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といった具合に、代わり映えのない日々がしばらく続いていた。それもあり、本日4月10日への期待は爆発せんばかりだった。今日は初めての、ひ孫弟子講義の日だったんだね。ただあまりにも楽しみにしすぎたせいで夕食後の入浴中、
「おい翔、テメェ抜け駆けして、女子寮の女の子と仲良くなりやがったな。その子の名前を白状しやがれ!」
と同室の奴らに誤解されたのには参った。違うよと幾ら否定しても、信じてもらえなかったのである。いやはやホント、あれは面倒だったな・・・・
けど、誤解を解くきっかけになった出来事は面白かった。イケメンとして有名な隣室の奴が風呂場で急に「翔に特定の女の子がまだいないのは、女子寮で有名だぞ」と話し出したのだ。後で聞いたところ皆すぐピンと来たそうが、それを悟られたら格好のネタを逃してしまう。よって全員瞬時に団結し気づいていない振りをし、どういう事か尋ねたところ、イケメンはこんな感じの返答をした。
「天風冴子さんの人格を模した、冴子さんと呼ばれる有名なAIがいるのを、みんな知っているよな。その冴子さんが、翔の呼吸法と松果体集中法と太陽叢強化法と輝力工芸スキルを、お隣の女子寮で教えているらしい。冴子さんは翔が6歳のころから親交を持ち、翔が前の孤児院で呼吸法とかを教えているのをずっと見ていたことが、選ばれた理由だそうだ。冴子さんは翔をとても良く知っていて、女の子たちの質問に面白おかしく答えるからか、翔は女子寮の一番人気みたいでね。ただ冴子さんは女子に『あの子が特定の女の子を作らなくても、どうか許してあげてね』と常々言っていて、カウンセラーとしても有名な冴子さんがそう言うのだから、一回アタックして見込みがなかったら拘るのはよそうという取り決めが既に結ばれているって聞いたな」
あのとき風呂場にいた皆は、最初はイケメンに顔を向けていたけど、途中から全員が俺を見るようになった。冴子ちゃんが有名と知って輝いた俺の顔がみるみる曇って行き、最後は頭を抱えて俯いたのが、面白くて仕方なかったそうなのである。ただその爆笑をもって俺の罪(?)は相殺されたらしく、皆の関心はイケメンへの刑の執行に集中していたが、まだその時ではない。爆笑が収まり、奇妙な静けさが風呂場に降りたのを見計らい、満を持して勇が決定的な問いをイケメンにした。
「で、お前はなぜそんなに、女子寮の動向に詳しいんだ?」
「そりゃ仲良くなった子に・・・・ヤバ!!」
そいつは真っ青になり「ただの友達なんだ!」とほざき始めたが、もう遅い。男子寮の風呂場でお約束の、フリチ〇水しぶきの刑に処される判決が下されたのである。それは全裸の野郎共が四方から罪人に肉薄し、体を左右に高速回転させることで、チ〇ポの先から放たれた水滴を大量に浴びせるという刑だ。またこの刑は重罪と軽罪の二種類あり、重罪だと水滴を増やすべく事前にチ〇ポが水浸しにされ、かつ罪人を隙間なく包囲した野郎共が一斉に体を左右に高速回転させることが加えられた。その理由はビッタンビッタンという音を聞かせることで、大量に降りかかる水滴の出どころを否が応でも想像させるという、おぞましい事この上ない刑だったのである。前の孤児院で俺も一度だけ重罪になったことがあったけど、水滴よりあのビッタンビッタンが耳に残って、夢に見るほど苦しんだんだよなあ。
ちなみに抜け駆けとは、原則として5月1日まで男女の交流が禁止されていることを指す。戦士養成学校も孤児院同様、毎月1日を完全休日にしている。特に最初の休日は男女が広場に集結し、集団自己紹介をするのが恒例行事なため、その日までは我慢しなさい的な規則があったのだ。舞ちゃんはそれについて、「戦士養成学校の本分は戦闘訓練なことを女子に理解させるための規則で間違いない」と断言していた。そう断言できるほど、女子寮では男子の話題ばかりが交わされているそうなのである。その時ふいに霧島教官が学校全体に結界を張り、女子寮から俺に向かって放たれる女の子たちの想念を防いでいる光景が脳裏に映った。翌日お聞きしたところ、「想念なんて生易しいモノじゃない。あれは控えめに言って怨念になる一歩手前の、情念だ」と霧島教官に返された際、背中に悪寒が走ったのを俺は今でもはっきり覚えている。
