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その直後、俺は自分の間違いを悟った。6歳の母さんの破壊力は半端なくとも、それはしょせん地球の兵器でしかなかった。そう所詮、しょぼい地球のしょぼい兵器でしかなかった。それに対し、今俺の目の前に立っている6歳の美雪は、全宇宙屈指の最終兵器だった。7年前に一度だけ聴いた、全盛期のアトランティスが建造した最高傑作の攻撃型UFOが、6歳の美雪だったのである。
「なによその、しょぼい地球のしょぼい兵器って。母さん傷ついたんだけど」
「そうそうそれなんだけど、俺はマザコンじゃなかったよ」
「ん? どういうこと。あっ、もしや!」
「うん、同じ土俵に立ったら、俺を虜にしたのは断然美雪だった。圧倒的1位が美雪なんだから、俺はマザコンじゃないって確信できたんだ」
「・・・・伏せてたけど私の父は、黄金種族の王太子だったのよね」「え?」「その王太子が、アンティリアの花と謳われた少女に、一目惚れしたの」「えっ!」「でも王は二人の結婚を許さず、父は太子を降りる宣言をした。慌てた宰相が、『とりあえず娘に会ってみましょう』と王に勧めてくれてね。そして謁見の間で、アンティリアの花を一目見た王は、王太子を褒めたの。『よくぞこの娘を我が元に連れてきた。この娘を迎え入れた我が王家は、更なる輝きを得るだろう』ってね」「ええっ!!」「そのアンティリアの花が、私の母。そして私は、アンティリアの花の再来として、地球全土にその名を轟かせた。その頃の私を、翔の前に映すわ。翔、己の浅慮を呪いなさい!」「ヒエエ! それだけは、それだけは許してください~~!!」
美雪の圧倒的1位が揺らいでしまうと直感した俺は、平謝りに謝った。それでも母さんは許してくれず映像を出そうとするも、すんでの処でそれは回避された。なぜなら、
『仲良き母子は美しいが、あまり息子をからかうでないぞ、旭』
と、創造主が語り掛けてきたからだ。それはテレパシーと同種の一瞬の意思だったが、太陽光のすべてを針の先に集約した光でなされた光通信のようであり、肉体でそれを受信したら体が気化して蒸発したとしか思えない、超絶高エネルギーの意思だったのである。したがって俺は反射的に平伏し、母さんは平伏こそしなかったものの頭を深く垂れ、反省の意を示していた。そんな俺達に超絶高エネルギーの愛を注ぎ、創造主は本来の次元に戻って行った。
平伏を解き、母さんに顔を向ける。目を合わせるや、二人並んで親に叱られた感覚が胸に広がり、そろって吹き出した。それはなんとも心地よい瞬間で、母さんと俺の間にある巨大な成長差がその時だけは消え失せ、ただの母子として一緒に笑い転げていた。それを心ゆくまで味わい満足してから、母の名を呼んでみた。
「母さんは、旭お母さんだったんだね」
旭お母さんと呼ばれて照れたのか、「えへへ」的な可愛い笑みを母さんは浮かべた。次いで遠くを見つめ「これを口にするのは5万年ぶりね」と懐かしげに呟き、アトランティス本国の思い出を聞かせてくれた。
それよると、黄金種族の王族は太陽に因んだ名を王から授けられる習わしがあったという。その儀式の場に赤子の母さんが連れてこられ、母さんのローズブロンドの髪を見た王は「まるで朝日のような赤だ」と頬をほころばせた。それにちなみ、旭になったとの事だったのである。パチパチパチ~~と拍手した俺に母さんは益々照れ、「旭お母さん可愛い~」「もう、母親をからかわないの」とのやりとりがほのぼの交わされる。そしてそのほのぼのさを区切りとして、
「じゃあ、講義を再開しようか」
「了解」
俺達は講義を再開したのだった。
