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「皆と円陣を組んでもいい?」
本物の戦争でこんな要領を得ない質問を上官にしたら、上官の右ストレートを頬に受けねばならぬはず。それは置くとして、俺の問いに美雪は一瞬目を見開くも、「良いよ」と許可してくれた。頷いた俺は、一列横隊の中央へ走る。そしてそこで、声を張り上げた。
「みんな、戦闘前に円陣を組むから、集まってくれ!」
幸い、9人の仲間はすぐ集まってくれた。10人で円陣を組み、1人1人と目を合わせつつ語り掛けてゆく。
「次の戦闘に限り、正面のゴブリンのみに集中し、普段と同じ戦闘をすること。皆、昨日の訓練を思い出せ。1対1なら、俺達はゴブリンに必ず勝てるんだ。自分を信じ、仲間を信じて、次は勝つぞ!」
「「「「オオ―――ッッッ!!!」」」」
美雪が助けてくれたのか、10人は完璧に声を揃えて「オオ!」と応じた。そして訓練場の北端へ駆けて行き、男女の伍それぞれで陣形を組んだ。美雪が「戦闘開始!」と命じる。俺達は前回とまるで異なる、腰の据わった足取りで歩を進めた。
林まで60メートルに差し掛かったとき、ゴブリンが現れた。俺達は一列横隊を瞬時に形成する。分隊長を務める女子の伍長の、気合の入った声が響いた。
「みんな、訓練を思い出して! 私達は、絶対勝てる!!」
「「「「オオッッ!!」」」」
さっき以上に揃った声が空気を震わせた。高揚した気分が胸にせり上がってくる。男子の伍長が、ここぞとばかりに声を張り上げた。
「俺達は声を揃えるのが巧い。なあみんな、全員で雄叫びを上げながら突進しないか!」
「いいね!」「賛成!」「ッシャー、燃えてきたぜ~~!!」
みんなノリノリで応じた。そんな俺達をゴブリンが律儀に待ってくれているのは、間違いなく美雪の配慮。戦いにおいて負け癖がつくのは、凄まじく危険。よって俺達の準備が整うまでゴブリンが待ってくれるというあり得ない状況を作ってでも、負け癖が付かないよう配慮してくれたのだ。それをありがたく享受し、
「全員、突撃!!」
「「「「ウオオオ―――ッッッ!!!」」」」
俺達は雄叫びを上げつつゴブリンに突撃した。声の限りに叫びつつ敵に走っていくこの光景は前世のフィクションでさんざん見たが、実際にしてみると効果覿面だった。恐怖が明らかに減ったのである。それを実際の戦争で体験した人がフィクションに盛り込んだというのが、真相なんだろうな。
などと頭の隅で考えているうち、正面のゴブリンが俺の間合いに入った。俺はゴブリンの左足首目掛けて宙へ跳びこみ、それを切断。受け身を取り素早く立ち上がり、次は無音走りで突進。ゴブリンを含む闇族の最大の急所である仙骨を、見事断ち斬ってみせた。
油断せず素早く立ち上がり、皆が戦っている西側を視界に納める。右隣の仲間も戦闘を有利に進め、5秒経たず勝利した。その頃には生き残っているゴブリンは2体だけになっていて、その2体もほどなく地に沈む。男女の伍長が大声で息もピッタリ問うた。
「「負傷者はいるか!」」
伍の仲間1人1人を改めて確認する。副伍長が「負傷者なし!」とまず答え、続いて「周囲に敵なし!」と報告。10人全員で美雪に体を向けた。それを受け、
「我が分隊の、勝利!!」
美雪が高らかと宣言。俺達は一斉に天へ吠え、喜びに浸ったのだった。
――――――
その後、全員で戦闘分析をした。皆で意見を出し、得られた教訓の重要度に順位を付けていく。こうして決まった一位から三位までを、分隊長が発表した。
「得られた教訓を、重要度の順に三位まで発表します。一位、死にたくないなら突撃で落後しない。二位、突撃で落後しない最も効果的な方法は、仲間と一緒に雄叫びを上げること。三位、普段どおりにすれば、ゴブリンに必ず勝てる。なぜなら我々はゴブリンに勝つ方法を習得したからこそ、ここにいるからだ。以上です」
