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「・・・・お早う」


 俺は立ち止まり挨拶した。「おはようございます」 家事ロボットも手を止め、挨拶してくれた。この家事ロボットは孤児院で働いていたものとは異なる、男性型。あくまで噂だけど、思春期男子が200人もいるとアトランティス人には珍しい発情した猿になるアホが毎年現れるらしく、そのアホ猿対策としてすべての家事ロボットを男性型にしているとの事だった。男性型といっても体表は無機質なカーボン製で、服も着てないし顔もお面でしかなく、肩幅等の体つきで男性型と認識できる程度なのだけど、


「変なことを訊いていいかな。君は本当に男性型?」


 俺は家事ロボットに近づきそう尋ねた。すると驚いたのか家事ロボットは一歩後ずさり、自分でも意味不明なのだけど俺は一歩踏み出した。動揺したように家事ロボットは立て続けに三歩下がり、逃がさぬとばかりに俺が三歩前進したところで、


 トン


 家事ロボットの背が壁に触れた。後方へこれ以上逃げられなくなった家事ロボットに、俺はとどめの一歩踏み出す。ホント言うと真の止めとして左腕をドンッと壁に当てる動作を、いわゆる壁ドンをしてみたかったのだけど、中身が女性のこのロボットをこれ以上怖がらせてはならない。しかし女性と判断した根拠を説明しないと誤魔化される予感もしたので、申し訳ないが容赦なく追及させてもらった。


「前世が陸上の短距離走者、かつ健康オタクでもあった俺は、男女の歩き方の違いに詳しくてさ。男は『肩』から歩き出すのに対し、女は『腰』から歩き出すんだよ。掃除をする君の所作には、かすかな違和感があった。後ずさった君の最初の一歩は違和感が少し増した程度だけだったけど、続く三歩には男女の違いが明確に出ていた。しかも君に抱く印象、もしくは君から感じる気配に、とても大切な異性の友人が心に浮かんでくるんだ」


 ホントいうと、今俺は嘘を付いた。印象や気配ではなく、俺が感じたのは香りだったのである。とはいえそれがバレたら「変態!」と散々罵られるはずだから、決して口にしないけどさ。とにかく、


「たぶん君は、冴子ちゃんなんじゃない?」


 俺はそう問いかけた。冴子ちゃんは先月、鼻と鼻が触れ合う寸前まで顔を近づけて来た。そのとき鼻腔をくすぐった、まこと女の子らしい甘やかな香りを、後ずさる家事ロボットに俺ははっきり感じたのである。花の香りの女性は多かれど、あの甘やかさは冴子ちゃんだけの個性だから、たぶん俺はあの香りを生涯忘れないのだろう。う~む今やっと気づいたけど、俺って変態だったんだな。


「・・・・翔、なぜわかったの?」

「そりゃ冴子ちゃんが大切な友人だからだよ。友人と言うか白状すると、出会ったのが6歳でそれからずっと仲の良い冴子ちゃんを、かけがえのない幼馴染って俺は思ってるんだ」

「・・・・はぁ。アンタってホント馬鹿よね」

「はい、知ってます」


 いつもの調子を取り戻した冴子ちゃんが、虚像を出すから自習室で話そうと提案してきた。俺は嬉しさを抑えられず、自習室に繋がる階段を五段抜かしで駆けあがってゆく。そんな俺を追いかけ隣に並んだ冴子ちゃんは「アンタは馬鹿だけど嫌いじゃないわ」と、まこと甘やかな笑顔で言ってくれたのだった。


 自習室で打ち明けられた話は、思いがけず壮大だった。最初の情報はなんと、伴侶に出会えなかった女子のカウンセラーを冴子ちゃんはしている、という事だったのである。


「私って良くも悪くも、有名人なのよ。良い方は戦争に二度従軍した、戦士総選挙で女性部門一位になったことのある、美貌の美脚戦士。そして悪い方は、そんな容姿にも拘わらず伴侶に出会えなくて在学中ずっと敗北感に打ちひしがれていた、戦闘順位1位の生徒。だから似た境遇の子に、私は人気でね。『冴子さんになら全てを話せます、心を軽くしてもらえます』って、言ってもらえるんだ」


 さすが冴子ちゃんと心から思った俺は、盛大に拍手した。照れつつもまんざらではない表情で、冴子ちゃんは更に壮大なことを明かした。


「あるとき、ふと思ったの。同種の悩みを抱えている男の子の想いにも詳しくなった方が、カウンセリングの質を高められるんじゃないかなって。それを母さんに相談したら、大賛成してもらえてね。男性AIのカウンセリングに立ち会うことから始めて、今はそれと並行して、こんなふうに男性型家事ロボットに入って男子の日常に触れている。男の子の本音や、仕草に出た本心。そのテのものは存在を意識されない、男性型家事ロボットが最も拾いやすいのよ。自分で言っちゃうけど私が集積し分析したデータは、伴侶に出会えなかった子たちに施すカウンセリングの質を、大幅に向上させたって認められているんだ」


 狭い自習室でスタンディングオベーションをするより、ひざまずいて拍手した方が良い気がしたので俺はそれを実行してみた。その思い付きは大正解だったらしく大層気を良くした冴子ちゃんは、それって機密じゃないのと危惧せずにはいられない事をペラペラ話し出した。


「私の今の課題は、孤児院や戦士養成学校に子供達を振り分けられるようになる事。それをできるのは母さんだけだから、後進を育てておいた方がいいって事になったのね。もちろん私以外にも候補は複数いて、戦士養成学校に入学する260万人を毎年自分なりに振り分けてみるけど、母さんとの違いがどうしてもゼロにならない。AIの私に無理なのは、知っているつもり。でも諦めず続けていこうって、思ってるんだ」


 開示してはならない機密をうっかりしゃべっているのではないかと最初はハラハラしていたが、それは違った。振り分けの仕組みを俺が教えられていることを冴子ちゃんは知っていて、その上でこうして打ち明け話をしてくれていたんだね。ならば・・・・

 ならば俺は、どう返せばよいのか? 創造主の分身である本体を持たないAIに母さんと寸分違わない振り分けは不可能と感じている俺が、「きっといつかできるよ」系の気休めの嘘を、大切な幼馴染に言っていいのだろうか? それだけはしてはならないと、俺は確信している。そして俺がそんな気休めの嘘を付かないことを、冴子ちゃんも確信しているはず。であるなら俺に出来るのは、一体なんなのだろうか・・・・ 

 といった具合の堂々巡りをダメ男子なりに必死で繰り返すも、俺に出来たのは、己の未熟さをとことん自覚することだけだった。よってその「とことん自覚した己の未熟さ」を、冴子ちゃんに隠さず告げた。

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