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 ひ孫弟子候補の講義には、初参加者がいたら全員一緒に空を飛んで帰宅するという恒例行事があったけど、それはひ孫弟子候補のみのことらしい。とはいえ禁止する規則もなく、そして今日は深森夫妻と霧島夫妻と俺の計五人が同じ方角だったので、五人仲良く空を飛んで帰った。鈴姉さんと小鳥さんがやたら懐かしがっている内に到着してしまい、生身の体だったら皆でお茶できたのにと二人に悔しがってもらえたことへ、ほろりとせずにはいられない俺だった。

 けどそれと、夫婦の時間を邪魔するのは別。俺のためにこれ以上時間を割かせてはならぬと思い、四人に暇乞いをして寮に帰ろうとしたところ、「俺も一緒に帰るぞ」と霧島教官に呼び止められた。彼女いない歴イコール年齢を前世と今生の区別なく貫いている俺に、夫婦の胸の内はわからない。けど、小鳥さんがちょっぴり寂しげにしている事なら痛いほど判る。よってこれも良い機会なのかもしれないと覚悟を決め、本音で話した。


「えっと、小鳥姉さんに悪いので辞退します」「翔は勘違いしてないか? 俺は二カ月に一度は帰宅しているぞ」「二カ月に一度なんて、寂し過ぎるじゃないですか!」「そ、そうなのか小鳥?」「はあまったく、あなたってホント昔から変わらないわね」「うん、達也君は鈍感」「達也スマン、こればかりは擁護できない」「な、なんだって~~!!」


 意外や意外、霧島教官は四人のイジラレ担当だったらしい。深森夫妻が連携を駆使して霧島教官を責め、霧島教官は小鳥さんに平謝りし、小鳥さんは平謝りする夫に満更でもない気配を漂わせていたのだ。顔前で繰り広げるそのほのぼのとした光景に、胸に微かな痛みが走った。俺と勇にも、こんな未来があるのかな、と。

 結局、寮へは俺一人で帰ることになった。四人に謝意を述べ、手を振って後ろ向きに上昇しつつ高度を上げていく。俺と勇の未来は分からずとも、四人が俺の憧れなのは分かる。憧れの人達へ最後に大きく手を振り、俺は寮へ帰って行った。


 眼下に寮を捉え、高度を下げていく。ただし向かったのは101号室ではなく、食堂。建物をすり抜けて食堂に降り立った俺は、申し訳ないと思いつつ虎鉄の前に座った。そして虎鉄が最も喜ぶ首元を、恐る恐る掻いてみる。虎鉄は目を閉じたままだったが、それでもはっきり判るニコニコ顔になった。俺は安堵し、虎鉄の頭や肩を次々撫でていく。普通のニコニコ顔を極上のニコニコ顔にし、撫でられるがままになっている虎鉄を見ているうち、胸の痛みは跡形もなく消えたのだった。


 ――――――


 翌日の朝食後、霧島教官に面会を申請した。予備役兵でもある教官には、戦闘力を維持する義務がある。山岳に特化した戦闘には、疲労甚大な訓練が必須と言われている。教官としての仕事ももちろんあり、生徒の相談に乗り適切な指導を施す義務もあるため、当たり前だが教官は暇ではない。教官と副教官のどちらか一人は自らの訓練もしくは生徒の指導に励んでおり、したがって教官が教官室で過ごす時間は半ば休憩時間なのだと俺は美雪に教えられた。教育担当AIには、こういう役目もあるんだね。

 かくして霧島教官に面会を申し込んだところ、今日の夕食後ならいつでも良いとの返事をもらえた。ヤバイ、それってプライベート時間じゃないか! と今更気づいた俺は、己のダメっぷりに深い溜息をついた。

 そうこうするうち夕飯が終わり、口をすすぎ身だしなみを整えて教官室を訪ねた。教官に続き、隣接する面接室へ足を踏み入れる。本物の軍隊ではまだないからか、木を多用した面接室には落ち着いた雰囲気が漂っていた。生徒用の椅子も大きく、座り心地を期待できそうだ。その椅子へ着席を命じられた俺は、教官が腰を下ろすのを待ち腰を下ろした。「今は訓練時間ではない。俺も楽にするから、翔も楽にしてくれ」 そう言って柔らかな気配をまとった霧島教官に、俺も緊張を半分解いた。半分なので背もたれに寄り掛かかったりせず、背筋を伸ばしたままだったけどね。そんな俺を面白そうに見つめていた教官は、さすが教官なのだろう。俺の面接の目的を、一発で当ててみせた。


