表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/535

6

「寂しさより、貴重な学びを得られた嬉しさの方が大きい。それを教えてくれたのが母さんで、しかも十日経てばまたこうして会えるのだから、嬉しさの方が比較にならないほど大きいって俺は断言できるよ。母さん、今日はありがとう。十日後を、首を長くして待っているね」

「優しい息子が頼もしい息子に成長していく様子は、胸をポカポカにしてくれるのね。母さん嬉しいわ」


 母さんは胸に両手を添え、目を閉じる。幸せをかみしめるその姿に、成長が一番の恩返しになると悟った俺は、どこまでも成長することを心の中で固く誓ったのだった。


 ――――――


 翌5月1日は、四人の女子の優しさに助けられた日となった。

 午前10時開幕の初挨拶に臨んだのは、男子198人と女子196人。男子の二人の欠席者と女子の四人の欠席者は、生涯の伴侶を孤児院で見つけた生徒達だった。そうつまり俺と勇が欠席すれば男女が同数になることは、事前に判っていたのである。それを知ったさい、『ごめんなさい・・・』と消え入るような母さんのテレパシーが届いたので、平気だから気にしないでと返しておいた。前世で中間管理職だった俺は、同じく中間管理職の母さんの苦労を察することが出来たんだね。なるほど母さんは昨夜、創造主と俺の板挟みになっていたんだな、と。

 260万の子供達のほぼ100%が伴侶に出会うよう学校を振り分ける作業には、創造主も関わっていると思われる。つまりこの初挨拶で余り者になるのは俺と勇の二人だけなことを母さんと創造主は事前に知っており、いたたまれなくなった母さんは昨夜ああして俺に会いに来たが、中間管理職ゆえに口を閉ざすしかなかった。そう仮定すると昨夜の母さんの情緒不安定さを説明できると共に、創造主が語りかけてきたことも説明できる。語りかけることで学校振り分けに自分も関わっていることを暗示し、母さんだけを俺が責めぬよう配慮した。おそらく、こんな処だろう。俺としては、中間管理職の母さんをきちんと気遣ってくれただけで文句は無い。けど勇のフォローは、俺がちゃんとしないとな。

 といった感じに、この初挨拶の裏事情を史上初めて知った参加者としてほぼ間違いない俺は、俺と勇の二人だけが不成立になる出来レースに臨んだ。裏事情を知っていたので96人の女子に囲まれても本物の笑顔で対応できたし、その96人が嘘のように消えても俯かない自分を保っていられた。勇も女子の対応に疲れただけで心に傷を負った気配はないし、出来レースの件は水に流すとするか。そう思っていた俺の耳朶を、


「「「「こんにちは~~」」」」


 女の子たちの華やかな声がくすぐった。顔を向けた俺の目に、補助スタッフと書かれたボードを首から下げた四人の女の子が映る。意図は分からずとも「こんにちは」と返し、その声が自分でも驚くほど優しかったのはなぜかな、などとメンドクサイ男子を全開で貫いていたところ、四人がトテテとこちらに小走りでやって来た。そして代表とおぼしき子が、人差し指を口に当てて「ナイショですよ」と囁き、補助スタッフになった経緯を話してくれた。

 それによるとこの子たちは、俺と勇が初挨拶に出席した動機を、冴子ちゃんから内緒で聞いたという。この子たちは心根がとても優しいのだろう、俺と勇を取り囲んでいた女子が嘘のように消えても傷心せぬよう、初挨拶が終わるまで四人で俺達のそばにいることにした。それを知った冴子ちゃんは補助スタッフというボランティアがあることを説明し、これぞまさしく自分達が求めていたものと判断した四人は備品置き場からボードを発掘して、「こうして首に下げて来ました」との事だったのである。その優しさに俺はいたく感動し、「こんなに優しい女の子の眼鏡に叶った男子は、さぞいい奴らなんだろうね」と本心を告げたところ、「「「「はい!」」」」と大輪の花のような笑顔を四人は浮かべた。優しい娘たちが幸せそうにしているのは、すこぶる良いもの。俺は嬉しくなり、そのお陰か会話が自然と盛り上がり、すると勇も無理なくそれに乗っかって、俺達六人は非常に楽しい時間を過ごした。そうこうするうち四人の女子のメディカルバンドが鳴り、