盛大な拍手が沸き起こった。それを分隊長は「どーもどーも」とノリ良く受け、爆笑が立ち上る。もちろん俺も、腹を抱えて笑った。
余談だが、突撃と突進を俺達は区別することにした。突撃は雄叫びの義務を有するのに対し、突進に義務は無いとしたのだ。ゴブリンの背後で行う無音ダッシュが、突進の好例だろう。せっかく音を消しているのに大声を出したら、台無しだからね。
発表後は休憩を兼ね、皆で車座になって雑談した。各自が固有の面白ネタを持っていて、メチャクチャ盛り上がった。でもこうして皆と楽しい時間を過ごせているのは、皆を創造した美雪の計らいだよな。ボッチの俺のコミュ力を、心配しているんだろうな・・・・
休憩後、ゴブリンに二回勝ち、連勝記録を3にした。一勝目のようにゴブリンが待ってくれる等の不自然なことは一切なく、かつ負傷者ゼロの3連勝だったのでそろそろ動きがあるかなと予想していたところ、やはりあった。
「翔、次から伍長になりなさい」
美雪が唐突に、そう命じたのである。幸いみんな良いヤツだし、またさっきの休憩で打ち解けていたため、次から伍長を務めますよろしくお願いしますとフレンドリーに挨拶しただけで受け入れてもらえた。しかしリーダー交代が、現実でもこのようにスンナリ運ぶなどと考えてはならない。訓練の一環として伍長を持ち回り制にするのが恒例だったとしても、心もそれに従うとは限らないからだ。特に嫉妬を軽んじるのは、いかなる状況だろうと厳禁。人とは、そういう生き物だからね。
もっとも今日の訓練に、伍長の持ち回り制はない。訓練の過程が進み、集団戦の物理面を習い終えれば、リーダー交代によってグループ内に生じる心理的問題への実地訓練として伍長の持ち回り制が採用されるかもしれないが、今日は訓練初日。集団戦の物理的特徴を学ぶことを、主目的にした日なのだ。俺が一列横隊の左端に配置されたことにも、それが作用している。すべてのゴブリンが右利きの場合、一列横隊で最も安全なのは、左端だからだ。したがって、こう予想したのである。集団戦の3連勝をもって俺は左端を卒業し、次はもう少し危険な場所に配置されるんじゃないかな、と。
この予想は、半ば当たり半ば外れた。当たったのは、3連勝で配置換えされたこと。外れたのは、もう少し危険な場所ではなく、最も危険な場所にいきなり配置されたことだ。ゴブリンは一番強い者がリーダーになり、そしてリーダーは集団の中央に必ずいる。それに対応すべく、分隊も中央に伍長を配置して一列横隊を成す。男子の伍は陣形の右後方を伍長の定位置にし、女子の伍は陣形の左後方を伍長の定位置にすることで、一列横隊時に二人の伍長が中央に来るよう工夫しているのだ。
ゴブリンのリーダーと副リーダーも、定位置を持つことが知られている。4戦したゴブリン10体もそれに準じ、こちらから見て左から五番目がリーダーで六番目が副リーダーだった。そしてこのリーダーの位置は対面すると、俺の正面になるのである。拒否したいのが本音でも、これは絶対に避けて通れぬ道。ならば、全力を尽くすのみ。そう覚悟を決めたのが良かったのかある閃きを得た俺は、美雪に「了解です」と応えたのち素早く挙手し、
「先の4戦で伍長を務めた亮介君に、リーダー戦における注意点を尋ねても良いですか?」
と問うた。美雪は厳格な表情を保ったまま許可を出すも、俺が亮介君へ歩を進めるなり満足げな笑みを零した。まったくもって、良き姉である。
亮介君に教えてもらったところによると、ゴブリンリーダーは油断さえしなければ十分勝てるという。ただ戦闘が長引くのは避けられず、そして長引いた際に最も注意すべきは、『両隣のゴブリンの位置』だと亮介君は強調した。「翔君は特にそれが重要だな」と付け加えた彼は、まこと正しかった。一列横隊の左端しか経験していない俺は、対面するゴブリンの右隣のゴブリンにのみ気を配ってきたからである。予想を超えて厄介なことにやっと気づき、再び挙手した。
「リーダー戦に僕が慣れるまで、亮介君に僕の左隣を頼むのは可能ですか?」