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 ほどなく空中に、学校ごとの離席のカウントダウンが表示された。残り5秒から始まった右端の学校が0秒と同時に離席し、座席スペース後方へ移動して行く。ここにいるのは異なる五つの学校から集まった1千人でも、合宿所は同じ。年にたった三度とはいえ7年も同じ合宿所を使っていれば、友人が大勢できると聞いている。学校対抗リレーも年に一度あるそうだし、俺は大きな期待を胸にカウントダウンを見つめていた。

 俺たちの学校が0秒になった。席を立ち、乗車口から降車口と名前の変わった後方の開閉部へ歩いて行く。降車は戦闘順位の低い者から成され、それは闇族との戦闘に等しいため、合宿所は寮より戦闘意識が高まると言われている。

 降車も乗車と同じく、10人横隊の20列で成される。その10列目が降車口に消えたあたりで、冷気がヒヤリと首元を撫でた。俺は手を背中に回し、フードを被る。と同時にフードが自動でキュッと閉まり、頭部との隙間を無くした。アトランティスの繊維技術と縫製技術の粋を尽くした戦闘服のフードは被っても聴力をいささかも損なわないが、違和感は否めない。闇族と真冬に戦うこともあり、フードをこまめに被って慣れておくことが推奨されていた。

 降車口が近づくにつれ戦闘服の密閉度が増し、内部に温風が吹くようになった。温かな空気の層を戦闘服内に作り、防寒してくれているのだ。さっきのフードの密着化といい、こういうのを全自動でしてくれるこの星の服は凄いなあ、と暢気に考えていたのは完全な油断だった。なぜなら降車口に指しかかった途端、


「ッ!」


 あまりの絶景に足を止めそうになってしまったのである。

 俺は今、高度20メートルの場所にいる。その高さから視力20で前方を睨んでも、どこまでも続く真っ平な大地が広がっているだけ。草木がないどころか小石すらない、硬く踏み固められた茶色の大地が、数百キロ先の地平線まで延々と続いているだけだった。それでいて空は清涼極まりない青色をしており、湿度が低く空気が澄んでいるのだろう、青空を背景に数百の星が瞬いている。そんな光景が、突如眼前に現れたのだ。俺は足を止めなかった自分を褒めつつ、かつ目の前の光景を記憶に刻みながら、階段を一歩一歩降りて行った。しかし大地に着き、前列の生徒に倣って左へ進路を変え、階段を降りている最中は背後になっていた景色へ目をやるや、


「・・・・」


 ふと気づくと、俺は立ち止まっていた。自分を褒めたのは早計だった。降車口から見た光景を絶景と評したのも早計だった。この雄大さに比べたら、俺はただの塵芥ちりあくたにすぎなかった。一辺の細胞に至るまで、打ちのめされたのである。高さ8600メートルの峰が5500キロに渡って続いている光景の、そのあり得ない雄大さに。


 前世の孤児院で子供達に富士山の話をしばしばしていたからか、富士山に関するアレコレを生まれ変わった今も覚えている。その記憶によると、富士山の斜面の傾斜は山頂部で32度~35度だったと思う。超山脈の斜面の傾斜は、それより少し緩い30度。この角度になるのは標高1千メートル以上で、それ未満は勾配率0.05%という、傾きのほぼない平野が2千キロ先まで続いているという。また合宿所は標高1千メートル地点に建てられているため峰との高低差は7600メートルだが、それでも富士山の二倍の高さがあり圧迫感が半端ない。しかもそれが東西に見渡す限り続いているとくれば、立ち止まってしまう生徒が必ず出るはず。然るにそれを想定して隊列を組む必要があり、現にこの横隊は150センチ間隔で生徒を配置していた。その間隔のお陰で俺の後ろに生徒がいたとしても接触や渋滞はなかったと思うが、恥ずかしいことに変わりはない。前をゆく皆に「「「お~い翔、早く来~い」」」と声を揃えられたら尚更なのだ。顔を茹蛸状態にして、俺は皆を追いかけて行った。