『196組のカップル成立。不成立の女子無し』


 との2D文字が投影された。俺達六人が喜んだのは言うまでもない。それを合図にしたかのようにファンファーレが響き、広場上空に巨大なくす玉が現れた。全員の視線を集めたくす玉が割れ、「おめでとう!」の垂れ幕と無数の花吹雪が宙を舞う。広場は拍手に包まれ、そしてその拍手が鳴りやんだのをもって、初挨拶は終了したのだった。


 四人の女の子にお礼を述べ、勇と並んで男子寮へ歩を進める。ちなみに男子寮へ歩を進めているのは、俺ら二人のみ。196人の男子は広場に残り女子とのおしゃべりに夢中だったが、空元気ではなく俺達は元気だった。これは最初から分かっていたことだし、四人の女子の優しさにも触れられたしね。

 三十分振りに戻って来た101号室には誰もいなかった。この無人状態が夕方まで続くのはほぼ間違いなかったため冴子ちゃんにメールを送ったところ、快く了承してもらえた。椅子三脚を正三角形に配置した唯一の空席に、シュワ~ンという効果音と共に冴子ちゃんが現れる。そのとたん勇が「冴子様・・・」と感極まり、俺は苦笑しただけだったが、冴子ちゃんは想定外の対応をした。椅子の向きを変えて勇に正対し、上体を前方に若干傾け、真面目顔で勇を諭したのだ。


「勇君、私はただの量子AIなの。勇君が生涯の伴侶と出会うことを、私は心から望んでいる。それが私なんだって、どうか理解して」


 感極まっていた勇は一転し失意のどん底に叩き落されるも、そこはさすが勇。十秒かからず復活し、力強い眼差しで「はい」と応えた。冴子ちゃんはニッコリ笑い、続いて目を閉じ瞑想を始める。それを突飛な意味不明の行動と感じないのは、冴子ちゃんが類まれな美少女だからだ。容姿を比べるのは失礼と解っていても、冴子ちゃんを深紅の薔薇とするなら、広場に集まっていた200人の女子は薔薇を引き立てるカスミソウと言わざるを得ない。幼馴染として俺の感覚が麻痺しているだけで冴子ちゃんはそんな、隔絶した美少女だったんだね。その美少女に、


「再来月、勇君に出会いがある。勇君、覚えていてね」


 と手をギュっと握られたのだから、堪ったものではなかったのが正直なところだろう。けどそこは、いわゆる惚れた弱み。親友の俺ですら見たことのない鷹の如き眼差しで、勇はくっきり頷いていた。

 次いで、冴子ちゃんをここに呼んだ本命の目的に移った。目的は二つあり、うち一つ目のお礼を勇と声を揃えて述べた。


「「冴子ちゃん、補助スタッフの件ありがとう。優しい子たちに、救ってもらったよ」」


 どういたしましてと、冴子ちゃんはここに来てから一番のニコニコ顔になった。あの四人を大切に思う気持ちが、冴子ちゃんをこうも笑顔にしているに違いない。そんな内面の美しさを勇に見せるのは残酷な気もするけど、当の勇が尻尾を千切れんばかりに振っているので問題なしとし、俺の独断で二つ目に移らせてもらった。


「それでね冴子ちゃん、あの子たちにお礼をしたいんだ。たとえば無料バスが出ている翠玉市の、人気ケーキ店のケーキをプレゼントしたら、喜んでもらえるかな」


 そうこれが、冴子ちゃんに来てもらった二つ目の目的。女子へのお礼のプレゼントにケーキは定番だけど、男子の知らない女子寮の掟的なものもあるかもしれない。また翠玉市の人気ケーキ店はデートの定番でもあるため、初デートの感動を損なわぬよう遠い都市のケーキ店にすべき等々があれば、冴子ちゃんにアドバイスしてもらいたかったのだ。それは見事当たり、


「あの子たちにとって今日は、初デートの日でもあるの。人気ケーキ店を予約しているって瞳を輝かせていたから、エメラルドシティ以外のお店をお勧めするわ」


 との事だったのである。ちなみにエメラルドシティは、元地球人にだけ通じる俗語。冴子ちゃんは元地球人ではないけど、800歳以上という年齢もあって知っていたのだろう。といった具合に俺はサラッと聞き流せたが、


「エメラルドシティって、冴子さんも地球出身なんですか?!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