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 俺が見たところ、計画は二通りあった。一つはゴブリンを追い詰め、起死回生の一撃を放()()()こと。ゴブリンに限らず、知的生命体は追い詰められれば追い詰められるほど、状況を打開する起死回生の一撃に救いを求めるようになる。しかもそれは追い詰められ、心身の余裕が乏しくなってきた状況でなされるため、タイミングを計って罠を張ると、面白いように罠に飛びついてくれる。勇は意図的に隙を作ったのにもかかわらず「隙を見つけた!」とばかりに、起死回生の一撃を放ってくるのだ。けどその隙は、勇が作った罠でしかない。よって勇はゴブリンの一撃を簡単に避け、すると肩透かしを食らったようにゴブリンはバランスを崩して、勇に容易く葬られる。との計画に基づき、勇は数十秒も前から白薙を振っていたのである。

 計画のもう一つはゴブリンを慢心させ、大ぶりの攻撃を()()()こと。勇は自分を弱く見せる演技をしているだけなのに、「この人間は自分より弱い」と錯覚したゴブリンは慢心し、客観性が低下する。すると勇の演技に益々引っかかるようになり、勇の弱点を見つけるや「とどめだ!」とばかりに、隙だらけの大ぶりの攻撃をしかけてくる。だがそれは、勇の演技に引っかかっただけ。勇は容易くそれを避け、すると肩透かしを食らったようにゴブリンはバランスを崩して・・・・との結末を、迎えるってワケだね。

 勇の真の実力を、俺は知らない。俺より遥かに強いため、正確な実力を計れないのだ。よってこの見学を介し「敵を陽動する重要性と、二種類の陽動方法」を俺は学んだつもりになっているが、勇からしたらそれだけでは落第かもしれない。なので尋ねたところ、


「まさしくそれだ、さすが翔!」


 と過分に評価されてしまった。けどそれは、勇が俺を高く評価しているからこその事。ならばそれに応えねば、親友ではないのである。俺は心から勇に謝意を述べ、ゴブリンを陽動する二つの方法を焦らずじっくり習得することを誓った。すると、


「焦らずじっくりってのが、お前が凡人ではない証拠だな」


 などと、コイツは俺を慢心させ油断させる罠を張っているのか、と邪推したくなることを言いやがった。が、そんなことをコイツがするなどあり得ない。然るに教えを乞う意思を引き続き示していたら、勇は元地球人ならではの落とし穴を説明してくれた。


「プロの総合格闘家というのは一握りの別格を除き、みんな実力が拮抗しているものでさ。勝敗を分かつ最大要素は、駆け引きであることが一番多いんだよ。そんな世界でしのぎを削っていると、コンピューターゲームのボス戦が腹立たしく思えてくる。あれは駆け引きではなく、プログラムの穴を突いているだけだからさ」


 元中二病兼オタクとしてオンラインゲームの大規模ボス戦を無数に経験した俺は、首を縦に大きく振った。そんな俺に何か言おうとするもそれを止め、勇は先を続けた。


「この星に転生し、コンピューター制御のゴブリンと戦うようになって、今年で11年目。この足掛け11年でプログラムの穴を感じたことは、一度もない。しかし前世の俺が無数に味わった、敗北の悔しさに眠れぬ日々を過ごしたことも、一度も無いんだよ。俺は心の奥底でこの訓練を、未だゲームと感じているんだな」


 勇と異なり、俺はこの訓練をゲームと感じていない。そしてその感覚こそが、「焦らずじっくり習得する」との誓いにつながったのだと理解したが、さっきの勇のように俺もそれを口にしなかった。


「俺はこの訓練を、未だゲームと感じている。だがそれを、致命的誤謬とも思っていない。終生のライバルであるお前との切磋琢磨は、本物だからな。翔、俺には確固たる予感がある。俺らが戦うことになる闇族は第十次戦争すら凌ぐ、歴代最強だよな」

