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神は、自らを助ける者を助ける。
この言葉の助けるは「成長を助ける」という意味なのだろうな、と俺は考えていた。もちろんその一つだけでなく意味は他にもあるはずだし、またそれを学ぶ機会に恵まれたらありがたく頂戴しようとも思っていたけど、こうも早く機会に恵まれたのには驚いた。氷の女王陛下に謁見した約1時間後の、朝食時。隣に座った勇の、
「どうした翔、しけた顔して」
この問いのお陰で、俺は知ることが出来たのである。件の助けるには、「運を良くする」という意味もあったのだと。
しけたツラの理由を勇に問われた俺は、剣術スキルの予想成長曲線の製作及びそれを勇者級にすることについて説明した。その説明で最も困難だったのは言うまでもなく、恥ずかしさをねじ伏せることだった。13歳の4月の時点で基礎上級でしかないのに、最短89年でそれを勇者級にする目標を立てるなんて無知にも程があると、自分でも解っていたんだね。
また難しさは、それ以外にもあった。冴子ちゃんを伏せて説明せねばならない、がそれだ。冴子ちゃんが俺の教育担当AIだったならまだしも、それ以外のAIと深い親交があり、しかも氷の女王と化したそのAIに恋愛ネタで脅迫されたなんて、「なにそれ都市伝説?」と笑われても文句を言えなかったのである。
かくして俺は無知無謀への恥ずかしさと、最重要人物である冴子ちゃんの存在を伏せねばならない難しさの計二つに悩まされつつ、勇の問いに答えた。繰り返しになるがそれはかなりの難事で、苦悩顔を隠そうにも隠し切れなかったのだけど、聴き手が勇に限っては正解だった。隠そうにも隠せず苦悩する俺を隣席から見つめていた勇は、無知無謀と情報欠如に目をつぶった上で、
「喜べ翔、お前は幸運だ!」
と、俺の背中を豪快に叩いたのだ。想定外の対応をされて頭が真っ白になった俺に、俺の幸運を信じて疑わない親友が、順を追って理由を説いていった。
「勇者級は別格の等級なため、努力以外の要素に恵まれないと到達はほぼ不可能と言われている。それでも予想される最終等級が勇者級に近いほど、可能性も高まることが証明されている。そして俺は、その二つを満たしている。努力以外の要素はお前に呼吸法等を教わったことだし、当初予想されていた最終等級は英雄級だったからな」
「どわっ! 過去形をこうも強調したってことは、ひょっとして!!」
「おお任せろ、二日前の試験で勇者級になったぜ!」
「勇パネェ~~!!」
俺達は肩を組み盛り上がった。腹ペコで堪らなかったから、肩を組んでいない方の手で食事を継続していたけどね。朝食をかっ込んだせいで辛うじて聞き取れる声しか出せずとも、俺達はへこたれず会話を続けていった。
「ママ先生の孤児院を去った日、翔に終生のライバル宣言をした俺は、剣術スキルを勇者級にすべくありとあらゆる方法を試した。最も役立ったのは言うまでもなく、お前に教わった呼吸法等だ。具体的には、呼吸法と松果体集中法と太陽叢強化法と輝力工芸スキルの4つを取り入れた剣術訓練の計画を立て、それを約6年間続けたら、予想最終等級が勇者級になっていたんだな。よって俺はそれを他者に教えられるが、そいつは呼吸法を始めとする四つをまず習得せねばならない。俺がそれに約6年を費やしたように、そいつも一朝一夕では習得できないだろう。だが、翔は違う。なんたって翔は、俺よりその四つが格段に巧いからな。つまり!」
「俺は剣術スキルの向上に、他の人より多くの時間を割けるってことか!」
「正解!」
「「ヒャッハ――ッッ!!」」
てな感じに再び肩を組んで盛り上がった俺達は、朝食を口にめいっぱい詰め込んで会話を再開した。
「さあここからは、翔の話だ。俺の予想最終等級が勇者級になったのは事実でも、それはあくまで予想に過ぎない。でもお前は・・・・」
