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なるほど、と達也さんは膝をポンと叩いた。続いて「そういえば小鳥に、探りを入れられたことがあったな」と遠い目をした。霧島夫妻の長男が戦士養成学校に合格した際、小鳥さんに「初挨拶に関するアドバイスはないの?」と訊かれたそうなのである。「翔、女は怖いなあ」「ですよねえ」 二人そろって身震いしたのち、達也さんの説明は次に移った。
「対面する200人の女子のたった一人に目が釘付けになったというのは、俺にも雄哉にもない。ただ男にも、そういう奴が少数いたのは確かだ。入浴中の赤裸々話でそう語っていたのは、全体の一割程度な気がする。一方小鳥と鈴音さんは、釘付け組だった。俺達の方に真っすぐ歩いてくる二人を見た瞬間、この四人の付き合いは生涯続くって思ったよ」
スゲ~っと俺は盛大に拍手した。達也さんは白い歯をキラッと輝かせ、親指をグイッと立てる。そして小鳥さんとのノロケ話を少し教えてくれてから、達也さんは真顔になって切り出した。「俺と小鳥が助言できるのはここまでだ。翔、どうする?」と。
正直、わからなかった。俺と勇にも達也さん達と同じ未来があるのかもしれないと思うと、初挨拶の日が待ち遠しくてならなくなった。けどその一方、そんな事にはならないという確信じみた思いが、心の深い場所にあるのも事実だったのである。それら相反する二つの感情を正直に打ち明けたのち、ふと思い尋ねてみた。
「先日風呂場で、フリチ〇水しぶきの刑が執行されたのを、達也さんは知ってますか?」
「知らないワケない。抜け駆けして女子と仲良くなった奴が、いたんだろ」
同い年の男子のようにニヤリと笑った達也さんに、胸を撫でおろした。ああよかった、知らなかったら俺がチクった事になったからな。
「はい、そうです。そのとき聞いたのですが、俺に興味のある子は一度話し掛けてみて、見込みがなかったらキッパリ諦めるという取り決めが既に成されているとの事でした。俺はさっき打ち明けたように女性経験皆無ですから、見込み無しと判断され一人残されたとき、果てしなく落ち込む気がします。それは置くとして、達也さんの寮にも女子に囲まれたのに全員が去って行ったという人は、いましたか?」
「翔、お前な・・・」「はい、どうかしましたか?」「う~ん、翔が成人していたら雄哉も誘って、三人で酒を飲むんだがな」「うわっ、めっちゃ憧れます! いつかぜひ誘ってください!」「うむ、それなら任せろ。男同士で飲み明かそうな」「はい!!」
てな具合に、漢の付き合いに誘ってもらったことが嬉しくてならず尻尾をブンブン振っていたのだけど、その後がヤバかった。奈落の底へ、突き落されたのである。
「初挨拶後に、男子達の間で囁かれることなら、伝統じみたものが男子寮にもある。それは『今年も該当者がいたそうだぞ』というヒソヒソ話だ。大勢の女子に取り囲まれた男が、称賛と嫉妬の両方を集めるのは仕方ないと言える。よってそいつは、自分の情報が孤児院や学校時代のネットワークに流れ、全男子に知れ渡ることを覚悟せねばならない。またそいつはなぜか初挨拶時に、運命の女子に高確率で巡り合わないらしいんだよ。それを『今年も該当者が』とヒソヒソ話することなら、半ば伝統になっているのは事実だな」
そう教えられた時点でヘタレの俺が、果てしなく落ち込んだのは言うまでもない。それは教官歴四十余年の達也さんをして「医療AI、翔は大丈夫か!」と叫ばせるほどだったのである。体は大丈夫でも精神疲労が半端なく、3Dで急遽現れた医療AIに、保健室で休むことを勧められた。それが最善と同意した俺は呼吸法と太陽叢広げと松果体集中を駆使し、保健室へ自力で歩いて行ける精神力をどうにか確保する。そして達也さんに付き添われて保健室のベッドに辿り着くや布団に潜り込み、午後7時半ちょいという時間にもかかわらず、そのまま寝てしまったのだった。
――――――
翌、午前3時38分。