まず母さんがしたのは、俺の推測に点数を付けることだった。6歳の姿で抱き着いてきたから予想はついたが、やはり緊張するもの。太鼓の楽団を創造しドコドコドコ~と演奏させるという、元王女様を彷彿とさせる贅沢な演出によって発表されたそれは、「100点満点!」だった。ガッツポーズをして雄叫びを上げた俺に、母さんはコロコロ笑う。それをもって、剣の譬えを理解するために必須となる三つの知識の最後に、講義は移った。
「剣の譬えの実例一歩手前とでも呼ぶべき出来事が、新約聖書にはちゃんと記載されているわ。翔、わかるかな?」
しかし悲しいかな、残念息子の俺は期待に応えられなかった。よってヒントを請うたところ、「活発な姉と控えめな妹の話ね」と返ってきた。どの福音書の何章で誰が登場するか等々は不明でも、概要だけならボンヤリ思い出せたので、記憶を整理しつつボンヤリを言葉にしてみた。
「イエスが、誰かの家で教えを説いた時の話だったと思う。その家には活発な姉と控えめな妹がいて、姉はイエスの教えを聴くより客をもてなすことを優先し、台所で働いていた。一方妹はイエスの足元に座り、教えを熱心に聴いていた。その妹を、姉が叱った。女の仕事は客人をもてなす事なのにそれを怠ったと、妹を叱ったんだね。その様子を見たイエスが・・・・・なるほど、剣の譬えはそういう意味だったのか!」
実例一歩手前、との言葉のお陰で全てが繋がった俺を、今度は母さんがパチパチパチ~~と拍手する。ど~もど~もと笑顔で応え、繋がったことを俺は発表した。
「妹を叱る姉に、イエスは説きました。『最も大切なのは、宇宙法則を理解し習得して、人々のために役立てること。その道を進み始めた妹を、妨げてはならない』 そう諭された姉は、矛を収めました。それを実例一歩手前とすれば、全てが繋がります。仮にイエスが早々に家を離れその場にいなかったら、妹は姉と敵対したはずです。イエスの教えを聴いた妹は、女の仕事より重要な仕事が人にあることを理解していましたから、姉の主張を拒否しました。しかしイエスの教えを聴いていなかった姉には、それが解りませんでした。大聖者の教えを聴くより世俗の義務を優先した姉は、妹の説く宇宙の真理より、女の義務や姉妹の長幼を重視するよう妹に強いたんですね。よって妹と姉は敵対することになり、そしてそれはイエスの説いた『子と父を、娘と母を、嫁と姑を戦わせるために私は来た』に沿います。もちろんその戦いは、母さんが教えてくれた『従軍と地球卒業の関係』と『血肉は物質を指していない』に基づいて、なされるんですけどね」
剣をもたらすために来たの剣は、物質の剣ではない。また非物質のその剣は、俺が思うにイエスの教えでもなければ、イエスへの信仰でもない。イエスの教えの正しさを「理解した心」が、剣の譬えの剣と俺は思うのだ。
しかもその剣によって行われる戦いは、「従軍と地球卒業の関係」に沿ってなされる。戦争に参加しても略奪等のネガティブを決してせず、高潔な心で誇り高く戦い、たとえ敵に殺されようと敵を恨まず、穏やかな心で逝く。これに沿い、父や母や姑という社会的立場が上の人達と、戦うのだ。
戦う相手の社会的立場が自分より上なのは、心の成長した者は少数派だからに他ならない。一般大衆が盲目的に信じている社会常識の間違いを理解できるのは、心の成長した少数の人達しかいない。然るに一般大衆は正しさを理解できず、少数派こそが間違っていると糾弾する。その糾弾が誤りであろうと、ネガティブを決して行わず高潔な心で誇り高く戦い、たとえ命を失おうと恨みを抱かず穏やかに逝く。そんな、生半可な覚悟では絶対不可能な戦いを、剣の譬えとしてイエスは説いたのである。
そう話し終えた俺に、
「うん、またまた100点満点」
母さんは再び満点を付けてくれた。けどその笑みが満点ではなく、寂しさをちょっぴり漂わせているのは、俺達が遠慮のない母子になれた証拠。この講義がもうすぐ終わることを素直に寂しがる母さんへ、俺も素直に告げた。