「招待されたからと言って、深森夫妻の家を5月1日に訪ねていいのか。俺への相談は、それかな?」


 見事でございますとヘイコラ頭を下げた俺に、教官は豪快に笑った。次いで真顔になり、親友の夫婦に適切な気遣いをした俺へ、教官は真摯に礼を述べてくれた。教官という役職や年長者という社会的立場を超えて、達也さんは同じ男として信頼できる人。そう確信した俺は、前世を含んで女性経験が皆無なことを打ち明けた。


「俺は前世で結婚しなかったどころか恋人もいませんでしたし、その手のお店に行ったことすら生涯ありませんでした。ですから12年ぶりに再会した雄哉さんと鈴姉さんの家を、再会から一か月が過ぎたからと言って訪ねてよいのかが、俺にはまるで判らないんです。また5月1日は、男子寮と女子寮の初めての合同挨拶日なこともとても悩んでいます。昨日までは欠席するつもりでしたが、昨夜の霧島夫妻と深森夫妻を見ていたら、俺にもこんな未来があるのかもしれないと思ってしまったのです」


 昨夜の胸の痛みが蘇り、俺は胸を押さえた。その両肩を、中腰になった教官がビシバシ叩く。とても新鮮、かつ男同士の付き合いをしてもらえた気がしてニコニコしていたら、胸の痛みが自然と消えていた。教官は最後にひときわ強く肩を叩き、「その両方について小鳥の伝言を預かっている」と付け加えて椅子に座った。


「まずは、隣に住む深森夫妻について。小鳥がメールに書いてくれたところによると、小鳥ですら隣家をまだ訪れていないという。雄哉と鈴音さんが心から自分を招待していると解っていても、新婚生活を取り戻したかのような二人の様子に、絶対無理と断り続けているそうだ。二人は今日からの十日間を旅行に充てていて、小鳥の勘によると、帰って来たら家を訪ねられる気がしているらしい。『今月下旬になったら勘の正誤を報告する、つらいだろうけど待っててね翔君』だそうだ」


 俺は安堵の息を大きく吐き、背もたれに身を預けた。雄哉さんの隣で幸せそうにしている鈴姉さんが脳裏に映るや、緊張がすべて消し飛んだのである。そして、知った。なるほど俺は緊張を半分残していたのではなく、鈴姉さんをただ心配していただけだったのだと。

 そんな俺の胸中を、十全に理解してくれるのが達也さんなのだろう。「翔はいい奴だな!」とさっき以上に俺の肩をビシバシ叩いてから、二つ目の伝言に移った。


「次は、5月1日の初挨拶についてだ。女性ならではの視点を書いてくれて、目から鱗が落ちた気がしたよ。小鳥によると約半数の女子は、対面する200人の男子のたった1人に、挨拶する前から目が釘付けになっているらしい。そしてその勘が外れた例を聞いたことは、信じがたいことに一度もないそうだ。という女子だけの秘密が、女子寮で語り継がれているという。これはいわゆる女の子の秘密なので『口外厳禁だからね!』だそうだ」


 決して口外しないと誓ったのち、「質問していいですか」と挙手した。達也さんはもちろんと頷くも「初挨拶時の男子側にも特殊な事例があるかを知りたいなら、期待しないでくれ」と詫びられた。代々語り継がれてきた秘密が男子寮にない時点で半ば予想していたけど、やはりそうだったのか。そう肩を落とした俺に、達也さんは順を追って説明した。

 まずは、寮生は一学年のみなのに代々語り継がれてきた秘密がなぜあるのか、について。達也さんの予想では、親のいる女子が母親から聞いたのだろう、との事だった。俺も同意見かつ思い当たることがあったので、報告してみた。


「鈴姉さんの講義で知り合った女性の先輩方に教えてもらったのですが、3歳で寮生活をするようになった娘と、母親は恋バナで距離を縮めるそうです。その恋バナの話題として、取り上げられるのではないでしょうか」

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