 座学によると合宿所は、超山脈南麓に480棟、北麓に80棟あるという。隣の合宿所までの11キロという距離は、総じて目の良いアトランティス人にとって目視の容易な距離であり、「さっき見かけたアレがお隣だったんじゃね?」系の会話が方々で交わされていた。加えて年齢が上がると2分かからず11キロを走れてしまうことから、男女の境界だけは110キロの距離が設けられ、かつ多種多様な妨害措置が施されているという。それでも女子寮に近づこうとする猛者が、もとい馬鹿が決まって現れるというのだから、思春期男子はホントしょうもない。「平均すると毎年1人が、女子合宿所に近づこうとして逮捕される。正直あれは面倒だから、お前らは俺にあの煩わしさを味わわせないでくれよ」 10人の教官の代表を務める霧島教官が、そう言ってゲンナリした顔をした。1年間で延べ2730万人の男子が合宿所を訪れ、その中のたった1人だけが逮捕されるのに、霧島教官はその煩わしさを味わったことがあるようだ。俺が逮捕者にならなかったとしても、同じ合宿所にいたというだけで鈴姉さんと小鳥姉さんに白眼視される恐れがある。頼むから逮捕者なんて出ないでくれよ、と願ったのは想像以上に大勢いたらしい。食堂をザッと見渡したところおよそ10人に1人が、不安げな眼差しを周囲に向けていた。

 そうここは、合宿所の食堂。収容人数1千人の長方形の食堂は広大の一言に着き、長辺110メートル短辺80メートルといったところだろうか。朝食と昼食は学校ごとに摂るが、夕食はその規則が無くなるという。三年目くらいから夕食は完全なごちゃ混ぜ状態になるらしく、何気に俺はそれを楽しみにしていた。

 現在時刻は、午前8時10分。朝昼晩の食事時間と就寝時間は寮と同じだが、決定的に異なることもある。それは、「教官の許可を得れば5時間訓練が可能になる」だ。ただこれについては、あと20分と経たず俺自身が当事者になるので後回しにしよう。

 この合宿所は、脚力増進を主目的にしている。よって合宿所の訓練場は、想像を絶するほど広い。東西11キロ南北500キロの長方形、つまり5500平方キロが、一つの合宿所に割り振られた訓練場なのである。元日本人の俺は「関東平野の3分の1かよ!」と、驚愕したものだった。

 それはさて置き、諸注意と連絡事項を教官達が告げ終え、会合が終了した8時15分。


「翔、予定を決行するのか?」


 立ち上がった俺に、勇が座ったまま問うた。ふと周囲へ目をやると、同じ学校の奴ら全員も座ったまま俺を見つめていた。俺は勇に頷いたのち顔を上げる。そして同じ学校の野郎ども全員に、親指をグイッと立ててみせた。


「みんな、行ってくるぜ!」


 頑張れよ、に類する応援が一斉に放たれた。他校の奴らも何事かとこちらへ顔を向けている。ここは笑いを取るが最善と判断し、頭を掻きつつ右へ左へ「どーもどーも」とペコペコしたところ、爆笑が沸き上がった。続いて全員立ち上がり、俺を囲むように歩き始める。他校生の視線を遮ってくれたことを感謝しつつ100人規模の連れションを終えた俺は、食堂横の「ゼリー支給所」へ足を向けた。食堂に残っていた奴らの注目を浴びつつ左手首のメディカルバンドを操作し、3D映像の認定証を浮かび上がらせる。途端に轟いた「「「「マジかよ!」」」」の大合唱を聞かなかったことにして、ゼリー配布所の受付AⅠに認定証を見せた。


「霧島教官に許可を頂いています。ゼリー1食の支給をお願いします」


 ゼリーとは、2日分の栄養と栄養素をすべて含み、かつ消化吸収を30分で完璧に終えるよう作られた、人類軍の携帯食料。軍の正式な備品なため戦士でさえ戦争前の半年以外は原則使用禁止だが、合宿中に許可された生徒は、1日2食を上限に支給を認められていた。その許可証を手に取り首肯した受付AⅠが、「健闘を祈ります」との声と共にゼリー1食を支給口に置く。お礼を言って手に取ったゼリーを腰のポケットにしまい、俺はきびすを返した。

 広大な食堂にいる全員の注目を浴びていることを意識の外へ追いやり、教官専用テーブルへ足早に歩を進める。生徒用より数段豪華な10脚の椅子の中央に座る霧島教官の前で立ち止まり、直立不動で敬礼。続いて「失礼します、霧島教官殿」と述べた俺に、霧島教官が首肯。許可を得て、報告した。


「1千キロ走試験の事前試験である5時間走を、830より開始します」

「うむ、野戦食は持っているか」

「はい、1食支給して頂きました」


 ポケットからゼリーを取り出し、霧島教官に見せる。ゼリーも野戦食も、正式名称の「人類軍野戦食ゼリー」の略。教官達は野戦食の方をなぜか好んで使うがそれは置いて、


「空翔訓練生、やっと全力を出せるな。思いっきり突っ走ってこい」

「了解です!!」

500キロ走を、5時間走に訂正しました<(_ _)>

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