勇は俺の耳元に口を寄せ「昨日見せてもらったように、健康スキルを勇者級にしているんだよな」とゴニョゴニョ言った。俺も負けじと盛んにモギュモギュしつつ「そうだよ」と耳元で返す。勇は親指をグイッと立て、元の姿勢に戻った。
「俺はまだ予想にすぎないが、お前は既に達成している。そうお前の中には、英雄級から勇者級への跳躍が、既に刻み込まれているんだよ。翔、俺は断言しよう。翔に刻み込まれたそれは、同種の跳躍を剣術にさせる時にも、必ず役立つとな!」
「勇!」「おうよ!」「俺達って、マジパネェな!」「だよな!」「「ギャハハハ~~!!」」
俺達はまたもや盛り上がり、そして三回目のそれは前回と前々回の比ではなかった。成長期の体育会系腹ペコ男子の食欲を凌ぐほど、俺達は盛り上がったのである。そのせいで完食が遅れて朝食の時間を僅かに超過し、掃除当番に迷惑をかけてしまいペコペコ謝ったのは、俺達の間で良い思い出になっている。
約1時間半後に始まった午前の訓練は予定を変更し、勇の訓練場に足を運び戦闘を見学させてもらった。目から鱗が落ちたどころではないその戦闘に、俺は知ったのだ。神は自らを助ける者を助けるの「助ける」には、運を良くするという意味もあったのだと、俺はそのとき知ったんだね。だって勇が俺の親友だったことは、神様が采配してくれたとしか思えない、超ウルトラスーパー級の幸運だったからな! ヒャッハ――ッッ!!
・・・・興奮を冷ますためにも、勇の剣術と俺の剣術の違いについて解説しよう。
まずは、俺の剣術から。
俺にとって剣術は、素早さと精密さを磨いていくものでしかなかった。闇族は強くなればなるほど動作が素早くなり、体表を覆う闇バリアも強化されていく。特に俺は今、ゴブリンを0.1倍刻みで強くする訓練ばかりをしており、新しいゴブリンを倒すには素早さと精密さを増すことが要求されるため、その二つを磨くことだけが剣術になっていたのだ。それが間違いとは、思わない。素早い敵に対応すべく自分も素早く動き、敵のバリアを突破すべく白薙を精密に操作することに、誤りはないからだ。しかし勇の戦闘を目の当たりにした俺は、自分の限界を見てしまった。俺の剣術が通用するのは、おそらくハイゴブリンまで。勇が視野に入れている、闇王を始めとする強敵と渡り合うためには、素早さと精密さ以外の技術が必須になる。そしてそれは「駆け引き」なのだと、勇の戦闘を見た俺は理解したんだね。
という訳で、次は勇の剣術に移ろう。
勇の剣術を目の当たりにしたさい真っ先に抱いた感想は、「詰め将棋みたいだ」だった。たとえば剣道の試合開始時の、両者が竹刀を中段に構えて正対している状況では、相手が自分に繰り出してくる攻撃パターンは無数にあると言える。しかし自分が相手の真後ろにいて、かつ相手が竹刀を構えていない状況で試合を始めても、相手の攻撃パターンは無数にあるだろうか? その状況では、相手は高確率で前方にダッシュして安全な距離を確保し、確保してからこちらを向いて竹刀を構え、戦いを始めようとするだろう。このように、「彼我がこういう状況にあるなら相手は高確率でこう動く」ということが、戦闘では生じやすいのである。
そして勇はそれが、べらぼうに巧かった。勇のゴブリンは棍棒ではなく大剣を持っていたがそれは置いて、勇と斬り結んでいるうちゴブリンはほぼ全ての場合、バランスを崩した。しかも両者の立ち位置を考慮すると、勇にとってまこと都合の良い場所でゴブリンはバランスを崩した。その隙に勇は会心の斬撃を放ち勝利を得るのだが、なぜゴブリンは毎回ほぼ確実に、都合の良い場所でそんな状態になるのだろうか? それは勇が数十秒も前から、ゴブリンをその状態に持っていくべく、白薙を計画的に振っていたからだったのである。
神は自らを助ける者を助けるの「助ける」には、運を良くするという意味もあります。
そうそれは、複数ある意味の1つにすぎません。
よってそれと、「最も大切にしているのは運を良くすること」を、どうか混同なさいませんように。