睡眠を8時間取ったのだろう、俺は自ずと目が覚めた。そして時刻を確認するなり瞼を閉じ、午後7時半ちょいに寝てしまったことへの考察を始めた。昨夜は舞ちゃんのメールを受け取る日だったのでそれはセーフ。達也さんとの面接前に口を漱いだだけだから歯は磨くべきだが、訓練後のシャワーで体をしっかり洗ったためそっちはセーフだと思う。勉強時間を少しも持てなかったのは、正直悔やまれる。湾曲した空間を間近で見たさい、相対性理論における重力の定義が間違っている直感を得た俺は、その考察に励んでいたのだ。う~んでも、少なくとも今は諦めるしかないか・・・・
きっぱり諦め、ベッドの上体を起こした。と同時に、保健室の明かりが付く。俺の心身が回復したことを、医療AIが認めたということなのだろう。左手首のメディカルバンドを口元に持ってきて、心配かけてしまったことを美雪に詫びる。「最初に連絡してきたから許してあげる」との返事に、大きな安堵の息が自然と漏れた。
美雪に頼み、未読メールを表示してもらう。舞ちゃん以外の未読メールが十数通あり、その全てが俺を気遣う内容だったことに目頭を押さえた。短くとも心を込めた返信を、一通一通したためていく。それを終え、医療AIにお礼を述べて保健室を去った。101号室に戻り、歯磨きセットを手に取って洗面所へ向かう。神話級の健康スキルのお陰か口内のネバつきはなくとも、油断禁物だからね。
歯磨き中に今後の予定が定まり、それを消化すべく101号室に戻る。そしてベッドに身を横たえ、俺は意識投射した。
講義に出席する以外でも、意識投射を自由にして良いことになっている。しかし心の未熟さ故に悪用してしまわぬよう、俺はそれを避けてきた。唯一の例外は、猫の大集会に出席したこと。今日の意識投射に猫集会は関係ないが、二度目の例外にすることをさっき決意した。その決意のもと、食堂にテレポーテーションする。そして虎鉄の前に座り、虎鉄の首元を掻きつつ呼びかけた。「虎鉄、相談に乗ってくれるかな」と。
「疑問形なんて使うにゃ、水くさいにゃ」
漢気溢れる返事をした虎鉄はしかし、明らかに眠そうだ。しかしそれを口にしたら、虎鉄を信頼していない事になってしまう。ならばせめて短時間で終わらせようと、単刀直入に訊いた。
「俺の番が隣の女子寮にいるって、虎鉄は思う?」
「思わないにゃ。鈴姉さんの孤児院の雌猫と雌犬は、翔の番は舞ちゃんだって全員言い切っていたにゃ。おいらはそれが、どうしても納得できなかったにゃ。でも大人になった冴子ちゃんを見るなり、納得できなかった理由が解ったにゃ。冴子ちゃんが隣の寮にいたら、番は冴子ちゃんと自信をもって答えるにゃ。美雪姉さんは人間だったころがなくて断言できないけど、性格限定なら美雪姉さん一択にゃ。鈴姉さんは理想のお姉さん、星母様は理想のお母さんにゃ。鈴姉さんと星母様はいつもとっても優しくしてくれて、おいら大好きなのにゃ」
鈴姉さんと母さんが虎鉄をとても可愛がっていたのは、知らなかった。胸の中で手を合わせ、二人にお礼を述べる。すると胸がポカポカしてきて、「今年も該当者がヒソヒソ」による心の傷を完全に癒してくれた。その健康な心で自分を客観視したところ、焦らずじっくり考えろ、との言葉が自ずと浮かんできて笑ってしまった。初挨拶まで18日もあるのに俺はなぜこうも焦っていたのか、と。
「焦り過ぎてたって自覚できたよ。虎鉄、ありがとう」
「気にするにゃ、じゃあおいらは寝るにゃ」
「うん、お休み」
虎鉄の首元を掻いているうち、規則的な寝息が聞こえてきた。胸の中で今一度、虎鉄にお礼を述べる。そして101号室へ、俺はテレポーテーションした。
結局それから肉体に戻り、5時まで勉強した。それは大正解だったらしく、重力は空間の湾曲ではないという考察が非常に捗ってくれた。といっても重力の真相は、まだまったく解明できていないのが実情。ただ、地球で便宜的に用いられている重力子を「あれも違うよ」と直感が囁いているから、その線で進めてみようと考えている。




