様子が目に入った。その音のお陰で「激混みするぞ!」との忠告の信憑性が急上昇したのだろう、102号室から順にドタバタを奏でていくも、俺が一階の全ての部屋を回り終えるころには、食堂のトイレに走って行く奴らも現れ始めていた。ただ一階はそれが通用しても、


「二階以上の奴らはトイレが一つしか無いから、悲惨だろうな・・・・」


 決して大きくない食堂のトイレを思い浮かべた俺は、膀胱との戦いを強いられる同胞達の健闘を祈るしかなかった。


 結局、午前6時の朝食に間に合ったのは、全体の7割に満たなかった。最大要因はやはりトイレだったらしく、管理AⅠに「マットレス屈折起床が何時だったら遅刻ゼロになりましたか?」と尋ねたところ、5時46分と返答された。なんと俺が体調確認をしている時点で、遅刻者続出は確定していたのである。朝のトイレ争奪戦、おそるべし!

 朝食中、皆がああも熟睡していた理由を同室の奴らに訊いてみた。すると全員がバツ悪げな表情を浮かべ、視線をさまよわせていた。そのさまよわせ方に一定の法則があることに気づいた俺は、ビクビクしつつ尋ねた。


「えっと、原因は俺?」


 その途端それを否定する発言が飛び交うも、じっくり聞いて吟味したらやはり俺が原因だった。初合宿の初日に5時間走の挑戦者が出たと知り、他の学校の奴らも走行訓練に励んでいたらしい。だが人は慣れない運動をすると、いつも以上に疲れるもの。モンスターとの剣術戦は日常でも、ただひたすら走り込むことには慣れていなかった皆は、午後4時の時点で普段の倍近い疲労を覚えていたという。だが、あたかもそれを狙っていたかの如く俺が帰ってきた。しかも残り7キロから2キロまでを時速150キロで駆け、最後の2キロを時速410キロ超えで駆け抜けた俺を見た皆は、疲労した体に鞭を打ち午後6時まで走り込みに没頭した。そしてその後、25時間走り続けたのに30分の休憩しかなく、再び25時間走り続けねばならない1千キロ走の過酷さを皆と語り合ったせいか気が高ぶり、消灯後もナカナカ寝付けなかった。かくして、普段の2倍以上疲れているのに睡眠時間が足りないという状況に陥り、さっきの混乱が生じたと皆が吐露したのである。俺は落ち込みたかった。頭を抱えてテーブルに激突したかった。だが長い目で見たら、それは決してしてはならない事だった。訓練に励めば励むほど戦士になる夢を叶えやすくなるのだから、俺は皆のやる気を奮い立たせねばならない。それのみがあの混乱を償う方法なのだと、俺自身が嫌というほど知っていたんだね。よって、


「くっくっくっ、みんな気が緩んでないか?」

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