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「ひょっとしてこれも見越して、お肉を五割増したとか?」
「ふふふ、どうでしょうね」
明言せずとも、美雪の飛び切りの笑顔が教えてくれた。ああやはりこれを見越して、ステーキを五割増しにしてくれたんだな、と。
お肉を切り終わるタイミングに合わせて、カートが小皿を持ってきた。丁寧にお肉を盛りつけ、虎鉄のもとを訪ねる。定位置の床で豪華お刺身セットをふがふが食べている虎鉄の傍らに正座し、ゴブリンの足首へ跳ぶ方法を教えてくれたお礼をまず述べた。続いて、
「虎鉄、よかったらこれも食べてみて」
お皿をお刺身の隣に置く。目を見開いた虎鉄が、お肉に鼻を寄せ匂いをかぐ。肉食獣の本能で、このお肉の価値を悟ったのだろう。虎鉄は全身を武者震いさせて瞳を輝かせた。けどその直後、肉食獣の瞳を問いかけの眼差しに替えて、
「にゃ~~」
虎鉄は一声鳴いた。なんとなく「食べても良いのかな」と訊かれた気がする。俺は姿勢を正し、ゴブリンの足首へ跳びこむ方法がどれほど役に立ったかを説明した。すると、虎鉄の瞳が再び変化した。柔和で親密な、優しい光を称えた瞳に変化したのだ。その瞳が、
「俺らの仲だ気にするな!」
と語り掛けてきた。ホント不思議なのだがそう語り掛けてきたと、俺は確信したのである。友情の篤さに視界が霞むも俺はことさら陽気に、
「そうだ、俺と虎鉄の仲だもんな!」
と同意し、ハイタッチしてテーブルに帰っていった。
テーブルに帰ってからはステーキを食べつつ、2年2か月前に出された問題の回答を美雪に述べた。
2年2か月前、輝力操作を習得した日の翌朝、あることに気づき俺は驚いた。白薙の操作技術が、急に向上していたのだ。その仕組みを理解できず困惑する俺に、美雪は「翔なら自力で正解に辿り着ける」と太鼓判を押した。美雪に絶大な信頼を寄せる俺が、それを信じないなどあり得ない。俺は心の片隅に美雪の言葉を常に置き続け、そして2年と2カ月が経った今日、やっとそれを実現できたのである。
「姉ちゃん、2年2か月前の疑問をやっと解けたよ。輝力操作を習得したら白薙の操作技術が急に向上した理由は、輝力は心より緻密だからなんだね」
輝力操作を習得する前は、心で体を動かしていた。心が思い描いたとおりに体を動かすことも非常に難しいので地球人はその段階で生涯を終えるが、この星の人達は違った。その先にある、輝力で体を動かすことに挑戦するのである。
心で体を動かすことは、譬えるなら、画素の荒い動画をもとに体を動かすことに似ている。画素の荒い動画では細かい動きが見えないので、正確な動きもできない。しかし、画素の細かい動画ならどうだろうか? 細かい動きをくっきり映してくれる動画に替えたら、どうなるだろうか? 正確な動作をいきなり出来るようになっても不思議はないだろう。その画素の細かい動画こそが、輝力なのである。
という話を、俺は美雪にした。譬え話の箇所は、本当はもっと複雑なため凄まじい苦労を強いられ、ゴブリン戦の数十倍も疲れたのがホントのところだ。でも頑張った甲斐あって、どうにか伝えられたと思う。それは間違いではなく、
「正解!」
の言葉をもらうことが出来た。俺が跳び上がって喜んだのは言うまでもない。虎鉄もやって来て一緒に跳び上がり、すると珍しいことに美雪も加わったので、喜びは最高潮になった。その後も3人でワイワイやり、6歳の誕生会は歴代最高の誕生会になったのだった。
――――――
翌日から、75%ゴブリンとの戦闘が始まった。結果はなんと、午前中に完勝。その早すぎる勝利に、俺は恐怖した。巨大なしっぺ返しが未来に待ち受けている気が、したのである。
100%ゴブリンとの戦闘は午後から始まった。結果は、2時間で完勝。午前以上の恐怖に襲われ、俺は立っているのも困難になってしまった。美雪が苦笑し問う。
「翔、順調すぎて怖い?」
怖くて堪らないと正直に答えた俺の頭を、美雪はひとしきり撫でていた。
そして翌朝、
「翔、今日から棍棒を持ったゴブリンと戦ってみましょう」
美雪がそう言った。これを俺は怖がっていたのかと胸中叫ぶも、それも大外れだった。棍棒を持った速度100%のゴブリンに、なんとたった2日で勝ってしまったのである。「姉ちゃん怖いもう嫌だ」と、俺は遂に泣き出した。客観的に見て、ストレスによる心の病気を疑われても仕方なかったと思う。順調に勝ち続けているのにこうも怖がるのはそのせいだと、診断されてもおかしくなかったはずだ。そんな俺を、美雪は椅子に座らせる。テーブルを挟み対面に座るのではなく、初めて隣り合って座ったことが、恐怖にこわばった体をほぐしてゆく。柔軟さの戻った俺の両手を美雪は取り、微笑む。そして、優しい口調で教えてくれた。俺が正しい未来を、感じ取っていたことを。
「次に予定している訓練は、とても厳しくてね。苦労らしい苦労を味わわず訓練を終えるのは、全体の半分しかいない。一割は途中で断念し、精神を病む子も中にはいるわ。そんな未来が間近に迫っていることを予知する子が毎年少数いて、翔もその一人だったの。ここ数日、翔がずっと怖がっていたのがそれね。さあ翔、私は今からその訓練について話す。自分にはまだ早いと感じたら、遠慮なく言うのよ」
頷く俺に美雪も頷き、訓練を説明していった。それは要約すると、戦争でゴブリンと接敵した状況を忠実に再現した訓練だった。説明を終えた美雪が、感想を問う。俺は、感じたままを答えた。
「地球にいたころの僕が今の説明を聞いたら、そのどこがそんなに恐いのかなって、首を捻ったはずだよ」
「今は違うってこと?」
「うん、今は違う。こうして事前に概要を教えてもらえなかったら、僕も高確率で心を病んでいたんじゃないかな」
「ん~、私は少し違うと思うよ」
と反論されたので訊いてみたところ、ただの過大評価を聞くハメになった。
「翔は直前で自分を叱りつけ、病の縁から自力で戻って来るって姉ちゃんは思う」
「いやそれ、過大評価も甚だしいから!」
「ブ~、そんな事ないもん」
口をとがらせてブ~ブ~文句を垂れる美雪が可愛くて、噴き出してしまった。恐怖がさらに薄れ、自然と笑みが零れる。そんな俺の頭を「ふふふ、翔は可愛いね」と、ニッコニコの美雪はいつまで撫でていた。