ヤバい、思い出しただけで悪寒がまた走ってしまった。今日は意識投射をするのだから、避けた方が良いはず。フリチ〇水しぶきの刑に、話を戻すことにしよう。
おぞましい事この上ない刑に処され、一時的な前後不覚になったイケメンは、抜け駆けの事実を余すところなく白状した。それによるとこの学校に来た日、女子寮に最も近い場所にイケメンの飛行車がたまたま着陸した。すると時を同じくして男子寮に最も近い場所に別の飛行車が着陸し、降車したとたん二人は視線を合わせた。運命のいたずらか必然か、二人の視線が交差している最中に着陸した飛行車はなく、しかし二人が歩み寄ろうとするや、広場の上空に飛行車が続々集まって来たという。その数多の車窓に見つめ合う二人が映らぬうちに二人は目で会話し、再会を誓い合って、それぞれの寮へ去って行ったとの事だった。
はっきり言おう、このイケメンは阿呆に違いないと俺は思った。俺達はイケメンの「ただの友達なんだ!」を信じた上で、フリチ〇水しぶきの刑に処した。しかし今イケメンが明かしたのは、恋愛小説の主人公とメインヒロインの出会いの場面としか思えない話だった。そうつまり、イケメンが抜け駆けしたのはただの友達ではなくメインヒロインであり、また抜け駆けも想像を遥かに超えた、恋愛小説級のロマンチックさに溢れていたのである。この裏切には、どのような刑が妥当なのか? 仮にさきほどのフリチ〇水しぶきが軽罪の方だったら、今回を重罪にすれば折り合いを付けられたが、さきほどの時点で重罪だったのだから、今回は更に重くしなければならない。それを満たす刑罰に、たった一つの名称しか俺は思い浮かばなかった。処される人がほぼ皆無なため半ば伝説とされているそれは、メド大瀑布の刑。おぞましさが限界突破するので詳細は伏せるが、メドとはケツメ〇を指している。大勢の野郎共のケ〇メドにシャワーを勢いよく当て、跳ね返ってきたお湯を大瀑布の如く罪人に浴びせるという、トラウマ必至の刑だったのである。そのトラウマ必至の刑を、風呂場にいる全員が頭に思い描いたのだろう。冷気を吹き付けられたかのように、誰もかれもが顔を青くして身を震わせていた。
幸い、その刑が処されることは無かった。一時的な前後不覚から正常に戻ったイケメンがメド大瀑布の刑だけは許してくださいと土下座して泣き、その涙に偽りない謝罪と反省を見て取った俺達は、刑に執行猶予を設けたのだ。ただし執行猶予期間は最も長い、365日。今この瞬間から来年の同日同時刻まで、女の子と清らかな交際を続けたら、今回の件を水に流すことにしたんだね。イケメンは嬉し涙を滝のように流し額をタイルにこすりつけていたが、それは甘いと言わざるを得ない。清らかな交際とは相手に一切触れないこと、つまり手すら握らないことと定められている。そして恋愛とはロミオとジュリエットのように、制約が強固であるほど燃え上がるもの。手を握ることすら不可能な執行猶予中だからこそ手を握って恋人への愛を示すという、悲劇の主人公的な恋愛観にイケメンが取り憑かれる可能性は、決して低くないに違いないのだ。ま、その時は俺も嬉々として、大瀑布を形成する一員になるんだけどさ。
とまあこんな感じに、男子特有の裸の付き合いのお陰で心身ともにさっぱりした俺は、いつもどおり午後9時に就寝した。戦士養成学校の就寝時間より1時間も早く眠りにつくことが、早くも習慣になっていたんだね。今夜はひ孫弟子の講義はもちろん、母さんの授業にも40日ぶりに出席できるから、楽しみだなあ・・・・
なんてワクワクしつつ、俺は眠りの境界を越えたのだった。
おぞましくてスミマセン <(_ _)>