「同意だ。次に闇族が攻めて来るのは前回の100年後でも101年後でもない、102年後になるはずだ」

「俺もそう思う。雌伏に102年を費やしたあいつらは、とんでもなく強いに違いない。駆け引きも、かつてないレベルに達しているはずだ。よって俺は、目の前にいる3Dゴブリンがどんなに弱くても、その奥に闇王がいると思って戦っている。闇王が弱いゴブリンに化けて俺を陽動していると、常に考えているんだよ。俺のその心構えとお前の『焦らずじっくり』は、同じ匂いがする。翔、今日見せた二種類の陽動は基礎中の基礎であるが故に、駆け引きの土台になる。決して揺るがない強固な土台を、焦らずじっくり造ってくれ」


 なんとなく、勇と手を打ち鳴らせる気がした。腕相撲をする位置に掌を高速で持っていけば勇もそっくり同じことをして、小気味よい音を奏でられると、なんとなく思ったのである。よって勇に近づきそれをしたところ、


 パァーンッ♪


 想像したとおりの胸のすく音が訓練場に響いた。ニヤリと笑う俺に、勇もニヤリと笑い返す。そして俺達は互いに親指をグイッと立て合い、それぞれが今すべきことを始めたのだった。



 と言うのが約12時間前の、午前9時の話。

 それから12時間が経ち、太陽叢強化法の第一回授業を終えて101号室に帰って来た、午後9時。場所は自分の、ベッドの上。

 勇に今日教えてもらった「敵を陽動する重要性と、二種類の陽動方法」を舞ちゃんに伝えるべく、ベッドの上に胡坐あぐらをかいて俺はメールを綴っていた。舞ちゃんに昨夜メールをもらってまだ返信してなかったから、丁度良いタイミングなんじゃないかな。ホントは、自信ないけどさ。

 それはさて置き昨夜もらったメールによると、舞ちゃんは今、いろいろ困惑しているという。大きな困惑は二つあってうち一つは、誰もかれもが運命の人との出会いしか話題にしないこと。そしてもう一つは、戦闘順位130万台のグループに自分がいたことだった。4月1日の試験結果は140万台だったのに、なぜか一つ上のグループに組み込まれていたそうなのである。一つ目の、誰もかれもが運命の出会いしか話さないことについては「そうなんだ」との無難極まる感想しか書けなかった代わりに、二つ目はきっちり書いた。人の本体は7色に分けられていて10万では割り切れないから、前後のグループへの移動は不可避みたいだよ、と綴ったのだ。「移動の理由は他にもあってね」と前置きし、オマケの面白話として勇のネタを暴露してみた。


『最初の孤児院で仲が一番良かった勇ってヤツは総合順位二桁なのに、俺の学校で筆頭をしててさ。理由を訊いたら、「総合順位が二桁になったら翔と同じ学校にしてくれ」って、この星のマザーコンピューターに直談判したそうなんだよ。そういう変人もいるからグループの前後移動は、想像より多いのかもしれないね。いや舞ちゃんが、変人ってワケではないけどさ』


 とメールには書いたけど、舞ちゃんは高確率で変人になるだろうと俺は予想している。一つ上のグループに組み込まれたこともあり、舞ちゃんの寮内順位は200位らしい。でも俺の心には、20歳の試験に筆頭として挑む舞ちゃんが、はっきり映っているのだ。その映像の出所を探ったところ、心の向こう側から送られてきたのは間違いなかったので、具現化率の高い未来なのだろうと俺は考えている。もちろん本人には「舞ちゃんは高確率で変人になるよ」なんて、言えないけどさ。う~んでも表現を替えて、特殊な例になるんじゃないかな、と一応伝えておこう。

 などとアレコレ考えているうちメールを書き終え、俺の就寝と共に送信してもらうよう美雪にお願いした。舞ちゃんのメールは着信音が鳴らなくても、届いたことがなぜか判る。よって眠気を押して、読むおそれがあったのだ。普段ならそれでもいいけど今朝は1時間早い4時に起きたから、現時点で正直かなり眠いんだよね。

 という訳で準備万端整え、俺はベッドに横たわった。就寝前の集中と瞑想はもちろんするけど、時間はいつもの半分がせいぜいかな?

 との予想を的中させた俺は、消灯時間の10時より40分も早い9時20分には、熟睡していたのだった。

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